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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第6章 差別主義者の欺瞞
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運が良かった

「……でさぁ、ラインホルト殿下とデニス殿下が喧嘩してる場面見ちゃってさ。ラインホルト殿下が『そこに誰かいるのか!?』って叫んだときはマジで死ぬかと思ったわ」


「へへ……王家の秘密、知っちゃいましたねぇ。でもラインホルト殿下に愛人疑惑かぁ……真面目な人だって聞いてましたけどー」


呂律の回らない口でノーラは受け答えしていた。

もはやアリアドナが何を言っていて、自分が何を見ているのかわからない。

そんなに酒は飲んでないはずなのに意識が朦朧としている。


もしかして自分たち、誰にも聞かれてはいけない話をしているんじゃないだろうか。

こんな酒場の真っただ中で。

すでに数時間が経過し、夜も更けてきている。

酒場は仕事帰りらしき労働者たちで溢れかえっていた。


「てかノーラ、顔色真っ赤だけど大丈夫そ?」


アリアドナはノーラの背中をさすりながら尋ねた。

真っ赤と言われても鏡がないので。


「うっ……大丈夫、じゃないかもしれません。吐きそうです、吐きます」


「おいおい姉ちゃん? 吐くなら店の外でな!」


店員が苦しそうなノーラに野次を飛ばす。

店で嘔吐したら出禁もあり得る。

とりあえず人目につかないところへ緊急退避しよう。

足元もおぼつかない彼女をアリアドナが支え、なんとか店の近くにある路地裏へ向かった。


「う゛!!」


「ったく……ここまでアンタが酒に弱いとはね。まあ、酔ってうるさくなるタイプじゃなくて良かったよ」


ノーラ自身も酔ったら口の悪さに拍車がかかると思っていたのだが。

逆にしおらしくなったというか、言葉数が少なくなっている。

頭がぼーっとして何も話す気にならないのだ。


「吐く、吐かない……吐く、吐かない……い゛っ゛」


仮にも淑女とは思えない声を上げるノーラ、それを気だるげに見守るアリアドナ。

こんな姿をペートルスや学園の友人たちに見られたら死にたくなる。


もうすぐ吐く、吐く……と。

酸っぱいのが喉の辺りまでこみ上げてきた時のことだった。


「……ふーん」


不意にアリアドナが声を上げ、周囲に濃密な魔力が満ちた。

何事かと吐き気を抑えて顔を上げる。


アリアドナは大通りの方角に目を向けていた。

視線の先には三名の男。

彼らはまっすぐノーラたちの方に向かってきているようだ。


「どしたんすか、アリアドナ様」


「追い剥ぎきーたよ。この辺は治安悪いし、しゃーないね」


耳を疑った。

酔いすぎて聞き間違えたのかもしれない。


「追い剥ぎってぇ……小説とかに出てくる、あの噛ませみたいな奴らですよね?」


「貴族にとっちゃフィクションみたいなもんだろうけどね。平民の間では割とよく遭遇する連中だよ」


「え……えぇ、マジすか? ここ帝都ですよ?」


「帝都だから何? 生きるのに必死な人はそれだけいるってことよ」


一気に酔いが醒めていく。

男たちはニヤニヤと笑いながらこちらへ歩いて来ていた。

まさしく悪党の見本のような態度と恰好で。


「よぉ、嬢ちゃんたち。酒場で飲んでる時からずっと見てたが……ずいぶんと上等な服を着てるじゃねえか?」

「命が惜しかったら……わかってんな?」

「金を出せって言ってんだよ!」


そして飛び出たのが悪党の見本のような言葉。

間違いない、アリアドナの言う通り彼らは追い剥ぎだ。

まさか平民街の治安がここまで悪いとは。


だが、こういう連中は大抵ザコなのだ。

別の意味で吐き気を覚え、ノーラはアリアドナに縋った。


「アリアドナ様……こいつらぶっ飛ばしっちゃってください……」


「え、無理かも。いやさ……ウチも魔術師としての心得はあるけどね。追い剥ぎって実力に自信があるから他人を襲うんだよ。創作みたいな噛ませ犬じゃねーの。今日がウチらの命日になるかもだから、覚悟しときなー」


