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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第5章 留学生
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本選び

「……ふむ」


私室で領地経営の書類をまとめていたペートルス。

彼はおもむろに立ち上がり、壁に立てかけられているレイピアを腰に下げた。

部屋の外に出ると、見張りをしていた従者のイニゴが目を丸くしてペートルスを見る。


「ありゃ? ペートルス様、お出かけですかい?」


「どうやら学園にネズミが入り込んだらしい。『凶鳥』から報せがあった」


主人の言葉を聞いた瞬間、イニゴの表情が強張る。

相当な急事なのだが、ペートルスの表情はいつもと変わらない。


「お供しますか?」


「いや。君は被害者の救出を。ネズミの目的は不明だが、すでに一部の生徒に被害が出ているようだ。『凶鳥』と連絡を取りながら動いてくれ」


「……承知しました。ペートルス様は?」


「僕は……うん、この状況を楽しむよ」


相変わらず自由気ままな主だ。

しかしイニゴはペートルスに何よりも信を置いている。

ゆえに主の判断を疑うことなく、命令の実行に移った。


 ◇◇◇◇


「しかし、驚いたわ。ノーラがあんなに文学に詳しいだなんて」


「あ、あはは……文学というか、一部の作家のオタクなだけというか。あんなに語っちゃって恥ずかしいよ……」


ノーラとバレンシアは図書館に訪れていた。

文学の講義の夏休みの課題は二つ。

教師が提示した課題図書と、自由に選ぶ課題図書。

自由課題は読んだ上で読書感想文を書け……というものだった。


バレンシアはどの本を読めばいいかわからないので、ノーラに教えてほしいと頼んできた。

ノーラもいかんせん感性が古臭いので、おすすめできる自信はあまりないが。


「それにしても、ニルフック学園の図書館ってすごく大きいわね。わたくしは今までに足を運んだことがなかったけれど……迷いそうだわ」


「わたしは頻繁に来てるよ。一人で来ても安心できる場所だし……」


図書館はぼっちの味方だ。

最近は友人も増えてきたが、入学したてのころは毎日のように入り浸っていた。


「そういえばノーラは知ってる? この図書館、学園長しか入れない秘密の地下室があるとか」


「あ、なんか聞いたことある。学園の不思議のひとつだよね」


「まあ建物の設計上、地下室なんてあるわけがないのよね。くだらない噂だわ」


ニルフック学園には変な噂がある。

学園長が秘密の地下室を持っているとか、剣術サロンは怪しいカルトだとか、平民寮に金貨をばらまく謎のスカーフ男がいるとか。

学園にそういった不思議な噂はつきものだろう。


「それじゃ、ノーラのおすすめの本を教えてちょうだい」


「うん。他の講義の課題もあるから……あんまり負担にならないような本がいいよね。長すぎず、重すぎず、感想を書きやすそうな作品かぁ……」


自分の記憶の引き出しを探り、バレンシアに勧めるべき本を考える。

バレンシアの趣味から考察しよう。


「バレンシアの趣味は服飾とガーデニング、あとは運動とか? そこら辺に関連がありそうな本にしようか」


「ええ。でも、わたくしの趣味と関係のないジャンルでもいいのよ。新たな知見を得ることも大切だから」


「模範的な優等生の回答だ……」


書棚の前を歩き回る。

古今東西、あらゆる文化の蔵書を誇る大図書館。

世界最大国家のグラン帝国だからこそ成し得る質の高さだ。

広大な図書館をめぐり、やがて二人はとある書棚の前で立ち止まった。


ノーラは三冊の本を選び取り、バレンシアの前に提示する。


「候補としてはこの三つかな。

『人形遣いの幕引き』

『魔炎の魔女と蟲毒の魔人』

『銀魔王の憂鬱』」


「ふむふむ……あら、一作目は聞き覚えがあるわ。読んだことはないけれど、有名なのよね」


「うん。『人形遣いの幕引き』は戯曲のテーマにもなってる、恋愛ファンタジーだよ。『魔炎の魔女と蟲毒の魔人』は千年前のグラン帝国を題材にした……めっちゃ暗くてグロい物語。で、『銀魔王の憂鬱』は……最近だと『王国から追放された新米神官ですが、最強の銀魔王様に溺愛されて困ってます』っていう名前でリメイクされてる。内容そんなに変わらないし、それを読んで読書感想文を書いてもいいかもね」


