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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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穀潰し、死にかける

いつもと変わらない日常。

適当な時間に起きて、寝ぐせも直さず、寝間着からも着替えず……とはいかなかった。

エレオノーラは最低限、人に見られても構わないくらいの身支度はしていた。


「今日はアイツ来るのかな……」


ペートルスは週に一度くらいの間隔で顔を出している。

彼と話す時間は一時間にも満たないし、他愛のない世間話ばかり。

そのせいで彼がどういう人物なのか詳しく聞けていない。


最初はエレオノーラも困惑していた。

しかし彼が害意のない人物だと知って、次第に一緒にいる時間に楽しさを見出し始めていた。


ここ数年は使っていなかったブラシで髪を梳く。

……と同時に、鏡に映るエレオノーラの表情が歪んだ。


「……なんかだるい」


最近、異様に倦怠感がある。

倦怠感は日増しに大きくなっている気がして、頭痛や発熱も増えている。

風邪にでも罹ってしまったのだろうか。


とりあえず、しばらくは安静にして体調回復に努めよう。

身ごしらえを整えた彼女は離れの玄関に向かい、朝食のトレイを部屋に持ってきた。

相変わらず余り物を寄せ集めたような質素な食事だ。

きっと本邸の家族はもっと立派な食事を食べているのだろう。


「今日も今日とて穀潰し――参ります」


仕方ない。

エレオノーラには『役割』がない。

普通、令嬢というものは他家と婚約を結んで関係性を深めるために使われるものだ。

その役割を果たせないのだから、冷遇されるのも仕方ないことなのだと諦めていた。


生かしてもらっているだけありがたいと思え、とはエレオノーラ自身の訓戒であった。


「なんか変な味するー」


今日はいつにも増して料理がマズい気がした。

これも体調不良と関係があるのかもしれない。

だがエレオノーラは特に気にすることなく、黙々と食事を続けた。



そして食事を進めて、半分くらい食べたころ。

不意にエレオノーラの視界が揺らいだ。


(あ、れ……?)


いつしか自分の視界が横になっていて、取り落としたスプーンが一緒に床に落ちている。

続いて感じ取ったのは異様な寒気、そして吐き気。

ぐるぐると視界が回り、ぼやけ、霞み。

自分の体に大きな異常が起きた……それだけは朦朧とした意識の中でも理解できた。


「う゛お゛えぇ゛ぇっ……!?」


令嬢とは思えない呻き声を上げ、エレオノーラは悶絶する。

気持ち悪い。とにかく気持ち悪い。

バタバタと手足をばたつかせ、大きな物音を立てるが――あいにくここは無人の離れ。

助けなど誰も来ない。


意識が白む。

常軌を逸する吐き気の中、エレオノーラは命の危機を感じた。


「――エ――ノーラ!」


声が聞こえた。

ここには誰もいないはずなのに。

自分は一生孤独なはずなのに、誰かが助けにきてくれたのだと……今際の際に勘違いしたのだろう。


そのままエレオノーラの意識は沈んだ。


 ◇◇◇◇


エレオノーラの呼吸が安定したことを確認し、ペートルス・ウィガナックは安堵の息をついた。

額に浮かぶ大粒の汗をハンカチで拭き、そっとソファにエレオノーラを寝かせる。


離れの中からうめき声が聞こえ、何事かと駆けつけたのだ。

窓を強引に破っての侵入となったが、命を助けるため。

後で弁償すればいいだろう。


「緊急時に備えて持っていた解毒剤が効いた……つまり」


エレオノーラが倒れていた場所を見る。

机には食べかけの料理が置かれていて、食事中に倒れたのだろう。

……この料理に毒が入っている可能性が高い。


問題は『誰が毒を盛ったか』だ。

それがわからない以上、安易に本邸へ報告しに行くわけにもいかない。

これがイアリズ伯爵の差し金の可能性もあるし、使用人や妹の仕業の可能性もある。


最近、エレオノーラは婚約者であるネドログ伯爵令息ランドルフと婚約を解消したと聞く。

彼女を用済みに思い、周囲の人間が暗殺を企てた可能性も決して低くはないのだ。


エレオノーラを保護するためには……自分が動くしかないだろう。

そう結論を下したペートルスは、さっそく行動に移ろうとした。


「……あれ?」


そういえば、いつもは感じる高揚感が消えている。

エレオノーラの呪い……他者に恐怖を与える効果が、今は発揮されていないようだった。

こうして寝息を立てているところを見ると、ただの可憐な少女だ。


「睡眠中は呪いが発動しない……? あるいは別の可能性も……」


エレオノーラの体調安定に専心しつつ、ペートルスは呪いについて考える。

離れ中の窓を開けて空気の循環を生み、エレオノーラに適度に水を飲ませつつ、呼吸が安定しているかを確認。


「レディ、失礼」


エレオノーラの胸元のリボンを解き、ペートルスは首元に手を当てる。

脈拍は安定しつつあるが、まだ少し早いようだ。

とりあえず彼女の回復を待ってから……


「……」


手元で微かにエレオノーラが動いた。

身じろぎした彼女はうっすらと瞳を開け――首元に手を当てたペートルスと目が合った。

再びエレオノーラの『呪い』が発動し、ペートルスの心臓が高鳴る。


「……! レディ・エレオノーラ! 意識が戻った?」


「へ?」


「体調はどうかな? まだ具合は優れないと思うけど……解毒剤は打っておいたからしばらく安静にして……」


「え、あ、ええ、あ、」


エレオノーラは目覚めて状況が理解できず、口元をふにゃふにゃと動かすことしかできない。

その様子を見たペートルスは眉をひそめた。

まだ毒が効いているのか、明らかに様子がおかしい。


「舌が動かないのか!? もしかして解毒剤が足りなかった……!?」


「ああっ……ごご、ごめんなさっ……へ、へへっ、変態っ……!」


エレオノーラは再び失神した。

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