残酷な現実
ニルフック学園の伝統行事。
夏季と冬季に催される舞踏会。
グラン帝国で開催される舞踏会の中でもトップクラスの規模を誇り、社交界での注目も高い行事だ。
帝国貴族にとっては常識中の常識。
ニルフック学園で開催される舞踏会に出ることは、貴族たちのステータスのひとつにもなっていた。
しかし、ノーラは世間に疎い。
先のフリッツの話を聞くまで舞踏会が迫っていることすら知らなかった。
学園の生徒は原則として全員参加。
そして外部から生徒の婚約者や親族も参加してくるそうだ。
「や、やばいです! 助けてレオカディア様!」
ノーラは真っ先に侍女のレオカディアに助けを求めた。
こういうとき頼りになるのがレオカディアだ。
「……なるほど。舞踏会は二週間後ですね。ええ、ご安心くださいノーラ様。ドレスの類はその期間で用意できます。逆に考えましょう……舞踏会の直前にドレスを用意するということは、それこそ流行の最先端のドレスを用意できることに他なりません」
「なっ、なるほど! じゃあ準備は一任します!」
「ええ、ドレスに関する準備はお任せを。わが実家のエックトミス男爵家は服飾の専門家を多数雇っていますからね。しかし……問題はダンスですよ、ノーラ様。夜会などで踊られた経験はございますか? お相手は見つけているのですか?」
「…………」
閉口した。
そう、ノーラにはダンスの経験がないのだ。
幼少期にちょっとかじったくらい。
加えて踊ってくれるような相手もいない。
「あの、やっぱり不参加というわけには……いかないっすかね?」
「……やむにやまれぬ事情があれば、不参加でも構わないのではないでしょうか。ですがせっかくの機会ですし、踊ってみても良いのではありませんか? 舞踏会は途中で抜けるのもアリですし、一曲目くらいは躍ってはいかがでしょう」
レオカディアは軽く『一曲目くらい』というが、ノーラには荷が重すぎた。
「そうですよね……もったいないですよね。うん、舞踏会の参加については前向きに検討してみます。緊張感を持って対応し、検討を加速して注視していきたいと思います」
とりあえずドレス類は念のために用意してもらうとして。
あとはダンスができない問題と、相手がいない問題をどうするかだ。
◇◇◇◇
最初に助けを乞うた相手はエルメンヒルデだった。
ノーラの絶望的な相談を受けたエルメンヒルデは、桃色の髪の毛先をいじりながら答えた。
「んー……無理くね? だってノーラちゃんさ、平民でしょ? 舞踏会っていうのは縁を作りたい相手と踊るものだし……お相手は見つからないと思うな―。同性で踊っていいならエルンが相手になりたいけど、それはご法度だからさ。あと二週間でダンスを身につけるってのもねぇ、才能ないときついよ。ノーラちゃん運動の才能とかなさそー」
「なんて残酷な現実を突きつけるのかしら、この子。もうちょっと手心というか、わたしへの労りとかないの?」
「エルン嘘つくの嫌いだもん。それに現実を教えてあげない方が不親切だと思うけどねー」
一応聖職者。
エルメンヒルデは全く嘘をつかずに、厳しい現実をノーラに突きつけた。
「でも舞踏会に出ないってのもマズいかもね。クラスNはニルフック学園の顔とも言えるし、まさか舞踏会に出ないなんてのはねぇ。でも出たとしてもダンスで恥を晒すわけにもいかないし、ましてや壁の花になるのも……」
「つまり、わたしは舞踏会に出ても出なくても詰んでるってこと?」
「う、うん。とりあえず舞踏会には出るべき。じゃないとクラスNの先輩方の顔に泥を塗ることになるよ。ダンスは練習しまくってなんとかして。然るべきお相手も死ぬ気で見つける!」
「うえぇ……」
あまりのつらさにノーラの視界が揺らぐ。
男子生徒との交流はほぼ義務である。
エルメンヒルデやバレンシアとは一緒に買い物に行ったりもするが、男子生徒とはほとんど交流がない。
そんな状況でダンスの相手が見つかるはずが……
「――あっ、コルラードさん」
◇◇◇◇
「え、俺? ごめん、舞踏会の日は出かけてるんだよな」
唯一の望みは途絶えた。
儚い夢だった。
コルラードは申し訳なさそうに頭を掻く。
「そ、そう……大切な用事、なんだよね?」
「わりぃな。大事な顧客との会談があってさー」
「顧客? なんかの商売してるの?」
「あんまり人に言えないことだけどな」
「へ、へー……」
危ない話かもしれないので詮索はやめておくことにした。
それはさておき、コルラードも無理となると……本格的に相手が見つかりそうにない。
平民のコルラードが相手ならいけるかも……とわずかな可能性に賭けたのだが。
「でも、そうだよなー。俺たちさ、平民の出じゃん? 舞踏会の相手を見つけろってのも無理があるよなぁ……そもそもダンスとかできねーしな!」
「わかるわかる! ダンスとかできても意味ないし! やっぱりわたしは舞踏会を欠席するべきだよね!? コルラードさんもそう思うよねぇ!?」
「ははっ! いやぁ、でもノーラってクラスNの生徒だしなー! 踊れないのもそれはそれで恥なんじゃないか? 元旅芸人なんだし、案外ダンスいけるかもしれないぜ?」
「クソが」
ダンスとかいう文化を生み出した奴を殴りたい。
踊ってどういう生産性があるのか。
足が痛くなるだけじゃないか。
……などなど恨み節を心中で吐いていると、コルラードが思い出したように顔を上げた。
「あっ、そういえばさ。ノーラと同じクラスNに、ペートルスっていう三年生がいるだろ?」
「ああ、うん。あらせられます。あの方が何か?」
「あの人、まだ公の場では他家の令嬢と踊ったことないらしいぞ。舞踏会が開かれるたびに妹を呼ぶか、妹が来なければダンスに参加しないらしい。もう当たって砕けろの精神で、ペートルスって人に頼んでみたらどうかな?」