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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第4章 儚き天才の矜持
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フリッツ・フォン・ウォキック

「私はセヌール伯爵家を救う。それが嫡子の務めだ」


兄上の口癖だった。

私の兄、オレガリオ・フォン・ウォキックは俗に言う天才である。

勉学、武術、芸術。

何をやらせても一流で、一切の瑕疵がなく。


すべてにおいて完璧な兄上は『セヌール伯爵家の希望』と呼ばれた。

次第にセヌール伯爵家が没落していく中で、彼は何よりも輝いていた。


対して弟の私はどうか。

出来が悪く、何をやらせても挫折して、一片たりとも兄上に勝るところなし。

周囲からの嘲笑は絶えなかった。


『またフリッツ様が失敗されたとか』

『……兄の方は優秀だというのに』

『まあいいだろう。どうせ家はオレガリオ様が継ぐのだから』


当たり前だ。

どれだけ努力を重ねても、天賦の才には届かない。

私もまた、兄上に敵わない人生を当然のように受け入れていた。


輝かしき星の下に生まれた者、光なき暗夜の下に生まれた者。

人とは得てして隔てられるべきなのだ。

大丈夫、貴族に生まれた時点で私は誇らしい。

才能まで求めるのは傲慢だ。


「……フリッツ。お前は優しい子だ。きっと私よりも立派な人間になれる」


――それなのに。

兄上は私にあたたかい言葉を投げかけてくる。

まるで自分の才能を疎んでいるかのように、私の前でだけ悲哀を瞳に浮かべて。


幼い私には皮肉にしか聞こえなかったのだ。

愚かな私を哀れみ、情けをかけてくれているのだと。

跡目を継ぐに際して相手にすらならない私を、懐柔するためだと。


「いいえ、兄上。私は兄上を越えられませんよ。微力ながら支えさせていただきます。せめて足を引っ張らないように」


私が若干の憎悪をこめてそう言うと、兄上は虚しく笑った。




私が十二になったころ。

兄上がとある発明をした。

『光』の魔石の発明。


これまでも光源となる魔石の技術はあった。

だが兄上が発明したソレは桁違いに明るく、そして消費魔力も少ない。

これがあれば帝国の技術は飛躍的に進歩する。

他の魔石にも回路の転用ができるはずだ。


セヌール伯爵家は沸いた。

伯爵家が興ってから今日に至るまで、これほどまでの偉業は成し得なかった。

稀代の大天才、オレガリオ・フォン・ウォキックの登場である。

セヌール伯爵家の名声は瞬く間に広がり、やがて皇帝陛下の耳にも届いたという。


「やはり兄上は天才です。これほど魔力効率のよい魔石を発明するとは……もう人類が夜に怯える必要はありませんね」


手元で兄上が発明した魔石を転がす。

この石がどれほど偉大な代物なのか、魔石の技術に疎い私でさえ理解できた。


美しい。

淡い燐光が瞬き、夜闇の中で光る蛍を想起させた。


「はは……偶然の発見だよ。本当はさ……光源の開発をしていたわけじゃないんだ。別の物を作ってる間に生まれた副産物というか」


「す、すごいです……本当は何を作ろうとしていたんですか?」


きっと大層なものを作ろうとしていたのだろう。

勝手に期待していた私に返ってきたのは、拍子抜けする言葉だった。


「おもちゃだよ。ほら、これ……光る物質を糸に巻き付けて、ぐるぐると回すおもちゃを作ろうとしていたんだ。外国のおもちゃを参考にしてね。その過程で光の仕組みを分析したら、実用的な光の魔石ができてしまったんだ」


兄上は魔石を糸で巻き、空中で何度も回転させた。

光が弧を描く。輝きの軌跡が空間を斬り裂く。

たしかに綺麗だし、美しいけれど。

兄上には似合わない気がした。


「お、おもちゃ……? 兄上、そんな趣味ありましたか?」


「いいや。ダナの弟さんにあげるつもりだったんだ」


「ああ、ダナさんの……なるほど」


兄上の婚約者のダナ嬢。

たしか彼女には幼い弟がいたか。


兄上とダナ嬢は昵懇の仲で、向こうの家との交流も深い。

相手の親族にまで気を遣ってあげるとは……やはり兄上はお優しい。

しかもついでに大発明をしてしまうのだから。


「このおもちゃが完成したら、フリッツにもあげるよ」


「あ、兄上……! もう私はおもちゃで遊ぶ年ではありませんよ!」


「ははっ。そういえば、もう十二か。お前も立派になってきたな」


立派になったと。

兄上はそうおっしゃったが、私にはまるで解せなかった。

この私のどこが立派なのか、兄上と比しても長所が見当たらない。


どこが立派なのかと、聞いてみたくもなった。

しかし返答を聞くのがどうにも怖くて……私は口を曲げた。

私の煩悶を知ってか知らずか、兄上はおもむろに立ち上がる。


「この後、陛下の御前で魔石を披露することになっている。行ってくるよ」


「はい、お気をつけて!」


私は笑顔で兄上を送り出した。

セヌール伯爵家に希望の光が灯っている。

この灯はいつまでも絶えることはないと……そう信じていた。



だが、それきり私が兄上と言葉を交わすことはなかった。


兄上が発明した魔石は今や帝国中に広がっている。

夜闇の中、少し目を凝らせば見えてくる。

あの温かく美しく、それでいて忌まわしき光が。



兄上はもうこの世にいない。

光の恩恵を享受する貴族供に殺された。

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