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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第6章 差別主義者の欺瞞
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サンロックの賢者

猛烈なノック音でノーラは目を覚ました。

騒々しい目覚めだ。


「誰だよ……」


現在、彼女はマインラートが手配してくれた宿に寝泊まりしている。

帝都の一角に位置する皇城から近い宿。

今日は休みで昼すぎまで寝ているつもりだったのに……。


『おーい、ピルット嬢? さっさと開けてくれやー』


何度も何度も自室の扉を叩く音。

音の主はマインラートだ。

いったい休日にどういう用件か。

ノーラは寝ぐせも直さず、乱雑に扉を開け放った。


「うるせぇな。朝からなんすか」


「よ、おはようさん。朝って……もう昼近いけどな。ハッ……てか、なんだよその髪」


「マインラート様は寝ぐせというものをご存知でない? まさか全ての乙女の髪が乱れず、美しく流れるものだと思っていらっしゃる?」


「そりゃあ……俺の前で寝ぐせを直してこない令嬢なんていないからな。……ああ失敬、ピルット嬢は令嬢じゃないもんな。寝ぐせとか気にせず人前に出るよな。悪い悪い」


何を言うにも人の神経を逆なでする野郎だ。

怒りに任せて扉を閉めそうになったが、ノーラは必死に己を鎮めた。


「で、用件は? 今日は休みだったと思いますが」


「夏休み中の課題、忘れてないだろうな。多少は自分の力についての研究も進めないとな。つーわけで、帝立研究所に行くぞ。さっさと準備しろ」


……そういえば。

ペートルスから帝立研究所に行ってみろと言われていたのだ。

すっかり失念していた。


マインラートに急かされ、ノーラは急いで身支度を整えた。


 ◇◇◇◇


普段ノーラが仕事をしている城の北東部とは別のエリア、中枢に位置する帝立研究所にやってきた。

研究所はかなり広大で、グラン帝国がどれだけ研究に心血を注いでいるかが窺える。


よくわからない設備がたくさん置かれている部屋を歩く。

マインラートは足を止めることなく研究所を進み、とある研究室の前にたどり着いた。


「……ここは?」


「今、帝国には賓客がいらしていてね。その方ならピルット嬢の呪いについて知っているかもしれない。急にあんたを呼びに来たのも、賓客に会わせるためさ」


マインラートが扉を叩くと、中から返事があった。

扉が開かれる。

土っぽい古書の匂いと、視界を埋め尽くさんばかりに床に散乱した紙束。


研究室の中には一人の壮年の男性が座っている。

彼は椅子をくるりと回してノーラとマインラートに手招きする。


「よおよお、マインラートに……眼帯の姉ちゃん。そこに座ってくれや」


促されるまま、二人は机を挟んで男性の向かい側に座る。

茶色の髪を結った男性はノーラの顔を見て豪放に笑った。


「はーっ! 姉ちゃんがコルラードのご学友か! あいつから話は聞いてるぜ」


「……へ? コルラードさん?」


「おう。俺の名はアロルド・イオル。『サンロックの賢者』とも呼ばれているな」


聞き覚えのある二つ名だ。

そう、サンロックの賢者といえば……。


「コルラードさんの師匠! ……ですか?」


「おうさ! いつも馬鹿弟子が迷惑かけてるな。アイツに会うためにグラン帝国に来て、ちょいと滞在しているところだ。よろしくな!」


「い、いえ、ご迷惑だなんて! コルラードさんには何度も助けられていて、どれほどお礼を申し上げても足りないくらいです! わたしはノーラ・ピルットと申します。お会いできて光栄です」


賢者とかいうから、もっと怜悧な人かと思っていたが。

意外と快活で気の良さそうな人だ。

ペコペコとノーラが頭を下げていると、マインラートが急かすように言った。


「賢者殿は皇帝陛下の病を治すため、時間を割いてくださっている。ピルット嬢、話は手短に頼むよ」


「まあ、そう気にすんなって。どうせ陛下の病を治す目処は立ってねえしな」


現在、グラン帝国の皇帝ベルントは病床に伏せっている。

そのせいで第一皇子派や第二皇子派が対立したり、国内の三大勢力が緊迫した雰囲気になったりしている……と聞く。

噂では皇子を即位させたい連中が陛下に毒を盛ったとか、まことしやかに囁かれているが……そこら辺の政情には立ち入らない方がいい。


「で……青髪の姉ちゃんの『呪い』だっけか? 話を詳しく聞かせてくれよ」


ノーラは己の症状を包み隠さず話した。

これほど有名な賢者ならば、自分の目について何か知っているかもしれない。

少しでも多くの手がかりを得るために、情報の出し惜しみはしない。


話を聞き終えたアロルドは悩まし気にうなった。


「おー……んー……とりあえず、その右目とやらを見せてくれんか?」


「わ、わかりました……あの。一応出力は最低にしておきますが、それでも恐怖心を煽る可能性がありますので」


「了解。どんとこいや!」


ノーラが眼帯を外そうとすると、マインラートが何気なく二人の間に入った。

彼はノーラが右目を見せたとき、ヴェルナーが彼女に斬りかかったのを見ている。

同様の事態を懸念して間に入ったのだろう。

もちろんマインラートはノーラの目を見ないように壁の方を向いていた。


気後れしながらも眼帯を外す。

もちろん呪いは限界まで弱めて。


右目にてアロルドを射抜く。

瞬間、彼の表情が少し強張るのを感じた。


「なるほどね……こりゃあ。それで一番弱めてるのか。中々凶悪な目だ」


彼は理性を失う様子はなく、やや呼気を荒くしながらも冷静にこちらを見ている。

しばしノーラの右目を見続けた後、アロルドは鷹揚にうなずいた。


「……よし、もう大丈夫だ。眼帯をつけていいぞ」


言われるがまま眼帯をつける。

室内に満ちていた緊迫感は、アロルドがどかりと椅子に座る音と共に霧散した。


で、見た感じどうなんですか。

……とノーラは期待を籠めてアロルドの言葉を待った。



「うーん……すまん! わからんっ!」

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