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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第4章 儚き天才の矜持
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その布の意味は

「はい! 右! 左!」


「おおっ、おお……!」


「ここでターンだよ!」


「おおっ!?」


ノーラの視界がくるくると回る。

目先には優雅に舞うエルメンヒルデ。

舞踏会まで一週間を切り、ノーラの舞踏にはより磨きがかかっていた。


定期的にヴェルナーやエルメンヒルデに練習の相手になってもらうことで、ようやく人並みの動きができるようになってきた。

カドリールを終えて手を解いたノーラは、満足げにうなずいた。


「よっしゃ……今のはミスせずにできた気がする! エルンのおかげだよ!」


「いい感じじゃない、ノーラちゃん? というか、よく片目だけでそんなに踊れるよね。平衡感覚とか崩れそうだけど」


「まぁ慣れってやつかな。わたしにとっては片目だけの世界が普通なんだ」


「すごー。私もノーラちゃんの真似してさ、片目だけで一日過ごそうとしたことがあるんだよ。でも気持ち悪すぎて一時間でギブアップ。片目でダンスなんて絶対無理だねぇ」


もう眼帯をつけたままの生活には慣れた。

最初は奇異の目で見てくる生徒たちの視線が痛かったが、今はもう気にならない。


しかし、そんなノーラは絶妙に浮いている。

クラス内での交流はそこそこ増えたものの、さすがに舞踏会で平民出身と言われるノーラの相手をしてくれるほどの令息は見当たらない。


「しかしね……ノーラちゃん、見違えたよ」


「へ?」


「ほら、すごく綺麗になってる。お化粧のおかげかな?」


エルメンヒルデはまじまじとノーラの顔を見つめた。

最近はレオカディアから化粧の指南もしてもらっている。


「ど、どうだろう。ちゃんとできてるのかな……?」


「ばっちり! やっぱり素材がいいんだよね。もうちょっと見た目とか気にしてみたら? 令息たちにモテモテになるかもよ」


「いやー……そういうの柄じゃないっていうか。まあ、公の場に出るときは善処するけど」


長らく引き籠りだったのだ。

見た目に気を遣えと言われても、なかなか難しい。

まずは簡単なところから慣れていくしかない。


「もうダンスはほぼ完成かな。で、ノーラちゃんのお相手は見つかった?」


「うーん。いや……いないんだよなぁ」


「そっかぁ……よし、ちょっと待ってて」


エルメンヒルデは何かを思いついたように顔を上げ、教室を飛び出していく。

ひとり取り残されたノーラはゆっくりと椅子に腰を沈める。

最近はダンス続きで疲れが溜まっていた。


エルメンヒルデが待っていろと言ったので素直にここで待つ。

心を無にして虚空を見つめていると、不意に教室の扉が開いた。


「……ここにいたか」


「あ、ヴェルナー様。おつかれさまです。今日はエルンに練習に付き合ってもらったので、練習しなくても大丈夫ですよ」


「そうか。これを渡しにきた」


ヴェルナーが懐から取り出したのはベージュ色のハンカチ。

隅にはテュディス公爵家の印章が刺繍されていた。

手触りの良い布を指先で確かめ、ノーラは小首を傾げる。


「なんすか」


「……持っておけ」


「え、ちょ」


持っておけ。

それだけ吐き捨ててヴェルナーは去って行ってしまった。

追いかけようにもエルメンヒルデに待機を命じられているので。


呆然と立ち尽くす。

ノーラはただ手元に残されたハンカチを弄ぶしかなかった。




「おっまたせー!」


数分後、エルメンヒルデが勢いよく戻ってくる。

彼女は慌ただしくスキップしながらノーラの前に立った。

そして、ノーラの手元にあるベージュ色のハンカチを見て笑顔を引っ込める。


「えっ。ね、ノーラちゃん。それなに?」


「なんかヴェルナー様にもらった。持っておけって」


「なにっ……!? 先を越されたか……!」


なぜかショックを受けている模様。

衝撃に目を見開くエルメンヒルデに、ノーラは釈然としない気持ちで尋ねた。


「どしたん?」


「い、いやぁ……ノーラちゃんって舞踏会は一曲しか踊らないんだよねぇ?」


「うん。最低でも一曲は躍れってマインラート様に言われてるし。本当は躍りたくないんだけど」


「そうだよね……ふーん。しかしヴェルナー先輩がねぇ……」


ゆらゆらと体を揺らしてエルメンヒルデは口元を歪めた。

彼女はポケットから一枚の布を取り出す。

またもやハンカチだ。

今度は黒い布地で、隅には謎のシンボルが刺繍されている。


「これ、あげるよ」


「なんすか。今日はハンカチをあげる記念日か何か?」


「舞踏会当日はさ、他人から見えるように胸元にハンカチを入れておくといいよ。エルンがあげた黒いハンカチと、ヴェルナー先輩があげたベージュ色のハンカチ。好きな方を入れておいて。……あ、どっちもはダメだからね!」


「えぇ……?」


そして先程のヴェルナーと同じように、エルメンヒルデは一目散に走り去っていく。

いったい何が起こっているのか?

その謎を解明するため、ノーラは友人のもとへ向かった――


 ◇◇◇◇


「舞踏の申し込みよ」


バレンシアは単刀直入に答えてくれた。

ハンカチを異性に贈ることで、舞踏の相手をしてほしいという意思表示になるらしい。

それを見えるように出すことで肯定の返事になる。


「え、え? そうなんだ……」


つまりヴェルナーとエルメンヒルデは、ノーラを舞踏の相手に選んでくれたということ。

しかし、ふと疑念が頭をもたげる。


「舞踏会のダンスってさ、同性で踊るのはご法度だよね?」


「当たり前でしょう。練習ならともかく、公衆の面前ではマナー違反よ。そんな当たり前のことを聞いてどうしたの?」


「い、いや……なんでもない」


エルメンヒルデは女子生徒だ。

おそらく、きっと、たぶん女性だ。

あの髪がウィッグで、胸が詰め物の可能性も否定できないが。


なぜエルメンヒルデはハンカチを渡してきたのだろう。

ノーラをからかうつもりだったのか、情けをかけてハンカチだけでもくれたのか。

とにかく舞踏会で飾るハンカチはヴェルナーのものにした方がよさそうだ。


「その様子だと、お相手が見つかったようね。よかったじゃない」


「うん。これでクラスNの恥晒しにならずに済むよ……」


よくよく考えてみれば、ヴェルナーも適当に踊って抜け出したい派閥。

ノーラと同族なのだ。

それならクラスN内で結託して凌げばいい。

問題はヴェルナーが卒業する来年以降に、誰と踊るかだが……そこは後で考えよう。


「ふふ、舞踏会が楽しみね。わたくしの父も見にくるから気合を入れないと」


「バレンシアのお父様……アンギス侯爵様だっけ。あの『妙齢なる道徳騎士団』を麾下に置くっていう」


「『壮麗なる慟哭騎士団』よ……? 帝国内でも最大勢力の騎士団なんだから。……そうだ。よかったらわたくしの友人として、父にノーラを紹介させてもらえないかしら?」


「え、ええぅ!? わたし、一応平民だよ!?」


「そんなことどうでもいいわ。舞踏会は交流を広げる場なんだから、別にいいでしょう。よろしくね?」


有無を言わさぬバレンシアの圧にノーラはおずおずとうなずいた。

特に拒絶する理由もないし、ここは仕方なく受け入れておこう。


唯一の問題はノーラの正体が『呪われ姫』だとバレないかどうかだが……学園で堂々と生活していてもバレていないし、大丈夫だろう。

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