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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第4章 儚き天才の矜持
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シャルウィダンス

楽団が音色を奏でだす。

うっかり歌いたくなったノーラだが、ここはぐっとこらえて。

舞踏場の壁際で大人しく佇んでいた。


最初にデニス皇子が中央に出て、続いてペートルスとノエリア。

他にも高位貴族たちが踊り始めた。

彼らが躍る様子はまさに名画のようで、ノーラの瞳に強く焼きつく。


「綺麗……」


自分の拙いダンスとはまるで違う。

社交界という戦場で生き抜いてきた歴戦の猛者たちだ。


「ノーラ」


舞踏に見とれていると不意に声がかかった。

ノーラがハッと顔を上げると、そこには礼服に身を包んだヴェルナーの姿が。

いつも制服か剣士服を着ているので、彼の姿は普段より輝いて見えた。


「……! ヴェルナー様。あ、あの……」


今日、踊る約束をしている相手だ。

しかしどう話せばいいのかわからず、ノーラは言葉に詰まる。

まずはあいさつをしよう……と思った矢先、目の前にシルクの手袋を被せた手が差し伸べられる。


Shall(私と) We(踊り) Dance(ませんか)?」


「……へ?」


「え、えぇっと……Mypleasure(よろこんで)!」


「フッ……上出来だ。いくぞ」


急にていねいな言葉をかけられて驚いたが、咄嗟に出た返事は正解だったらしい。

ヴェルナーの手を取ってノーラは舞台へ飛び出す。

大丈夫、緊張することはない。

いつも通りに、練習通りに。


まずはワルツのステップから。

ゆっくりと始まり、大きく体を揺らして。

社交ダンスのつらいところは、相手の目を見ないといけないところ。


ノーラは努めてヴェルナーの顔を見上げた。

彼の切れ長の灰色の瞳と、ノーラの深い青の瞳が交差する。

動悸がしてうっかりヴェルナーの足を踏みそうになったが、慌てて踏みとどまる。


「落ち着け。他のペアにぶつかるぞ」


「は、はいっ……」


気を引き締めてナチュラルターンを踏もうとした、その瞬間。

不意に視線の先、ヴェルナーの顔が見えなくなった。


ヴェルナーの顔だけではない。

周囲がすっかり暗くなって……ホールの灯りがすべて消えてしまったようだ。


「な、なにこれ……」


「事故か?」


周囲からザワザワとどよめきが上がる。

踊っていた人々も止まり、ときたま誰かの転ぶ音が聞こえてきた。


「――皆さま、落ち着いてください」


すぐに聞こえてきたのはペートルスの声だった。

彼はホール全体に聞こえる凛とした声で、人々の注意を惹いた。


「ノエリア、炎の魔法を」


「承知しましたわ。お兄様」


ホールの中央に光が現れる。

ノエリアが指先に炎を灯し、それを周囲にめぐらせたのだ。

急な事故でも冷静さを失わないあたり、あの兄妹の適応力がうかがえる。


ペートルスは壁際に寄り、嵌め込まれた小さな石を眺めた。

光源となっている魔石だ。


「ふむ……どうやら光の魔石が動きを停止しているらしい。会場の魔石が一斉に機能を停止したから、魔石に魔力を送り込んでいる動力機関に問題があったのだろう」


「なるほど……さすがの洞察力だな、ペートルス・ウィガナック」


薄暗い空間から、一人の男が姿を現した。

暗闇の中でもはっきりとわかるほど白い顔に、一際高い背丈。

ノエリアの炎によって照らしだされる彼はまるで幽霊のよう。


「学園長。早急に復旧に当たるべきかと」


ニルフック学園の学園長、アラリル侯爵アルセニオである。

学園長はペートルスの提言にしかとうなずいた。


「うむ。この舞踏会は帝国にとって重要な意味を持つ行事……台無しにするわけにはいくまい。さて、問題は復旧にどれだけの時間がかかるかだが……」


「まずは動力機関を見に行きましょう。この会場の裏手でしたよね?」


なんだか大変なことになっている気がするが、復旧を待てばいいだけだ。

ノーラはむしろダンスを踊らなくても良くなったことにより、安堵している節があった。

彼女は暗がりの中、ヴェルナーに話しかける。


「な、なんかびっくりしましたね……何があったんでしょう」


「…………」


「……ヴェルナー様?」


返事がないのを不審に思い、ノーラは隣を見上げる。

たしかにそこにヴェルナーの顔はあったが……どこか、おかしい。

体が小刻みに震えているような……?