「い、いえ……さすがに本家を読みたいわね。どれにしようかしら」


比較的読みやすく、文字数の少ない本を選んだ。

バレンシアのお眼鏡にかなう作品があるといいのだが……。


「よし、全部読むわ」


「ええっ、全部!? さ、さすがに大変じゃね?」


「それぞれのテーマを見ていると、意外と面白そうだもの。別に活字が嫌いなわけじゃないし、本を読む時間くらいはあるわ。教養も深まるしいいじゃない」


「まあ、バレンシアがいいって言うなら……」


いずれも名作なので読んで損はないだろう。

バレンシアが興味を持ってくれたのは嬉しい。

これで彼女との話題がまたひとつ増えた。


ノーラがニマニマしていると、不意に書棚の陰から男が現れた。

彼……ランドルフ・テュルワは真剣に書棚を睨みながら歩いているようだ。

おそらく課題読書を見繕っているのだろう。


(げっ……逃げよ)


ノーラは早々に退散しようとした。

……が、二人の関係性を知らないバレンシアは気さくに声をかけてしまう。


「あら、留学生のネドログ伯爵令息ではありませんか。あなたも課題読書を探しに?」


「おや……同じ学級の方でしたね。たしかバレンシア嬢といいましたか。課題読書を探しているのですが……いかんせんどの本を選べば良いかわからず、難儀していたところです。あまり読書をした経験がありませんので」


ランドルフはお恥ずかしい限りです、と言いながら笑った。

ノーラは彼の言動に一抹の違和を感じる。


「でしたら、ノーラの知見を頼ってはいかがでしょう? さっきの授業でも聞いたように、彼女は文学に詳しいのですわ。かくいうわたくしも、ノーラに本を選んでもらいましたの」


「ほう……ならば、俺にも選んでいただこうかな。ピルット嬢、よろしいか?」


まるで面識がないように。

いや、過去をなかったことにして接するようにお願いしたのはノーラなのだが。

ちゃんと言いつけは守ってくれているらしい。


「は、はい。ええと、ラン……こほん。ネドログ伯爵令息は、どういったジャンルがお好みで?」


こうなってしまっては仕方ない。

バレンシアに余計な関係を気取られぬためにも、ここは穏当にいこう。

適当に本を見繕って切り抜けるのだ。

……というかランドルフは結構な読書家だったので、ノーラが選ぶ必要もなさそうだが。


「俺は……騎士の家系なので、騎士道物語とか英雄譚とか。勧善懲悪といったジャンルが好みでしょうか」


「は、はぁ……そうですか。じゃあ……そうだな。この『クレースの英雄譚』とか『青霧騎士』、『永らえる黒鳶と神の定める悪について』とか。ここらへんから選んだらいいんじゃないすかね」


「さすがノーラ。一瞬でおすすめの本を選べるのね。司書の才能あるんじゃない?」


「……」


ランドルフは提示された三冊をざっと眺めた。

そしてノーラは彼の様子をつぶさに観察している。


「英雄譚は好きだから『クレースの英雄譚』にするか……いや、この『青霧騎士』とかいうのも気になるな。しかし最後の本のタイトルが非常に気になる。よし、この『永らえる黒鳶と神の定める悪について』という本を読んでみよう」


「……そうですか。おもしろいですよ」


「ありがとうございます、ピルット嬢。おかげで有意義な夏休みが過ごせそうです」


「いえいえ、お役に立てたなら何よりです。それでは、わたしたちはこれで。行こう、バレンシア」


「えぇ……そんなに急がなくてもいいじゃない。ではネドログ伯爵令息、ごきげんよう」


バレンシアが優雅にカーテシーする。

ノーラは彼女の手を引いて、ランドルフから早めに離れようとしていた。

この男とはあまり一緒にいたくない。


しかしノーラの忌避を知ってか知らずか。

ランドルフは二人に尋ねた。


「そうだ、お二人に礼をさせてください。最近、外国産の貴重な茶葉を手に入れたのです。親睦を深めるという意味でも、よければお茶でもしませんか?」


くいくいくい。

ノーラは必死にバレンシアの袖を引いた。

やめておけ、やめてくれと。


何を考えているのだ、この男は。

やっぱりおかしい。

関わるなと言っているのに。


バレンシアも友人の異変を感じ取ったのだろう。

ノーラは不慣れな他人に対して萎縮するきらいがあるが、ここまで露骨に忌避しているのは初めてだ。


「いえ……お誘いは嬉しいのですが。わたくしたち、この後予定がありまして。また後日ということでも?」


「おや、そうでしたか。構いませんよ。また今度、お礼をさせてください」


ランドルフは優雅に笑みを浮かべ、二人の背を見送った。

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