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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第6章 差別主義者の欺瞞
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三年生の夏休み

ルートラ公爵家。

誰もが羨む美しい大庭園に、誰もが気を取られる立派な城。


城の入り口に一匹の白き竜が舞い降りた。

飛竜……テモックの背に乗っていた少年、ペートルスは地に足をつけて伸びをした。

だが彼が気を休める暇もなく、向かってくる使用人の姿が。


「ペートルス様、おかえりなさいませ。ご帰宅早々に申し訳ないのですが……ご主人様がお呼びです」


「お爺様が? わかった、ありがとう」


申し訳なさそうに頭を下げる使用人を労わり、ペートルスは笑いかけた。

テモックを厩舎に預け、できるだけ早足でルートラ公爵が住む離宮に向かう。


「まったく……奴にも困ったものだ。どうせまた禁書の催促だろうな」


愚痴をこぼす。

この夏休みの間、ほとんどを政務で動き回っていた。

帰宅した直後くらいはゆっくりと休みたいものだが……そうもいかないらしい。


ペートルスは急いでルートラ公爵の部屋を訪れる。

厳重な警備と結界に囲まれた公爵の部屋に入ると、ソファに身を沈める祖父の姿が目に映った。


「遅くなり申し訳ございません、お爺様」


「座れ」


言われるがままペートルスは向かいに座る。


「政務は順調か」


「はっ。エンガメラック男爵も懐柔し、公爵派につけることに成功しました。これで宗教派の勢力への牽制にもなることでしょう」


「良い。着実に進めていけ」


政務に関してはあいさつのようなものだ。

公爵もペートルスが政務において仕損じる心配はしていない。

本命は他にあるのだろう……とペートルスは内心で祖父に問いかけた。

彼の想定通り、公爵は話題を切り替える。


「して……いまだに禁書は得られぬのか」


「そちらに関しまして、ひとつ朗報がございます」


「ほう、朗報か」


ルートラ公爵の目的は『禁書』の入手。

ニルフック学園に厳重に保管された、閲読を禁じられた書物だ。

学園長が管理しており、今までは入手の目途が立たなかったが……。


「春先に学園長を巻き込んだ『大きな事件』が起こります。その機に乗じて禁書庫にも入り込めるはず。もうしばしのご辛抱を」


「大きな事件か。何を考えているかは知らんが、手段は問わない。速やかに入手せよ」


「承知しました。必ずや禁書を入手してみせましょう」


ペートルスは恭しく礼をして公爵の部屋を後にした。

笑顔のポーカーフェイスを崩し、彼は瞳に鋭い輝きを宿す。

暗闇を裂く輝きに宿る――野望。


「――『凶鳥』」


「……ここにいるぜ」


「残り半年だ。イニゴの麾下に軍備拡充の伝達を。エンガメラック男爵にも頼む」


「りょーかい」


 ◇◇◇◇


テュディス公爵家。

皇帝派の一大勢力であり、長らく帝国に名を轟かせる名家である。

テュディス公爵ベニグノはいつも通りのにこやかな笑みで、夕食に舌鼓を打っていた。


「うーん、美味い! 美味いな、ヴェルナーもそう思うだろう!?」


「……食事の時くらい静かにしろ」


「はっはっは! いいじゃないか、またお前が学園に戻ればまた寂しい食卓に戻るんだ。エリヒオは一緒に食事なんてしてくれないしなぁ……」


ヴェルナーは煩わしそうに眉間にしわを寄せた。

自分の養父であるテュディス公爵は人柄が良いが、とかく喧しいきらいがある。

寡黙なヴェルナーとは正反対だ。


「たまには学園生活の話でも聞かせてくれないか? ほら……お前が長をしている、なんだっけ……」


「剣術サロンだ」


「そう、剣術サロン! 聞けば強者ばかりが集うサロンというではないか! 息子が立派に活動していて私は鼻が高いぞ」


「…………」


あまり学園でのことは話したくない。

というか、ヴェルナーとしては義父と関わりを持つこと自体避けたいのだが。


「俺の名誉など気にしても仕方あるまい。俺のことを気にかけている暇があれば、後継ぎのエリヒオをどうにかしたらどうだ。あいつの悪評は洒落にならんぞ」


「エリヒオなぁ……どうして喧嘩ばかりしてしまうんだか。甘く育てすぎたのか……さすがに問題がppありすぎて、後継は任せられないぞ」


実子エリヒオの悪評は公爵の耳にまで届いている。

しきりに学園で問題を起こし、苦情が来るのだ。

そろそろ公爵位の後継ぎを……と考えているテュディス公爵だが、エリヒオにはまだ任せられそうにない。


「私は別にヴェルナーに継がせてもいいんだけどなぁ。どう?」


「断る」


「どうしてそんなに爵位の継承に後ろ向きなんだい!? 養子ではあるが、能力は充分すぎるくらい高いだろうにね」


「血筋や能力の話をしているのではない。俺には他にやるべきことがあるだけだ」


ヴェルナーには目標がある。

その夢を追うために、公爵家という後ろ盾は必要ながらも爵位を継ぐ気はなかった。

返答にテュディス公爵は納得できないようだ。

ヴェルナーが義父の立場だったら、決してエリヒオなどを後継には据えたくない。

公爵の気持ちは痛いほどわかる。


だが、その同情と恩を裏切ってでも。

彼には果たさねばならない本懐があった。


「俺が何をしようが気にするな。何があったとしても……養子だから関係ないと、そう切り捨てる準備をしておけ。義父上はエリヒオの育成に注力することだな」


相変わらず冷たいヴェルナーの反応。

鋭い剣のような態度に、公爵は複雑な笑みを浮かべた。

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