「ヴェルナー様、大丈夫ですか?」


「……っ。あ、あぁ……すまん。光の魔石の動力機関が故障したようだな。まったく間が悪いことだ」


彼は気を取り直して返事する。

改めて見てみると、ヴェルナーにおかしな点は何もない。

震えもノーラの見間違いだったのかもしれない。


ホールの中央ではまだペートルスと学園長が話し込んでいる。


「魔石の復旧となると……専門的な技術が必要ですね」


「学園にも回路に詳しい魔術師は少ない。生徒たちに協力してくれそうな者がいないものか……」


「ふむ……でしたら」


ペートルスはぐるりと周囲を見渡し、炎の灯りを頼りに目的の人物を探し出す。

暗闇の中に鈍く光る銀色を見とがめ、ペートルスは視線を止めた。


「いた。フリッツ、話は聞いていたかな? その……僕が言うのも気が引けるが、君は魔石や魔術回路に造詣が深い。修復に協力してもらえないだろうか?」


一斉に衆目がフリッツに集まる。

彼は急な指名と注目とに驚き、隣に立つ婚約者のダナに視線をちらと移し、そして瞳を伏した。


こういうとき……彼ならば自信満々に引き受けるはずだ。

ノーラはそう思っていたのだが。


「……申し訳ありません。私には、荷が重いかと」


飛び出たのは拒絶の言葉だった。

蚊の鳴くような声で、フリッツはペートルスの頼みを断った。

そして断られたペートルスもまた納得したようにうなずいている。


「……そうか。君のせいじゃない、どうか自分を責めないでくれ。他の魔術師でも修復はできるかもしれない」


「っ……ペートルス卿。私はなんて……情けないんだ」


フリッツは駆け出した。

勢いのまま会場の外へ飛び出していった。


いったい何があったのかノーラにはまるで理解できない。

ダナはフリッツの後を追わず、その場に澄ました顔でとどまっていた。


ざわつく会場に学園長の大きな声が響き渡る。

入学式や季節の行事で聞き慣れた声色だ。


「皆さま、当学園の者が光源の復旧に当たります。可及的速やかに解決いたしますので、しばしお待ちを」


 ◇◇◇◇


舞踏会は一時中断され、華やかな空気は静寂に包まれた。

中には不満を吐き捨てて帰ってしまう貴賓もいて、雰囲気は徐々に悪くなっていく。


ノーラは居ても立っても居られず、そわそわと会場周辺を歩き回っていた。

別にダンスの続きをしたいとか、そういうわけではないのだが。

どうにも先刻のペートルスとフリッツの会話が気がかりだった。


普段なら自信に満ちた様子のフリッツが委縮していた。

それだけなら本人の不調で済む話だが、彼らの間には見えない何かがある気がしたのだ。

会場から飛び出したフリッツがどこかにいないかと、ノーラは闇が落ちた庭園を歩いていた。


「あ、ノーラちゃん。ようよう」


「エルン……」


見つけたのはフリッツではなくエルメンヒルデ。

彼女もまた誰かを探していたのか、きょろきょろと周囲を見渡しながら歩いていた。


「フリッツ先輩を探しててさー。ノーラちゃんは見なかった?」


「あ、わたしもフリッツ様を探してたんだ。急に会場から飛び出して心配だったから……」


「そうそう。具合でも悪いのかと思ってさ。体の調子が悪いなら、エルンの巫女の力で治してあげられるかもだからねぇ」


エルメンヒルデも彼女なりにフリッツを心配していたらしい。

普段の彼を知る者からすれば、あの態度は明らかにおかしかった。


「やっぱり心配だよね? 一緒に探そうか」


「うん。ま、エルンたちが心配しすぎなだけかもしれないけど……どうせ明かりが復旧するまで暇だし」


二人が協力してフリッツを探そうと、足を動かしたその瞬間。

声が響いた。


「――やめとけよ。何も知らねえ余所者が首を突っ込むんじゃねぇ」


ゆったりと暗闇から現れた偉丈夫。

マインラートは剣呑な瞳で二人を睨んだ。

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