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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第6章 差別主義者の欺瞞
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見えざる本質

「へい兄弟! 調子はどうだい?」


「……なんすか?」


仕事終わりにノーラが給水しているときのことだった。

マインラートが気さくに話しかけてきた。

だが待ってほしい。

彼は決して他人を兄弟と呼んだりするタイプの人間ではないのだ。


「いっちょ俺と一緒にトリップしないかい? ギャハハッ!」


「馬鹿にしてんのか? 普通に話してもらってもいいですかね」


「……なんだよ、ノリ悪いな。これが平民の一般的な言葉づかいなんだろ? せっかく合わせてやったってのに」


相変わらずのド偏見である。

偏見というか、理解がないというか。

理解していてわざとやってるまである。


つい最近、平民街でとんでもない目に遭ったノーラとしては複雑な胸中だ。

たしかにそういう粗暴な輩も少なくはないが……。

乱暴な言葉づかいに関してはノーラも反省点しかない。

自分のせいでマインラートの偏見を加速させている可能性がある。


「で、ご用件は?」


「ちょっと付き合ってほしい。明日は仕事ないだろ?」


「付き合えと言われましてもね。どちらへ?」


「怪しい場所じゃない。……が、ここを出るまでは秘密だ」


懐疑的にノーラは瞳を細めた。

マインラートに対する信頼がほぼゼロなだけに、警戒してしまうのも無理はない。


「チッ……はあ、わかりましたよ」


「助かるよ。服装は動きやすくて、汚れてもいい服で頼む。明日、あんたの宿に行くから待っててくれ」


「はーい」


いったいどういう了見か。

汚れてもいい服……ということは、肉体労働にでも駆り出されるんじゃないだろうか。


マインラートの用事がまともであることを祈ろう。


 ◇◇◇◇


宿から出たノーラは大層驚いた。

入り口の前に止まっていたのは、装飾を極限まで削ぎ落とした質素な馬車だった。

そしてマインラートの服も、いつもの派手で豪奢なコートではなく、ぼろきれのような黒いマント。


「よお。まあ乗れよ」


「は、はい。失礼します」


天井が低く、座席が硬い馬車に乗り込む。

外装だけがボロいわけではなく、内装も侯爵令息が使うものとは思えない。

そもそもマインラートがこんな馬車に乗り込むことを是とするのがおかしいと感じた。


馬車が走りだすと同時、マインラートは車窓を眺めながら言った。


「悪いな。こんな粗末な馬車で」


「いえ……あの。どちらへ行かれるのですか?」


「帝都の近郊にあるヤゾーって町だ。これと言った特徴もない寂れた町だな」


聞いたことない町の名前だ。

馬車は大路を走り、貴族街の門へと向かっていく。

マインラートが口を開かず沈黙が漂う中、ノーラは先程から気になっていたことについて尋ねる。


「いつもと違う感じですね。馬車とかマインラート様の服とか」


「向かう先は平民街……どころか貧民街だ。上等な物を身に着けて行くわけにはいかないだろ?」


「へ、へぇ……そうなんですか。護衛とかつけなくて大丈夫ですか?」


つい先日、平民街で追い剥ぎに遭遇したノーラは神経質になっていた。

貧民街となると、あれより治安が悪い場所になりそうだが。


「大丈夫さ。何度もヤゾーまで足を運んでるが、賊に襲われたことはない。ま、いざとなったら隠し持ってる金でも渡して命乞いするさ」


諦観を抱えた様子でマインラートは言葉をこぼした。

どうにもならないときは流れに身を任せるし、仕方ないときは諦める。

彼の姿勢はノーラに近しいものがあった。


「……」

「……」


相変わらずの沈黙だ。

夏休みのはじめ、帝都に来る道中も沈黙が漂っていた。

暇だし目的地に着くまで寝てしまおうか。

ノーラがそう思ったとき。


「なあ、ピルット嬢。あんたの趣味ってなんだっけ?」


急にマインラートが趣味を問うてきた。

彼が自分と距離感を縮めたいと思うわけがない。

だとしたら、なんのために趣味など聞いてきたのだろうか。


「趣味です? 色々ありますけど……歌とか、楽器とか、小説とか。あと稚拙ながらお絵描きとか……」


「意外と多芸だな、おい。じゃあ……平民の間の流行とかわかるか? つい最近の話じゃなくてもいい。学園に入る前とか、どんな文化が平民の間で流行してたんだ?」


ノーラはたじろいだ。

もちろん彼女は屋敷に籠りきりで、平民の文化なんて知ってるわけがない。

言葉に窮しながらも、ここ最近で得た断片的な情報をかき集める。

帝都を訪れてから聞いた話や、アリアドナと飲んだときに聞いた噂などを参考にして。


「う、歌は……ラップとロックが流行っているそうです。小説はライトな感じの……タイムリープ転生系? ……が流行っているとか、風の噂で聞きました。長らく学園に滞在していたので、もう流行遅れかもしれませんが」


「へぇ……まさしく俗な文化って感じだ。貴族連中が毛嫌いしそうな激しい歌詞に曲調に、あり得ない転生願望か。だが、そういうのが流行るほど平民にも鬱憤が溜まっているんだろうな。参考になったよ」


「どうしてそんな質問をされたのですか?」


マインラートは足を組み直し、歯切れ悪そうに口元を動かした。


「これから俺たちが行く場所は救貧院だ。少しでも民の流行を知っていた方が、話を合わせられると思ってな」


「救貧院……?」


「救貧院に寄贈した魔法人形が動かなくなったみたいでね。修理に行こうと思ったんだが、何かと俺だけじゃ気まずい。そこでピルット嬢に一緒に行ってもらおうと思ったんだよ。あんたなら貧民街に出るのも抵抗がないだろうし、魔法人形も動かせる」


抵抗がないわけではないのだが。

放浪の旅芸人をやってました……という架空の経歴がある以上、本音を吐くわけにはいかない。


マインラートが救貧院に自ら向かうとは。

意地でも貴族街から出なさそうな人間なのに。


「わざわざ自分が出向いて民を助けに行くんですね。腐っても宰相の息子……ってことですか?」


「んー……どうだかな。親父は俺の活動に反対してるよ。平民と接する仕事なんて官吏に任せておけ……ってね。さっきピルット嬢が言っていたように、賊に襲われる可能性だってある。これはどちらかと言えば、俺が望んでやってる活動さ」


わからなくなってきた。

マインラートという人間の性質、在り方が。

普段はあれだけ平民を峻別して、自分から遠ざけようとしているのに。


彼はいったい――何を見据えているのだろうか。

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