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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第5章 留学生
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急襲

「――テメェ、誰だよ? ランドルフじゃねぇだろ」


ノーラの唐突な暴言に対し、ランドルフは小首を傾げた。


「はて。いきなり何を言いだすかと思えば……面白い冗談ですね。どこからどう見ても、俺はランドルフ・テュルワでしょう? ねえ、バレンシア嬢?」


「え、えぇ……そうですわね。ですが、ノーラはこんなに意味のない嘘をつくような人ではありませんの」


バレンシアはそれとなくノーラのそばに寄った。

やはりランドルフが絡むとノーラの様子がおかしくなるのだ。

彼女がおかしいのではなく、バレンシアが何かに気づけていないとしたら?


「テメェが纏ってるその魔力、わたしの幻影魔術に近い質のものだ。たとえ姿がランドルフだとしても、別人が変装してる可能性が高い」


「異なことを。そう言われても困りますよ。俺は別に魔力を垂れ流していません。ピルット嬢の「勘違い」に違いありません」


いまだにランドルフを名乗る者は認めようとしない。

彼は余裕の微笑を絶やさず、なおも眼前に立つ。


ならば言ってやろうか。

ノーラが『彼はランドルフではない』と断じた証拠を。


「『クレースの英雄譚』『青霧騎士』『永らえる黒鳶と神の定める悪について』……」


「俺が紹介してもらった三冊の本ですね。それが何か?」


「この中にランドルフが読んだことのある本がある。テメェが本当のランドルフなら、読んだことのある本の題名と内容を言ってみろ」


「…………」


瞬間、男の表情から笑みが消えた。

彼はしばし沈黙した後、喉から枯れた吐息を絞り出す。

吐息はやがて哄笑に変わり、静かな教室に響き渡った。


「ン……ンハハハハハッ! ああそ、とっくにカマはかけられてたってわけね。ほんと擬態は難しいなぁ……やってられねぇわ」


ランドルフの声ではない。

妙に粘り気があり、陽気な声。

バレンシアが咄嗟にノーラの前に出て詰問する。


「誰なの、あなた」


男がニタリと笑うと同時、姿がぼやける。

少しずつ剥落していった表層は溶けて消え、やがて黒いマスクをした小柄な男が姿を現した。

殺気が満ちる。


「――お前の命、もらい受ける」


標的はノーラだ。

視線はバレンシアではなく、確実にノーラへと向けられている。


これはまずい。

刺客を前にしてノーラたちでは為す術がない。

教室の扉に手をかけたが開かず。


「どうして……!?」


「逃げ場はないぜ。悪いがここまでだ」


男が駆ける。

ナイフを携え、こちらへまっすぐに。

鋭利な刃先が迫り、ノーラは瞳を閉じた。


刹那、甲高い音が響く。

何事か。ノーラは瞳を開けた。


「痴れ者が。身の程を弁えなさい」


バレンシアの手に収まった剣と、刺客の刃が衝突していた。

彼女の魔術によって作られた岩製の剣である。


「あん……なんだ、お前。小娘ひとりごときがよ、俺を止められるとでも?」


「あら、ずいぶんと舐められたものね。――アンギス侯爵令嬢バレンシア・サニムル」


「……げっ? アンギス侯爵家っていうと……たしかヤバい騎士団の家じゃなかったか?」


「わたくしは令嬢であり、誉れ高き騎士でもある。暗殺を試みる対象の友人くらいは調べておくものね。……あなた、新人の殺し屋でしょう?」


まさかの事態に刺客は舌を巻く。

アンギス侯爵家は『壮麗なる慟哭騎士団』を擁する一大勢力。

そして領主の娘のバレンシアもまた、それなりに剣の心得があった。


刺客にとっては大きな誤算、ノーラにとっては嬉しい誤算。

しかし、ここまで標的を追い詰めたからには退くわけにはいかない。


「ほほほっ。そんなお荷物を背負った状態で、満足に戦えるのかなぁ? 二人なかよく地獄行き、だぁ!」


 ◇◇◇◇


「ええと……『凶鳥』の報告だとこの辺りに……ああ、あったあった!」


イニゴはペートルスの命を受け、学園に入り込んだというネズミの後始末をつけていた。

ペートルスが抱える斥候こと『凶鳥』の報告によると、生徒が学園の倉庫に監禁されているらしい。

イニゴの目的は彼らの救出だ。


体育館の裏手に古びた倉庫がある。

イニゴはその倉庫の扉を開け放った。


「おーい、誰かいやせんかー?」


返事はない。

しかし、どこかから微かに音が聞こえた。

イニゴは音源を探り、薄暗い倉庫の中を歩き回る。


「ん、ここですかい?」


階段に備えつけられた扉。

その先から床を叩くような物音が。

イニゴは間髪入れずに扉を蹴り開けた。


地面に横たわる人間が二人。

一方は生徒の制服を着ており、もう一方は教師服を着ている。

彼らは猿轡を噛まされ、両手足を縛られていた。


「おうおう、助けに来ましたよっと。死んでなくて良かったってもんです」


二人の拘束を解く。

拘束されていた生徒……本物のランドルフは立ち上がって礼をした。

彼は憔悴しつつも気丈に振る舞う。


「ありがとうございます。助かりました」


「いえいえ。礼なら俺の主、ペートルス様に」


「ルートラ公爵令息が……そうですか」


ランドルフは複雑な表情を浮かべた。

ペートルスには『人として信用できない』と罵倒されたばかりだ。

そんな彼に助けられることになるとは。


渋面するランドルフをよそに、安らかに寝息を立てる教師をイニゴが揺さぶる。


「起きねぇな……この教師さんはどちら様で?」


「一年生のクラスBの担任、ソシモ先生です。マイペースな人で……こういう状況でもぐっすり寝ておられるようですね」


イニゴは呆れた様子でソシモを担ぎ上げる。

大柄なイニゴは大人の男性も易々と担ぐことができた。


「んで、どうしてお二人は監禁されてたんですかね」


「それは……俺にもわかりません。昨夜、急に不意を突かれて気絶させられたのです。身代金目当ての襲撃……ならば先生ではなく生徒を狙うでしょうし」


「そうですなぁ。ええと……たしか凶鳥の報告によると、生徒に扮装した不審者が徘徊していると聞きましたが」


「であれば、俺に扮装しているのでしょう。そしてソシモ先生が監禁されていたのも、クラスBに何かしらの細工を……っ」


そのときランドルフの瞳が見開かれた。

自分に扮して、ソシモに扮して。

クラスBに近づきたい外部の者がいるとしたら。


それは恐らく……。


「……失礼。ソシモ先生を頼みます」


「え、ちょいと!? 行っちまった……」


イニゴの制止も聞かず、ランドルフは走り出した。

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