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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第6章 差別主義者の欺瞞
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救貧院

ガタリと馬車が止まる衝撃でノーラは顔を上げた。

マインラートは腰をさすりながら立ち上がる。


「着いたぜ。ったく……この馬車は乗り心地が悪くて困るな」


愚痴を言いながら降りるマインラートに続く。

馬車を降りた瞬間、乾いた風がノーラの頬を撫でた。

眼前に見えるは煤けた赤レンガで造られた教会。

夕陽に照らされて壁面が赫々と輝いている。


ここがマインラートの話していた救貧院だ。

門の前で箒を掃いていた人が、向かってくるマインラートとノーラに気づいて顔を上げる。


「おや……マインラート様じゃないですか!」


「よ、久しぶり。人形が壊れたって聞いて修理しにきたんだ。院長に顔合わせを頼めるかい?」


「はい、お入りください!」


促され、二人は救貧院の中へ入る。

入り口から続く聖堂には、色彩鮮やかなステンドグラスが見えた。

ノーラにはよくわからないが、数々の宗教的なモチーフはシュログリ教のものだろう。

救貧院は元々シュログリ教の教義に従い、社会から追われた人々を救済するために作られた。

世界最古の福祉施設の歴史を誇るのが、ここグラン帝国だ。


静かな院内を進み、最奥にある一室に到着する。

部屋の中には長椅子に座る壮年の男性がいた。

書類に目を落としていた彼は、客人を見て目元を綻ばせた。


「来たぜ、院長」


「おお……マインラート様。お待ちしておりました。……おや、そちらの方は」


「あ、どうも、マインラート様の付き添いで来たノーラと申します」


「これはご丁寧に。私はここの院長をしております、レナトと申します。マインラート様にはいつもお世話になっております」


レナトと名乗った男性は深く頭を下げた。

首から垂れ下がったロザリオが目を惹く。


「ピルット嬢。俺は院長と少し話をしてから、魔法人形の修理に取りかかる。俺が呼ぶまで適当に……そこら辺で過ごしててくれ」


「適当にって……はぁ、わかりました。失礼します」


救貧院に来る機会なんて滅多にない。

今のうちに色々と見て回っておくのも悪くないだろう。

静かに扉を閉じ、ノーラは来た道を逆戻りした。


入り口に接する聖堂へ。

ステンドグラスから夕陽が射し込み、眩しさに目を細める。


「……ん」


ふと人の気配を感じ取り、ノーラは視線を聖堂の隅へやった。

最初は気がつかなかったが、祭壇のようなものに熱心に祈りを捧げている少年が見えた。

まだ歳は十もいかないくらいだろうか。

彼は瞳を閉じ、ノーラの存在にも気づかないほど集中しているようだった。


話しかけるのも気が引ける。

少年の様子を眺めながら、ノーラは柱に背を預けた。


そういえば……と記憶の隅にひっかかるものがあった。

小さいころ、自分の母親が少年のように祈りを捧げていたような。

別にイアリズ伯爵家はシュログリ教の家系ではないのだが、もしかして母は信徒だったのだろうか。

……などと考えていると、やがて少年が立ち上がった。


「……お姉さん、だれ?」


振り向いて少年は尋ねる。

当然の反応だ。

少年を怖がらせないように細心の注意を払い、ノーラは視線を合わせて答えた。


「わたしはノーラ。マインラート様の付き添いで来たんだ」


「マインラートお兄ちゃんの……? お兄ちゃん、ここに来てるの!?」


「うん。でも、今は院長さんとお話ししてるからね」


「お兄ちゃんに会うの、楽しみだなぁ……!」


ノーラに見せていた警戒心の混じった表情が、マインラートの名を聞いた瞬間に解けていく。

少年は心から嬉しそうに笑う。

マインラートはよほど信を置かれているらしい。


少年は祭壇のそばに置かれている人形を指さした。


「あの魔法人形がね、動かなくなっちゃったんだ。そのせいでアーチの埃が掃除できなくなっちゃった」


「魔法人形……そういえば、アレは誰が動かしてるの?」


「院長さんだよ。魔法とかよくわからないけど、院長さんだけあの人形を動かせるんだ。なんでもできて、すっごいんだよ!」


興奮した様子で少年は語る。

魔法人形を動かすことができるのは、緻密に魔力を操作することができる者に限られる。

幼少から魔法の類に触れる貴族には魔力操作に長けた者も多いが、この救貧院で動かせるのは院長くらいだろう。


ノーラは試しに人形に魔力を送ってみる。

だが関節の部分が軋み、うまく動かすことができない。


「わっ! お姉ちゃんも人形を動かせるんだ?」


「そうだよ。この人形は……そっか、もう付け根の部分が動かないんだ」


マインラートの施した魔力結合が歪んでいる。

おそらく高所から落下し、結合部に衝撃が加わったのだろう。

まじまじと人形を眺めていると、少年がノーラの服の裾を引いた。


「ね、お姉ちゃん。これも動かせる?」


少年は手のひらサイズの人形を差し出した。

ステッキを持ったビスクドールだ。

持ってみた感じ、この人形にも魔力の結合が施されている。


「これも魔法人形なんだ? 動かしてみようか」


「うん、お願い!」


人形を床において魔力を流し込む。

すると、人形は小さな手足を懸命に動かしてその場で踊り始めた。

ステッキをくるりと回し、まるで曲芸のような動きを見せる。


こんなに綺麗に動く人形は初めて見た。

まさしく一種の芸術品だ。

動きを取り戻した魔法人形を見て、少年は瞳に輝きを宿す。


「すごい、ほんとに動かせるんだ! 院長さんがね、たまにこれを動かして遊んでくれるんだけど……最近はあんまり動かしてくれなかったんだ」


「そうなんだ……院長さんも忙しいんだろうね。この人形はマインラート様が?」


「うん、お兄ちゃんが作ってくれたんだ。僕の誕生日プレゼントだって!」


……意外だ。

彼は実用的な魔法人形だけを作るものだと。

こうして遊戯を目的とする人形を作ったのは、ただの気まぐれだろうか。


「もっと動かしてみようか」


「院長さんと遊んでいるときはね、この人形と鬼ごっこしたんだ」


「お、鬼ごっこか……そこまで上手に動かせるかな。まあいいや、やってみよう」


「うん!」

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