呪いの消し方
「平素より大変お世話になっております。先刻、貴殿がわたしの脈拍を測ってくれていたにもかかわらず、変態と罵ってしまいました。こちらの認識不足で、貴殿の尊厳を傷つけてしまったことを深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ありません。此度の責任を取り、わたくしエレオノーラ・アイラリティルが腹を切ってお詫びしますので、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます」
床に額をぐりぐりと擦りつけてエレオノーラは平身低頭する。
自己肯定感がまるでない彼女にとって、謝罪の言葉を述べることは呼吸より容易い。
罵言混じりの言葉づかいからは考えられないほど流麗かつ物騒な謝罪に、ペートルスは目を丸くしていた。
「いや……レディ・エレオノーラ。君のせいじゃなくて、少しタイミングが悪かったんだ。目が覚めたら服を脱がされかけていたんだから、勘違いするのも仕方ないだろう。どうか顔を上げて……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「うーん……まあいいや。レディ・エレオノーラ、腹を切らなくていいから代わりに頼みをひとつ聞いてくれる?」
「は、はい!」
エレオノーラはパッと瞳を輝かせて顔を上げた。
彼女は非礼に対する謝罪を、何かしらの行動を起こすことで果たしたいのだ。
ならばペートルスは、普通は謝罪には使われない代償を要求すればいい。
「今から君に三つ質問をする。その質問に答えてくれ」
ペートルスは人差し指を立てて尋ねる。
「一つめ。君の食べた朝食に毒が含まれていると思われる。君の食事に毒を盛りそうな人物に心当たりは?」
「あ」
それはもう心当たりしかない。
以前、ヘルミーネとランドルフが自分の料理に毒でも持ってやろうと話していた。
めちゃくちゃ心当たりがあったのだが、エレオノーラは逡巡する。
正直に答えていいかもしれないが、妹と元婚約者の手で毒殺されかけたなどダサすぎないだろうか?
「あの」
「うん」
「心当たりが多すぎて、わかりません……」
さんざん迷った挙句、エレオノーラは答えを濁した。
ひとつめの質問から不誠実な答えになってしまったが……この返答もまた事実なのだ。
エレオノーラを邪険にしているのはあの二人だけではない。
義母や使用人たちもまた、毒を盛った可能性がそこそこ高い。
「……そうか。では、二つ目。君は自分の呪いの性質をどれくらい把握している?」
「わたしの、呪い……どれくらい、と言われても。見た人がみんな怖がる。逃げていく。わたしを化け物扱いする……死にたい……」
「死なないで。レディ・エレオノーラ、ちょっと目を閉じてもらえる?」
「あっごめんなさい殴らないで。いや優しく殴って」
「殴らないよ? ほら、閉じてみて」
言われるがままエレオノーラは瞳を閉じる。
……と同時に、痛みに耐える覚悟を決めた。
しかし、一向に痛みは走らなかった。
「うん、もういいよ」
恐るおそる目を開けると、そこには何も変わらぬペートルスの姿が。
「君が瞳を閉じている間は、おそらく呪いが消えている。君の看病をしているときに気づいたんだけど、瞳を見ていないと僕の高揚が収まっているんだ。これは知ってた?」
「い、いえ。呪いを発症してから、他のヤツと接する機会もほとんどなかったので……気づきませんでした」
「そうか。じゃあ、左目だけ閉じてもらってもいい?」
ペートルスの意図がわからぬまま、またもやエレオノーラは命令に従う。
左目を閉じて小首をかしげた。
「どうですか?」
「左目を閉じても僕の高揚は消えないね。次に右目を閉じて、左目を開けてもらえる?」
「はい。これは?」
「――消えた。よし、君の呪いがどうすれば抑えられるかわかったよ。右目を他人に見せなければいいだけだ」
「えっ……? そ、そんな馬鹿な。わたしが八年間苦しんできた呪いが、そんな馬鹿げた解決方法で……?」
すさまじいショックだった。
右目を見せなければいいだけ……など、どうして今まで気づけなかったのだろう。
そういえば今まで何度か人に会うときは、会う人はみな目を逸らしていた。
他人と接触する機会がもう少し多ければ、気づけていたかもしれないのに。
「それにしても……綺麗な瞳だね。もっとしっかり見せてくれる?」
「うえぇっ!?」
ペートルスがずいと顔を近づけて右目を覗き込んだので、反射的にエレオノーラは飛び退いてしまった。
足元が不安定になってよろけた彼女をペートルスが抱える。
「どうやら、まだ僕は警戒されているらしい。今の動作は虫に驚いて飛び退く猫みたいだったよ」
「す、すみません……嫌なわけじゃなくて。人が近くにいるのが、怖いというか……」
「うん、わかってるよ。いつか君の瞳をもっと近くで見たいものだね」
やっぱりペートルスはおかしい。
普通の人が発狂する呪いを、どうしてこんなに許容できるのだろうか。
「最後に三つ目の質問だ」
ペートルスは姿勢を正し、少し真剣な顔つきになった。
そしてエレオノーラに向かって手を伸ばす。
「僕の家に来るつもりはないかな?」