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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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義妹の怒り

本邸の敷居をまたぐのはいつ以来だろう。

エレオノーラは足音を殺して本邸を訪れた。

衛兵に目を合わせないように俯き、正面玄関の扉からするりと屋敷に入る。


別に後ろめたいことがあるわけじゃない。

父のイアリズ伯爵に呼ばれて来ているので、堂々と胸を張っていればいいのだが……彼女にそこまでの度胸はない。


通りかかる使用人を見つけ、彼女はびくりと肩を震わせて俯いた。

自分の右目に呪いの根源があるとわかった以上、隠す場所は明白だ。

青い髪を垂らしてエレオノーラは右目をしっかりと隠している。

そのおかげか、使用人の反応もいつもよりは普通……なわけがない。

一度染みついた恐怖は本能が覚えているもので、エレオノーラを目にした途端、彼らは脱兎のごとく逃げ出してしまう。


「べ、別にいいし……さっさと失せろザコどもが」


強がりな罵言を吐きつつ、父に招かれた応接室へ向かう。

まもなく応接室に着くかと思われたそのとき。

廊下でばったりと、一番会いたくない人物と出くわした。


「うわっ!? あ、あんた……なんでここにいるのよ」


「ヘルミーネ……ちょ、ち、ちょっとお父様に招かれて、お話があるって……」


「ふ、ふーん……」


二階で大人しくしているように言われたヘルミーネ。

しかし、彼女はどうしても来客が気になり屋敷を歩き回っていた。

二階の窓から馬車を見る限り、アレは相当に高貴な人物だ。

ヘルミーネも紋章はすべて把握しているわけではないが、クラウン戴いている紋章の時点で相当な身分であることがわかる。


「話って来客に関係しているのかしら……? ってか、なんか今日のお姉様……いつもより怖くない気がするんだけど」


「へ、へへっ……もうわたしは怖くないんだよ。たぶん」


ここで右目を急に露出させたらどうなるんだろう。

エレオノーラは右目が疼くのを必死に我慢しながら、髪をぺたりと瞼に張り付けた。

若干目がかゆい。


「まさかお姉様がまた本邸に上がれるなんてね。もう二度とない機会かもしれないし、よく記憶に焼きつけておくことね」


まるでエレオノーラが死ぬのを期待しているかのような発言。

……ふと、そのとき思い至った。


この目の前にいる妹、自分に毒を盛った最有力候補ではないか。

その事実に気がついたとき、エレオノーラは戦慄した。


(もしかして……わたしを殺そうとしてる!?)


エレオノーラがペートルスのもとにたどり着く前に、殺してしまおうという魂胆ではないだろうか。

そう思うと、ヘルミーネが懐にナイフを隠し持っているような気がした。

もしかしたら背後あたりにランドルフも潜んでいて、自分を殺すつもりかもしれない……!


被害妄想を膨らませるエレオノーラ。

肩を震わせて後退る彼女を前に、ヘルミーネは眉をひそめて詰め寄った。


「ちょっと、何よ。その化け物でも見るような目は……普通は私があんたに向ける視線でしょう? なんかお姉様のくせに生意気ね」


「ひえっ……ここっ、こっちに来んな!」


「は、はぁ!? あんた、本当になんなの……! やめなさいよ!」


ヘルミーネの怒気が高ぶるとともに、周囲に魔力が満ちる。

彼女の周囲に浮かんだ風の刃。

腐っても名門の帝国貴族、ヘルミーネも多少の魔術の心得は備えていた。

その攻撃的な魔術を見て、やはりかとエレオノーラは確信する。


「あ、あ、やっぱりわたしを殺すおつもりでぇ……」


「だから、そんな目で見るのはやめてよ!」


怒りに任せた風の刃が飛ぶ。

風刃は致命の部位を狙ったわけではなかったが、明らかにエレオノーラを害する目的で放たれた。

あるいはヘルミーネ自身には傷を負わせるつもりなどなく、脅すだけのつもりだったのかもしれないが……。


瞬間、エレオノーラの前で風の刃が砕けた。

ヘルミーネは呆けた声を上げる。


「……へっ?」


「あ、これ……ペートルス様のやつ……」


エレオノーラは警戒していただけあり、自分で攻撃を防ぐつもりだった。

しかし彼女が自己防衛する前に刃は止められた。

音の衝撃による刃の破壊。


ペートルスが応接室の方角から駆けてくる。

その後ろから、息を切らして追ってくるイアリズ伯爵の姿も。


「無事か、レディ・エレオノーラ!」


「あっはい。そんなに血相を変えてこなくても……ヘルミーネの魔術はかわいい(くそざこ)なので、わたしでも防げたと思います」


「そうか……いや、今の魔術は結構強力なものだったと思うが」


必死になってエレオノーラに問いかけるペートルス。

そんな彼を見て、ヘルミーネは目を見開いた。


(な、なんて綺麗な方……!)


先程までの怒りもすっかり忘れて、彼女は謎の貴公子に見惚れる。

困惑して、怒って、惚れて。

その心変わりの早さと言ったら、一夜に過ぎ去る嵐の空模様よりも激しい。


うっとりと見惚れていたヘルミーネの意識は、背後から走って来たイアリズ伯爵の怒号によって引き戻される。


「ヘルミーネッ! お前がなぜここにいる! 部屋で大人しくしていろと言っただろう!」


「お、お父様……その……理由があるのよ。喉が渇いてしまって、それで厨房に水を取りに行こうと思ったらお姉様と会って……」


もちろん出まかせの嘘だが、とりあえず理由をつけてヘルミーネは言い繕う。

怒気を抑えきれない伯爵、引くに引けないヘルミーネ、あわあわするエレオノーラ。

そんな三者を見かねてか、ペートルスが苦笑いしながら割って入る。


「まあまあ。僕はレディ・エレオノーラとレディ・ヘルミーネの会話を『すべて聞いて』いましたから。お互いに言い分があるのはわかります」


そう言うとペートルスは、笑顔を張りつけてヘルミーネに礼をした。

彼はエレオノーラを傷つけようとしたヘルミーネに怒りを抱えているものの、負の感情は決して表には出さない。


「……レディ・ヘルミーネ。お水を飲まれたら、ロード・イアリズの命に従ってお部屋で待っていてもらえますか? 少し大事な話があるのです」


「え、えぇ……わかりましたわ。お邪魔して申し訳ございません!」


ヘルミーネは顔を赤らめてカーテシーする。

それから慌ただしく二階へ上がっていった。

水を飲みにきたという話は何だったのか……とペートルスは苦笑いせざるを得ない。


「ペートルス卿……大変お見苦しいところをお見せしました。ヘルミーネには厳重に注意をしておきますので、此度の無礼はどうかお許しを……」


「ああ、構いませんよ。レディ・エレオノーラに怪我がなくてよかった」


「…………」


色々と目まぐるしい事態にエレオノーラは石像のように固まる。

とりあえず彼女にできることは、呪いが露出しないように右目を隠すことだけ。

しきりに前髪をいじりつつ、エレオノーラは応接室に向かった。

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