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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第5章 留学生
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嫌味な騎士

刺客が軽やかに教室を駆ける。

机を蹴り、壁を駆け上がり、宙を舞う様はまるで奇術師。

踊るようにステップを踏んで刃を振り回す刺客を、バレンシアは何度も剣で往なしていた。


「誇りがない、華がない。その程度でわたくしを退けられるとでも?」


「ンハハハハハッ! いつまで余裕を保てるかなぁ!?」


バレンシアは防戦一方だった。

理由は彼女の背後に控えるノーラだ。

刺客がしきりにノーラへ接近しようと試みるので、バレンシアはその妨害に躍起になっていた。


せめて教室の扉さえ開けば。

そう思って扉に手をかけるも、なぜか開かない。

鍵はかかっていないはずなのに。


(どうしよう……どうしよう……!)


このままでは自分のせいでバレンシアが死ぬ。

ノーラが暗殺の憂き目に遭ったのはこれが初めてではない。

犯人こそ明らかになっていないものの、自分を殺そうとしている者がいるのは明白で。

バレンシアを巻き込んでしまったのは明らかにノーラの責任なのだ。


せめて何か力になれれば。

そう考え、ノーラは刃を交わす二人の方を見た。


「は、速いな……」


二人の動きが速すぎて目で追えない。

こういうときの護身用として貴族は魔術を習うのだが……ノーラのそれはあくまで幻影を見せる魔術。

直接的な撃退にはつながらない。


「ノーラ!」


「うぇ!?」


バレンシアが怒声を発した刹那。

ノーラの首元を一本のナイフが掠めた。

幸い当たらなかったものの、あと少し動いていれば。


「ハッ! 外しちまったか!」


刺客が投擲してきたらしい。

壁に刺さったナイフを見てノーラは戦慄した。

このままだと死ぬのは時間の問題だ。


やはり……アレしかないのか。

ノーラは眼帯に手をかけた。

自分の右目を使えば、刺客を撃退できるかもしれない。

しかしバレンシアを巻き込んでしまう可能性がある上に、刺客が恐怖に強ければむしろ攻撃性を高めてしまう可能性もあった。


「…………すぅ」


背に腹は代えられない。

ノーラは一歩踏み出して眼帯を外した。

肝心なのは、いつ右目を開くか。

バレンシアに見せず、刺客にだけ見せる瞬間を狙わねばならない。


狙うとしたら刺客がこちらを向く瞬間。

基本的にバレンシアと斬り結んでいるが、こちらに視線を向けるときがある。

先程のようにナイフを投げてくる瞬間など。


見る。

とにかく刺客の動きを注視する。

左目で動き回る刺客を見続けて、好機を待つのだ。


(右、左、左、上、右……)


バレンシアの剣先を躱し、バレンシアに刃を突き立てようとし。

刺客は俊敏に動き回る。


「いつまでも逃げ回って……観念なさいな!」


「観念するのはそっちの方さ。こうしている間も、お前の後ろにいるザコがさぁ……死ぬかもしれないんだぜっ!?」


――今。

刺客が顔を上げ、狂気的な笑みでこちらを視線で射貫く。

同時にノーラは呪いを最大出力にして右目を見開いた。


「あひゃっ……!?」


情けない声を上げ、刺客は姿勢を崩した。

刺客を貫いたノーラの呪い……そして。

差し違えるようにノーラの左腕を突き刺したナイフ。

左腕に迸る激痛を耐えながら、ノーラは叫んだ。


「バレンシアッ!」


「はぁっ!」


姿勢を崩した刺客の腕を、バレンシアの剣がしたたかに打ちつけた。

ナイフが床に落ちる。

同時、刺客は尻餅をついた。


すかさずバレンシアは刺客の首元を剣で叩き気絶させる。

その様子を見たノーラは、バレンシアに見られる前に右目をそっと閉じて眼帯をした。


「よ……よかった」


「ノーラ!」


すぐにバレンシアが駆け寄ってくる。

彼女はノーラの左腕からの出血に気づき、ハンカチをあてがった。


「だ、大丈夫!?」


「ああ、うん……大丈夫。バレンシアがいなかったら死んでたよ。ほんとに……ありがとう、ね」


頭に鈍痛が走る。

ノーラは咄嗟に頭を抱えた。

視界が白み、意識に罅が入っていく。


「あ、れぇ……なんか、すごい……」


「このナイフ……毒を受けたのね! 急いで医務室に……」


バレンシアはノーラを連れて急いで教室を出ようとしたが……開かない。

刺客を気絶させた今も、教室の封鎖は健在であった。


「どうして開かないのよ……! こうなったら壊すしか!」


バレンシアは剣を携え、扉の破壊を試みようとした。

緊急時だ……仕方ない。

彼女が剣を振りかぶった、刹那。


「――誰かいるのか!?」


教室の外から声が響いた。

それは先程まで聞いていたようで、実は今日は一度も聞いていない人の声。

彼……本物のランドルフは扉を外部から押さえつけていた棒を外し、教室の扉を勢いよく開け放った。


「あなたは……! 本物、ですわね!?」


「これは……」


顔色を青くしたバレンシア、ぐったりとへたり込むノーラ、そして地面に倒れ込む謎の男。

教室をざっと見渡したランドルフは息を呑む。


「バレンシア嬢。何があったのですか」


「話は後です! ノーラが毒を受けました、医務室へ!」


「……! わかりました、俺が担いでいきましょう」


事態は一刻を争う。

すでにノーラの全身は痺れ始めており、いつ心臓が止まってもおかしくない状態だ。


ランドルフはノーラを担ごうと手を伸ばしたが……その手は瞬時に腰に下げている剣の柄に回った。

一拍遅れて響いた金属音。


「痛いなぁ……ったく、なんだよそのバケモン! そりゃ暗殺依頼も出るワケだわ!」


刺客が気絶から回復した。

その時間、わずか数十秒。

あまりに早い復帰にバレンシアは目を疑った。


「……バレンシア嬢。ノーラを頼みます。ここは俺が」


「承知いたしました。ご武運を」


ランドルフはしかとうなずき、ノーラを抱えて走っていくバレンシアを見た。

彼女たちを追わせないために刺客の前に立ちはだかる。


「誉れ高きアンギス侯爵家の令嬢に叱咤を受けたのだ。騎士として負けるわけにはいかんな」


「次から次へと邪魔が……! お前、あのノーラとかいうのに恨みがあるんだろ? 依頼主から聞いてるぜ。俺の邪魔すんじゃねぇよ」


「恨み……? はて、なんのことやら」


ランドルフは小首を傾げて剣を構えた。


「俺はあの女に興味がない。恨みも憎悪もありはしないさ」


「なら、アイツを守る必要もないだろうよ」


「暗殺者。お前は何か勘違いをしているようだな」


ランドルフは露骨にため息を吐いた。

嫌味たらしく、それでいて高慢に見える振る舞いで。

彼の態度は刺客の神経を逆なでした。

ただでさえ標的に逃げられているというのに。


「ネドログ伯爵家は由緒正しき騎士の家系。誰であろうが、命を狙われている人間を見捨てるわけがなかろうに。何より……ここでアイツを見捨てようものなら、愛するヘルミーネに失望されてしまうからな。婚約者の姉くらいは守ってやるさ」


「もういい……そこをどけッ!」


刺客は猛り、ランドルフに牙を剥いた。

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