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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第5章 留学生
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オタク特有の

ランドルフとの対話から数日が経過した。

今のところ問題なく過ごせている。

向こうから話しかけてくることも、こちらから話しかけることもなく。

授業で会話をしなければいけない場合などに限り、ノーラがランドルフと話すことはない。


暗殺も警戒している。

今のところ、ランドルフが攻撃してくる気配はない。

やはり彼が暗殺を仕掛けた犯人ではないのだろうか。


「ノーラ、おはよう」


「おはよ。あ、バレンシアの髪型いつもと違うね」


「あら、気がついた? 今日は気分転換にサイドテールにしてみたのよ。指摘してくれたの、ノーラが初めてだわ。今朝から何人も顔を合わせてるのに……」


輝かしい金髪を流し、バレンシアは緑色のリボンで髪をまとめていた。

寝ぐせがはねたノーラとは女子力とやらが違う。

バレンシアはノーラの後ろに立って、はねた髪をなでつける。


「寝坊したのね」


「わ、わかるんだ? ちょっと夜更かししちゃって……」


「期末試験も終わったし、少しくらい夜更かししてもいいけど。授業には遅れないようにね?」


「うん。もうすぐ夏休み……か」


ノーラがルートラ公爵家に越したのも、ちょうど昨年の夏休みの時期だった。

ペートルスが夏の休暇を利用してたまに会いに来てくれていたのだ。


「その前に、秋から始まる授業のオリエンテーションがあるわね。夏休み中も課題が出されるの……面倒だわ」


課題と言っても大した量ではないだろう。

期末試験もなんとか落第は避けたし、学園での生活も板についてきた。

ここまで思わぬアクシデント等もあったが、無事に半年間を過ごせて何よりだ。


「秋から始まる授業ってなんだっけ?」


「修辞学、音楽、文学。今日は文学の授業のオリエンテーションよ。担当の先生が高齢の方だから、けっこう楽な授業らしいわ」


「へぇ、文学……! わたし、読書好きなんだ」


「よく本を読んでいるものね。わたくしは修辞学が楽しみだわ。社交には主張を伝える力が必要だから」


和気あいあいと話すノーラとバレンシア。

そんな彼女たちの会話に、一人の男が耳をそばだてていた。


 ◇◇◇◇


「えっとね、キミたちね。文学って聞くとね、最近の若者は嫌がるけどね。そんな難しくね、考えるもんじゃないんだよお」


夏休み明けに始まる『文学』の講義、そのオリエンテーションにて。

担当の老齢の教師はふにゃふにゃと語った。

よく耳を傾けないと、何を言っているのかわからない。

興味がなさそうに瞳を閉じている学生も散見された。


「まぁね、今も昔もね、そんなに人間の興味は変わらないのよ。恋愛とか、冒険とか、そんなのばっかり。ほら……有名な古典文学もね、現代語に直せばね、ただの流行の娯楽小説と中身は変わらないからね」


うんうんとノーラはうなずく。

ノーラのように真面目に受ける生徒がいる一方、後ろの方の席からはいびきが聞こえ始めた。

教師はいびきが聞こえていないのか、それとも生徒の居眠りには慣れているのか、特に注意する様子もなく話し続ける。


「そういうわけでね、夏休みにね、わしがオススメする本に触れてほしいのよね。秋から始める講義では、この本を読んでいる前提で講義を進めるからね、よろしくね」


教師がおぼつかない手つきで一冊の本を取り出す。

本の表紙の中央には剣を携えた騎士、その周りには暗雲から降り注ぐ雷が描かれていた。

見覚えのある表紙だ。


「これこれ……ええと、キミ。なんの本かわかる、これ?」


教師は一番前の席、ノーラの隣に座るバレンシアを指さした。

彼女は素直に首を横に振る。


「いえ、存じ上げません」


「そっかぁ。じゃ、キミは?」


続いてノーラが指される。

彼女はよどみなく答えた。


「『剣と遠雷』……リア・アリフォメンが書いた戦記物です。時は礎義リーブ期、今から2256年前に執筆された名著。舞台は実際に存在した国、トレッシャ大公国とリアス帝国の戦争を描いたもので、設定の緻密さと斬新さから後の世で高い評価を受けています」


「おぉ……物知りだね」


「実際に戦争が起こることはありませんでしたが、まるで本当に戦端が開かれたかのようなリアリティがあり、大変話題になったそうです。ただし登場人物は実際の人物をモデルにしたと言われており、大公令息をはじめとし、当時の貴族社会の考証をする参考文献にもなっています。筆者は貴族学園の教師を務めたことがあり、その経験が執筆の役に立ったと記録されています」


「……うんうん」


「また歴史上初めてタイムリープという概念が採用された文学でもあり、その後は模倣作品が絶えなかったとか。本作を契機に洗脳魔術をはじめとする様々な魔術の危険性が周知され、法整備が行われたという後世への影響もあります。戦術的な観点では、本作を契機に竜騎士という概念が他国にも持ち込まれ、戦争に採用される運びとなりました」


「……」


「先生がお持ちのものは三十年前に出版された装丁のものですね。今は文体がよりライトに翻訳された若者向けの版もあります。しかし最近出版されたものは恋愛の方面に寄りすぎている側面もあって、個人的にわたしは好きじゃなくてですね、やはりベストの版は、」


「ノ、ノーラ? 先生が困っているけど……」


「」


バレンシアの声に遮られ、ノーラは正気を取り戻した。

ハッとなって周囲を見渡す。

生徒たちが奇異の目で自分を見ていた。


「あぅ……し、失礼、しました……」


オタク特有の熱弁。

あまりに好きすぎて語りすぎる現象。


どうして自分はこう……熱くなると周りが見えなくなるのか。

ヴェルナーの義弟であるエリヒオと喧嘩したときも、フリッツの元婚約者であるダナを前にしたときも。

こんな感じで自分の世界に入ってしまった。


恥ずかしくて顔が上げられない。

耳に熱いものを覚え、ノーラはうつむいた。


「――すばらしい! キミ、すごく博識なんだね。わしもね、長いこと文学の教員をしているがね、こんなに詳しい生徒は初めてだよ。夏休み明けにする講義の内容をね、ほとんど言われちゃった」


トントン、と教師は興奮気味に机を叩いて喜んでいる。

ノーラは恥じているが、教師からしてみれば熱心な生徒がいてくれるのは何よりも嬉しいことだ。


「そういうわけでね、この『剣と遠雷』をね、夏休みの課題読書にするよ。購買の方で売ってるからね、版を間違えないようにね」

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