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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第3章 魔術講義
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茶会とは

「ティーカップってよくわかんないよなぁ。美味い茶が飲めればなんでもよくないか?」


「うんうん。わたしはティーポットから直に飲んでたよ。その方が美味しく感じるんだ」


「おお、いいねぇ! 俺はドラゴンの火炎袋で作った湯呑が好きだよ。その湯呑を見て呆れた師匠に壊されちゃったけどな」


「あ、あなたたち……なんて気品に欠けるのかしら」


バレンシアは頭を抱えた。

明日の社交の授業では、模擬の茶会がある。

そこでティーカップや茶葉の類を買いに行くことになったのだが……ノーラとコルラードは野蛮さで意気投合していた。


ニルフック学園のそばにはあらゆる店が揃い踏みだ。

大貴族の子息が通う学園の近くともなれば、生徒が決して不都合しないように国中から商人が集められる。

商業を生業とする者からすれば、まさしく金のなる木であった。


「ほら、ノーラ。このティーカップなんてどうかしら? 巨匠ゴウティのロイヤルエダルーレを模倣した、格式高いカップよ」


「う、うん……よくわかんないけど、それで問題がないならそれにする」


「んじゃ、俺もそのカップにしようかな?」


「コルラードは駄目よ。茶会で使われるティーカップは、男女でカップの意匠が異なるものなの。令嬢用のティーカップを使ったりしたら笑いものになるわよ?」


「うへぇ……めんどくせーなぁ。な、バレンシア。俺のも選んでくれよ! カップと茶葉とお菓子、よろしくっ!」


「少しは自分で選びなさいよ……」


茶会は意外と必要な物が多い。

貴族が通う学園である以上、授業の費用は財布に一切の容赦なく負荷をかけてくる。

コルラードはポンと銀貨が入った袋をバレンシアに渡した。

さすがは著名な魔術師の弟子と言ったところか。


「ノーラは……大丈夫? 無理しなくてもいいのよ。苦しいようだったら、私が出してもいいけど……」


「ううん、大丈夫。えーっと……これくらいで足りるかな?」


「……えっ!?」


ノーラの袋の中を覗き見たバレンシアは悲鳴のような声を上げた。

父のイアリズ伯とペートルスからもらっているお小遣い。

ほとんど市場に出た試しがないノーラには金銭感覚がなく、とりあえずお小遣いを搔き集めてきた。


「も、ももっ、もしかして……足りなかった?」


「い、いえ……袋に入ってるの、これ全部『竜金貨』よね? うーんっと、茶会の道具を揃えるだけなら一枚でもおつりがくるわ。その袋は絶対に盗まれないようにしまっておきなさい」


「わかった」


多すぎたらしい。

バレンシアは若干引きつった顔をしていた。

父とペートルスの過保護が明らかになった瞬間である。


「あなた……吟遊詩人、だったのよね?」


「ぎくっ。う、うん……」


「どうやってこんなお金を、」


「えーっ!? ノーラって詩人だったのか! 歌とか上手い? 今度聴かせてくれよな!」


バレンシアの追求がコルラードの発言に遮られる。

今回ばかりは彼の空気の読めなさが助かった。


「あんまり上手くないよ。人に聴かせるのは……ちょっと遠慮したい」


「そっかぁ。ま、気が向いたらでいいよ! それはそうと、早く茶会用の道具を揃えないとな」


「そっそうだね! バレンシア、今度はおすすめの茶葉が知りたいな」


「ええ、いいわよ。最近の流行りを抑えた茶葉選びが重要ね。今の流行は……」


 ◇◇◇◇


クラスBにおけるノーラの立ち位置は儚い。

ほとんどの生徒が中等科から続いて高等科に入り、貴族の子息ばかりのクラスで、彼女が浮かない道理はなかったのだ。

かろうじてバレンシアの気遣いにより、空気として存在することが許されている程度。


今日は社交の授業……茶会の日。

人はなぜ茶会をするのか――理由は『味方づくり』だ。

例えば令嬢同士が茶を囲む場合、それは単なる談笑の場ではない。

自らの婚約者に関する情報や、敵対する諸侯の情報を集めることを目的とする。

つまり良好な付き合いをしたい人としか、基本的には茶会をしないのが常である。


平民のノーラと関係性を深める意味はない。

だから今回の授業も孤独に過ごすか、もしくは先生が相手になるかと思われたのだが……。


「ねえ、ノーラさん! ヴェルナー様とはどういう仲なの?」

「クラスNって普段は何をされているのかしら?」

「ペートルス様に親しげに呼ばれるなんて羨ましいです! どうやって仲よくなったんですか!?」

「マインラート様の好みについてお聞きしたく……」

「よろしければ一緒にお茶しませんか?」


一応、ノーラは人気者だった。

クラスNの情報源という意味で。

普段は絡んでこない生徒たちが、我先にと群がってくる。

どうやら今までノーラと交流を図る機会をうかがっていたらしい。


ニルフック学園の中でも特に謎に包まれたクラスN。

ノーラを除いて全員が学園の人気者ということもあり、彼女は包囲されて身動きが取れずにいた。


「ちょっと、あなたたち。ノーラが困っているでしょう? 節度を弁えて質問なさいな」


バレンシアが大きな声で忠告すると、令嬢たちはサッと身を引く。

やっぱりクラス内でも彼女の権力は絶大だ。


「バレンシア……ど、どうしよう……」


「どうしよう、と言ってもね。知らない人と交流するのも茶会の意義よ。勇気を出して交流なさい。じゃ、わたくしは他の方とお茶をしてくるから」


「あ、ああっ……」


いつもは庇ってくれるバレンシアだが、今日ばかりは突き放すようだった。

彼女はノーラのことを思って交流の幅を広げようとしてくれている。

もう後に退けない、逃げ場はない。

清水の舞台から飛び降りるつもりでノーラは踏みだした。


「よ、よろしくお願いします……」


心の奥底に根づいていた苦手意識。

人が怖い、交流が怖い。


勇気を出して踏みだしたノーラの一歩は、こびりつく恐怖を拭った。

まだ完全に拭えてはいない恐怖。


しかし、いつの日か――きっと人と向き合える。

これは大きな一歩だった。

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