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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第6章 差別主義者の欺瞞
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マジで捕まってやがる

ノーラは投獄されてしまった。

まさか、まさかの展開である。

ただ仕事を手伝いにきただけなのに、こんなことになるとは。


「……いや、まあね。君の言い分はわかるんだけど……スクロープ侯爵令息も、オノン子爵令嬢もいないからさ。君が本当のことを言ってるのかわからないんだ」


衛兵は困り顔で言った。

スクロープ侯爵令息というのがマインラートのことで、オノン子爵令嬢というのがアリアドナのことだ。

二人が城にいないものだから、ノーラが不審者ではないことを証明できない。


そういうわけでノーラは拘置所の中。

拘置所と言っても真正の罪人を投獄するような檻ではなく、簡易的な部屋だ。

本当にノーラがマインラートが招いた客人だった場合を考えると、衛兵としてもぞんざいに扱えない。


「まあ安心してください。翌日にはスクロープ侯爵令息がお帰りになられるはずですから。申し訳ございませんが、それまでこちらでお待ちください」


「は、はい……わかりました」


まさか寮でも宿でもなく、拘置所で夜を過ごすことになるとは。

これも全部マインラートのせいだ。

入城許可証とかいうのをマインラートが渡してくれれば、こんなことにはならなかったのに。


部屋の隅っこにへたり込み、ノーラは嘆息した。

とりあえず今日は寝るしかなさそうだ。


 ◇◇◇◇


「ハハハハハッ! マジで捕まってやがる!」


そして早朝に来たマインラートの第一声がコレだ。

彼は部屋の中のノーラを覗き込み、指をさして爆笑した。


「テメェ……」


さすがに我慢ならない。

マインラートの軽薄な態度を見て、ノーラの堪忍袋の緒が切れる。

寝起き早々に不機嫌にさせやがって。


しかし彼はノーラの怒気を感じ取ったのか、すかさず言葉を紡いだ。


「悪い悪い。これは完全に俺の落ち度だな。そういえば入城許可証を渡すのを忘れてたし、守衛に説明するのも忘れてた」


「……」


「でも一日くらい、拘置所の中で過ごすのも悪くない経験になったろ? 俺も忙しくて頭の中がごちゃごちゃになってたんだよ」


「…………」


謝罪の後にすぐ言い訳。

まさにクズ男ここに極まれり。

頭の中で大量の罵声を浮かべつつ、ノーラはなんとか感情を制御した。


「ま、まあ人間誰でもミスはありますからね……マインラート様が反省してるなら別にいいですよ」


「おっ? お叱りを受けるかと思ったが、やけに温和じゃないか。そんなに俺に優しくしても、愛人の席は空いてないぜ?」


「傲慢が服着て歩いてやがる。自己肯定感高すぎだろ」


「悪口を言える元気があるなら問題ないな。じゃ、出ようか」


舌打ちしつつノーラは立ち上がる。

部屋を出たところで、昨日の衛兵が青ざめた顔をして立っていた。

衛兵もマインラートとかいう頭のおかしい奴に振り回されてかわいそうだ。

ノーラは軽く会釈をして城門に向かった。


朝焼けが城に影を落としている。

鳥の盛んな鳴き声が耳を叩く。

ノーラが朝の澄んだ空気を吸い込んでいると、マインラートがくるりと振り返って徽章のようなものを渡してきた。


「ほら、これ入城許可証。夏休みが終わったら返してもらうから、なくすなよ?」


「はい。……あ、そうだマインラート様。お城で働いてる間、わたしってどこで過ごせばいいんですか?」


かねてより聞こうと思っていた話を。

徽章を胸につけ、ノーラは尋ねた。


「どこって……考えてないや。寮で寝泊まりしたいなら俺が許可取るし、宿に泊まりたいなら金出すよ。それとも路上で寝るか? 平民だし慣れてるだろ」


「平民をなんだと思ってるんですかね。まあ、わたしも平民の生活はよく知りませんけど……」


「ん?」


「あ、いえ。なんでもないです!」


うっかりボロが出そうになる。

ノーラは慌てて取り繕い、話題を逸らした。


「そ、それなら宿がいいです。マインラート様がお金出してくれるって言うなら、今回のお詫びも兼ねて高い宿がいいです!」


「がめついねぇ。でも嫌いじゃないぜ、ピルット嬢の下品さがよく出てる。どうせ金は公費から出るし構わないさ」


「公費から出るんですか……」


そう聞いてノーラは若干尻込みする。

マインラートの財布から金が出ると思ったが、よく考えればノーラは仮にも城の勤め人。

生活費も公費から出て然るべきだ。


「や、やっぱり遠慮しておこうかな……寮でいいや」


「いや、遠慮しなくてもいいぜ。どうせ公費なんて貴族たちの遊びに使われるんだ。それなら真面目に働いてくれるあんたに使った方がいい。……民から搾り取った税を、貴族の連中に使うくらいならな」


「うーん……そうなんですか?」


「そうなのさ。宰相の息子の俺だからこそ、グラン帝国の金の動きは誰よりも理解してる。無駄ばかりだよ……この国は。そういうわけだから、俺が格別の宿を見繕ってやるぜ。期待してて待っててくれ」


マインラートは軽くウインクして微笑んだ。

それでもなおノーラの胸にはときめきなどなく、ただウザいという感情だけが渦巻いている。

普通の令嬢はこれで恋に落ちたりするんだろうか。


「じゃ、宿の手配お願いします。わたしはこの後、お仕事なので」


「ああ。仕事はどう? 魔法人形の操作、上手くできたかい?」


「問題なくできましたよ。魔法人形を動かせば動かすほど、マインラート様の作った人形の精巧さがわかります」


「俺の作品を理解できるとは……やるねぇ。作品の出来の良さを褒められたのなんて、師匠から褒められたとき以来だ」


マインラートは嬉しそうに声を弾ませた。

いつも明朗な彼の態度だが、今は心なしか本当に喜んでいる気がする。


「仕事が終わるころに、今日こそ東門のあたりに来るから。夕方にそこで落ち合おう」


「了解です。それでは」


「おう。仕事がんばってな」


身を翻して去っていくマインラート。

城の中へ戻っていく彼の背は、どこか寂し気に見えた。

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