彼女の軽い一言は、ノーラを絶望させるには充分すぎた。

筋骨隆々の悪漢三人に行く手を阻まれている。

大通りに逃げれば誰かが助けてくれるかも……なんてノーラは淡い期待を覚えたが、治安が悪い夜の街で助けてくれる人などいない。

衛兵がそこかしこにいる貴族街とは違うのだ。


「気の強そうな嬢ちゃん……アンタ、反抗的な目してやがるな? ったく……身の程を弁えない奴がたまにいるんだよなぁ?」


「…………」


アリアドナは返答せずに魔力を練り続けていた。

彼女は今までになく神妙な面持ちで佇む。

ノーラにはわかる。

アリアドナの周囲に渦巻く魔力の規模は――今までに見たこともないくらい、デカい。


男たちは何もしないアリアドナと、その後ろで怯えるノーラを見て口元を歪めた。

これはカモだ。

中々この街では見ない女たちだと思ったら……やはり『お客様』らしい、と。


だが。


白雷(アテレブラ)


アリアドナがひとつ呟く。

瞬間、バチと何かが弾けた。

数秒後に三名の男は白目を剥いて倒れる。


今のは……雷の魔術だ。

そして相当に精度が高い。

威力、規模、所作……すべてが一瞬で男たちを気絶させるために調整されていた。


「よっしゃ。運がよかったね」


「よ……余裕じゃないですかーっ!? なんであんな脅すようなこと言ったんですか!?」


どこからどう見てもアリアドナの圧勝である。

瞬殺である。

運がいいとか、そういうレベルじゃない。

圧倒的な実力の隔たりがあった。


ノーラの指摘に対して、アリアドナは渋い顔でかぶりを振った。


「いや、運がよかったんだよ。熟練の輩は、あらかじめウチらが魔術師だと見抜いて魔封じを使ってくる。女子供が相手でも油断せず、隙を突いて気絶させてくる輩もいる。今回、慢心しきった雑魚と当たったのは運がよかったんだ」


この街は油断ならないんだよ、とアリアドナは言葉を結んだ。

彼女の言葉にはやけに実感が籠っている。

ノーラは自分と相手の認識の齟齬を感じ取り、どことなく恥ずかしい気持ちになった。


「そ、そうですか……助かりました。あの、早く大通りに出ましょう」


「大通りに出ても安全とは限らんけどね。とりま、酒場に金だけ払いに行こうか」


「はい……」


とうに吐き気も引っ込んだ。

青ざめた顔で頼れる先輩の後ろを歩く。

すると、大通りに出る直前にアリアドナが振り向いた。

彼女の双眸がノーラの顔をまじまじと見つめる。


「ノーラ。アンタさ、平民出身って嘘でしょ」


「んえ」


急に図星を突かれてノーラは押し黙った。

これまでの振る舞いを鑑みれば、見抜かれるのも無理はない。

さりとて貴族出身ですと自白するわけにもいかないのだ。


「……ま、隠してるのは理由があるんだろうし。別に詮索はしないけどさ」


「は、はい……色々と複雑な事情がありまして。秘密にしておいていただけると助かります」


庶子だとか隠し子だとか、貴族には明かせない秘密もある。

だから出自を偽る者も珍しくはないし、踏み入ることも好ましくない。

アリアドナの気遣いには感謝せざるを得ないノーラだった。


「マインラート卿はアンタの出自知ってるの?」


「いえ、マインラート様にも嘘をついてます。そのせいであの人にはよく見下されますけど」


「……そっか」


複雑そうな声色で呟くアリアドナ。

彼女は改めて忠告するように言った。


「自衛できないなら、治安の悪い平民街には一人じゃ近づかないこと。それか貧相な身なりで行くこと。おっけー?」


「はい……! おっけー、です!」


「よーし。ま、一人じゃこんな場所に来ることもないだろうけどね」


いい勉強になった。

社交界にも世俗にも混じらずに生きてきたノーラには、両者の隔たりを認識することができていなかった。

貴族は民に支えられて生きるもの。

それなのに、こんなに荒れている場所があるとは……なんだか国の将来が不安になってきた。

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