マジで捕まってやがる
ノーラは投獄されてしまった。
まさか、まさかの展開である。
ただ仕事を手伝いにきただけなのに、こんなことになるとは。
「……いや、まあね。君の言い分はわかるんだけど……スクロープ侯爵令息も、オノン子爵令嬢もいないからさ。君が本当のことを言ってるのかわからないんだ」
衛兵は困り顔で言った。
スクロープ侯爵令息というのがマインラートのことで、オノン子爵令嬢というのがアリアドナのことだ。
二人が城にいないものだから、ノーラが不審者ではないことを証明できない。
そういうわけでノーラは拘置所の中。
拘置所と言っても真正の罪人を投獄するような檻ではなく、簡易的な部屋だ。
本当にノーラがマインラートが招いた客人だった場合を考えると、衛兵としてもぞんざいに扱えない。
「まあ安心してください。翌日にはスクロープ侯爵令息がお帰りになられるはずですから。申し訳ございませんが、それまでこちらでお待ちください」
「は、はい……わかりました」
まさか寮でも宿でもなく、拘置所で夜を過ごすことになるとは。
これも全部マインラートのせいだ。
入城許可証とかいうのをマインラートが渡してくれれば、こんなことにはならなかったのに。
部屋の隅っこにへたり込み、ノーラは嘆息した。
とりあえず今日は寝るしかなさそうだ。
◇◇◇◇
「ハハハハハッ! マジで捕まってやがる!」
そして早朝に来たマインラートの第一声がコレだ。
彼は部屋の中のノーラを覗き込み、指をさして爆笑した。
「テメェ……」
さすがに我慢ならない。
マインラートの軽薄な態度を見て、ノーラの堪忍袋の緒が切れる。
寝起き早々に不機嫌にさせやがって。
しかし彼はノーラの怒気を感じ取ったのか、すかさず言葉を紡いだ。
「悪い悪い。これは完全に俺の落ち度だな。そういえば入城許可証を渡すのを忘れてたし、守衛に説明するのも忘れてた」
「……」
「でも一日くらい、拘置所の中で過ごすのも悪くない経験になったろ? 俺も忙しくて頭の中がごちゃごちゃになってたんだよ」
「…………」
謝罪の後にすぐ言い訳。
まさにクズ男ここに極まれり。
頭の中で大量の罵声を浮かべつつ、ノーラはなんとか感情を制御した。
「ま、まあ人間誰でもミスはありますからね……マインラート様が反省してるなら別にいいですよ」
「おっ? お叱りを受けるかと思ったが、やけに温和じゃないか。そんなに俺に優しくしても、愛人の席は空いてないぜ?」
「傲慢が服着て歩いてやがる。自己肯定感高すぎだろ」
「悪口を言える元気があるなら問題ないな。じゃ、出ようか」
舌打ちしつつノーラは立ち上がる。
部屋を出たところで、昨日の衛兵が青ざめた顔をして立っていた。
衛兵もマインラートとかいう頭のおかしい奴に振り回されてかわいそうだ。
ノーラは軽く会釈をして城門に向かった。
朝焼けが城に影を落としている。
鳥の盛んな鳴き声が耳を叩く。
ノーラが朝の澄んだ空気を吸い込んでいると、マインラートがくるりと振り返って徽章のようなものを渡してきた。
「ほら、これ入城許可証。夏休みが終わったら返してもらうから、なくすなよ?」
「はい。……あ、そうだマインラート様。お城で働いてる間、わたしってどこで過ごせばいいんですか?」
かねてより聞こうと思っていた話を。
徽章を胸につけ、ノーラは尋ねた。
「どこって……考えてないや。寮で寝泊まりしたいなら俺が許可取るし、宿に泊まりたいなら金出すよ。それとも路上で寝るか? 平民だし慣れてるだろ」
「平民をなんだと思ってるんですかね。まあ、わたしも平民の生活はよく知りませんけど……」
「ん?」
「あ、いえ。なんでもないです!」
うっかりボロが出そうになる。
ノーラは慌てて取り繕い、話題を逸らした。
「そ、それなら宿がいいです。マインラート様がお金出してくれるって言うなら、今回のお詫びも兼ねて高い宿がいいです!」
「がめついねぇ。でも嫌いじゃないぜ、ピルット嬢の下品さがよく出てる。どうせ金は公費から出るし構わないさ」
「公費から出るんですか……」
そう聞いてノーラは若干尻込みする。
マインラートの財布から金が出ると思ったが、よく考えればノーラは仮にも城の勤め人。
生活費も公費から出て然るべきだ。
「や、やっぱり遠慮しておこうかな……寮でいいや」
「いや、遠慮しなくてもいいぜ。どうせ公費なんて貴族たちの遊びに使われるんだ。それなら真面目に働いてくれるあんたに使った方がいい。……民から搾り取った税を、貴族の連中に使うくらいならな」
「うーん……そうなんですか?」
「そうなのさ。宰相の息子の俺だからこそ、グラン帝国の金の動きは誰よりも理解してる。無駄ばかりだよ……この国は。そういうわけだから、俺が格別の宿を見繕ってやるぜ。期待してて待っててくれ」
マインラートは軽くウインクして微笑んだ。
それでもなおノーラの胸にはときめきなどなく、ただウザいという感情だけが渦巻いている。
普通の令嬢はこれで恋に落ちたりするんだろうか。
「じゃ、宿の手配お願いします。わたしはこの後、お仕事なので」
「ああ。仕事はどう? 魔法人形の操作、上手くできたかい?」
「問題なくできましたよ。魔法人形を動かせば動かすほど、マインラート様の作った人形の精巧さがわかります」
「俺の作品を理解できるとは……やるねぇ。作品の出来の良さを褒められたのなんて、師匠から褒められたとき以来だ」
マインラートは嬉しそうに声を弾ませた。
いつも明朗な彼の態度だが、今は心なしか本当に喜んでいる気がする。
「仕事が終わるころに、今日こそ東門のあたりに来るから。夕方にそこで落ち合おう」
「了解です。それでは」
「おう。仕事がんばってな」
身を翻して去っていくマインラート。
城の中へ戻っていく彼の背は、どこか寂し気に見えた。