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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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来訪者

イアリズ伯爵家に急な来訪があった。

事前の報せのない来客に屋敷の中は大混乱、歓待の準備に追われていた。


イアリズ伯爵アスドルバル・ベント・アイラリティルもまた顔に大粒の汗を浮かばせて、使用人たちに指示を出す。

そんな伯爵に対し、娘のヘルミーネが呑気な声で語りかける。


「ねーお父様。なんか使用人たちがうるさいんだけど……なんかあったの?」


「ヘルミーネ……! 今は忙しいのだ! とりあえず部屋に籠もっていてくれ。トマサにも部屋から出ないようにと伝えておきなさい」


「お母様にも……? いったいどうして」


「いいから、早く二階に戻りなさい!」


いつになく緊迫した父の声色に、ヘルミーネは困惑しつつもうなずいた。

まともに話ができない父と向き合う必要はない。

誰が来たのかを知るのなら、二階の窓からでもこっそり盗み見ればいいのだ。


ヘルミーネは言われるがまま私室に戻った。


 ◇◇◇◇


エレオノーラが毒殺されかけた日の午後。

イアリズ伯爵家の正門に一台の馬車が止まっていた。

馬の外被に描かれた紋章は、クラウンを戴く盾。

黄金の盾の左右には鎖でつながれた竜。


馬車から降りてきたのは一人の少年だった。

彼……ペートルス・ウィガナックは屋敷の前で待つ伯爵に一礼する。


「ロード・イアリズ。急な訪問になって申し訳ない。急を要する用事で馬車を停めさせてもらいました」


「おぉ……ペートルス卿! いえいえ、むしろ卿においでいただき幸甚の至りです! ささ、中へどうぞ」


今までは離れに無許可で侵入していたペートルスだが、今回は堂々と正門から訪問する形となる。

エレオノーラと話を終えた彼はすぐに帰宅し、こうして馬車を走らせて正式に伯爵と面会の機会を設けた。

イアリズ伯爵からすれば、ペートルスが何度も自分の敷地内に出入りしていたことはまったく想定の埒外だろう。


笑顔を張り付けたイアリズ伯爵に案内され、ペートルスは応接室に通された。

目の前で使用人が注ぐ紅茶を見ながら彼は笑顔で思案する。


(この紅茶にも毒が入ってるとかないよね……?)


一応、ペートルスはそこそこの毒耐性を身につけているが。

あまり口をつけたくないので、さっそく話に入る。

ペートルスは伯爵に頼み、すべての使用人を払って二人きりの空間を作ってもらった。


「準備が大変だったでしょう。閣下の貴重な時間を頂戴するわけにもいきませんし、手短にお話ししましょうか」


「え、えぇ……それで、どのようなご用で? 妻か娘が何か問題でも起こしましたかな?」


イアリズ伯爵は真っ先に『問題』を疑った。

高慢ゆえ何かと社交界でも問題を起こしやすい妻やヘルミーネが、また何かをやらかしたのではないかと。

それとも最近、ヘルミーネとランドルフの婚約が成立した件についてだろうか。


「いえ、問題といいますか……単刀直入に申し上げましょう、ロード・イアリズ。閣下とその親族、および使用人に暗殺未遂の嫌疑がかかっています」


「なっ……!? あ、暗殺ですと!?」


思ったよりも重い話に伯爵は腰を抜かす。

イアリズ伯爵としては、誓って暗殺者など雇った覚えはない。

だとすれば人を動かせる立場の妻かヘルミーネが犯人候補になるが……。


「暗殺とは? いったい誰が被害を訴えておられるのです!?」


「閣下のご息女ですよ」


「といいますと……ヘルミーネが?」


「いえ、姉君の方です。『呪われ姫』……レディ・エレオノーラが一週間ほど前、暗殺の憂き目に遭いました」


伯爵は唖然としたように大口を開けた。

相手の反応をペートルスは見逃さない。


ペートルスは『一週間前』と述べたが、エレオノーラが暗殺されかけたのは今朝。

仮に伯爵が暗殺を嗾けたのであれば、何かしら違和感を覚える反応があるはずだった。

だが、伯爵のそれは真の驚愕に見える。

もしもこれが演技であれば、彼は相当な道化に違いない。


「エ、エレオノーラが? しかしあの子は、その……呪いのこともありますし、引き籠っておりますれば。暗殺の標的になることは少々考え難いかと……」


「実際にレディ・エレオノーラのもとへ運ばれる食事から、毒を検知いたしました。幸いにも命は取り留めましたが……到底許されることではない」


有無を言わさぬペートルスの怒気に、伯爵は青ざめた。


「な、なるほど……ペートルス卿が仰るのならば事実でしょう。し、しかし、どのようにしてエレオノーラと貴殿はお知り合いに? あの娘は呪いゆえ人目に触れられないはずですが」


「こちらを」


ひらりと舞った一枚の紙。

形状は鳥型で、ペートルスの指先に従って空中を漂う。

『紙鳩』と呼ばれる魔力で動く手紙のようなものだ。

帝国内では貴族のみが使用を許された情報伝達手段である。


「これは……紙鳩」


「ええ。僕はかねてより『呪われ姫』の呪いに少し興味を持っておりまして……何度かレディ・エレオノーラが住まう離れと紙鳩を交わさせていただいておりました。伯爵に無許可での文通は申し訳ありませんが、おかげで彼女が暗殺されかけたことを知ることができた」


本当は文通などせずに直接会いに来ていたのだが、それを言うと角が立つ。

ここはエレオノーラと話し合い、文通していたという体にしてもらった。

本当は娘と内密に文通していたというだけでも親の不興は買いかねないが、エレオノーラの場合は『普通の伯爵令嬢』ではない。

ゆえにイアリズ伯爵にもそこまでの怒りは見られず、むしろ困惑しているようだった。


「そ、そうですか……まさかペートルス卿とエレオノーラが……たしかに手紙を交わせば呪いを受けることもありませんからな。私も定期的にあの子に手紙を出しております」


「はい、そういうわけでして。閣下を信じて伺いますが……貴殿はレディ・エレオノーラの暗殺を企てたわけではありませんね?」


「は、はい……! この魂に、皇帝陛下に、神に誓って! いくら世界から疎まれた娘といえど、自らの子を手にかけようなどとは! それに……あの子は前妻の忘れ形見です。つい前妻の面影を見てしまい、とても殺すなど……」


ペートルスが聞く限り、伯爵の言は信用に値する。

これまで数多の社交場を潜り抜け、人の真偽を見抜いてきた彼だからこそわかる。


「……では、候補はイアリズ伯爵家の他の者に絞られますね」


「そうですな……料理に毒が混入していたとなると、使用人が謀った可能性も否定できますまい。いったいどうすれば……」


「そこで提案なのですがね、閣下」


ペートルスは真紅の瞳で伯爵の顔を覗き込む。

そして少し口元を上げて提案した。


「レディ・エレオノーラを当家で預からせてもらえませんか?」

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