茶会とは
「ティーカップってよくわかんないよなぁ。美味い茶が飲めればなんでもよくないか?」
「うんうん。わたしはティーポットから直に飲んでたよ。その方が美味しく感じるんだ」
「おお、いいねぇ! 俺はドラゴンの火炎袋で作った湯呑が好きだよ。その湯呑を見て呆れた師匠に壊されちゃったけどな」
「あ、あなたたち……なんて気品に欠けるのかしら」
バレンシアは頭を抱えた。
明日の社交の授業では、模擬の茶会がある。
そこでティーカップや茶葉の類を買いに行くことになったのだが……ノーラとコルラードは野蛮さで意気投合していた。
ニルフック学園のそばにはあらゆる店が揃い踏みだ。
大貴族の子息が通う学園の近くともなれば、生徒が決して不都合しないように国中から商人が集められる。
商業を生業とする者からすれば、まさしく金のなる木であった。
「ほら、ノーラ。このティーカップなんてどうかしら? 巨匠ゴウティのロイヤルエダルーレを模倣した、格式高いカップよ」
「う、うん……よくわかんないけど、それで問題がないならそれにする」
「んじゃ、俺もそのカップにしようかな?」
「コルラードは駄目よ。茶会で使われるティーカップは、男女でカップの意匠が異なるものなの。令嬢用のティーカップを使ったりしたら笑いものになるわよ?」
「うへぇ……めんどくせーなぁ。な、バレンシア。俺のも選んでくれよ! カップと茶葉とお菓子、よろしくっ!」
「少しは自分で選びなさいよ……」
茶会は意外と必要な物が多い。
貴族が通う学園である以上、授業の費用は財布に一切の容赦なく負荷をかけてくる。
コルラードはポンと銀貨が入った袋をバレンシアに渡した。
さすがは著名な魔術師の弟子と言ったところか。
「ノーラは……大丈夫? 無理しなくてもいいのよ。苦しいようだったら、私が出してもいいけど……」
「ううん、大丈夫。えーっと……これくらいで足りるかな?」
「……えっ!?」
ノーラの袋の中を覗き見たバレンシアは悲鳴のような声を上げた。
父のイアリズ伯とペートルスからもらっているお小遣い。
ほとんど市場に出た試しがないノーラには金銭感覚がなく、とりあえずお小遣いを搔き集めてきた。
「も、ももっ、もしかして……足りなかった?」
「い、いえ……袋に入ってるの、これ全部『竜金貨』よね? うーんっと、茶会の道具を揃えるだけなら一枚でもおつりがくるわ。その袋は絶対に盗まれないようにしまっておきなさい」
「わかった」
多すぎたらしい。
バレンシアは若干引きつった顔をしていた。
父とペートルスの過保護が明らかになった瞬間である。
「あなた……吟遊詩人、だったのよね?」
「ぎくっ。う、うん……」
「どうやってこんなお金を、」
「えーっ!? ノーラって詩人だったのか! 歌とか上手い? 今度聴かせてくれよな!」
バレンシアの追求がコルラードの発言に遮られる。
今回ばかりは彼の空気の読めなさが助かった。
「あんまり上手くないよ。人に聴かせるのは……ちょっと遠慮したい」
「そっかぁ。ま、気が向いたらでいいよ! それはそうと、早く茶会用の道具を揃えないとな」
「そっそうだね! バレンシア、今度はおすすめの茶葉が知りたいな」
「ええ、いいわよ。最近の流行りを抑えた茶葉選びが重要ね。今の流行は……」
◇◇◇◇
クラスBにおけるノーラの立ち位置は儚い。
ほとんどの生徒が中等科から続いて高等科に入り、貴族の子息ばかりのクラスで、彼女が浮かない道理はなかったのだ。
かろうじてバレンシアの気遣いにより、空気として存在することが許されている程度。
今日は社交の授業……茶会の日。
人はなぜ茶会をするのか――理由は『味方づくり』だ。
例えば令嬢同士が茶を囲む場合、それは単なる談笑の場ではない。
自らの婚約者に関する情報や、敵対する諸侯の情報を集めることを目的とする。
つまり良好な付き合いをしたい人としか、基本的には茶会をしないのが常である。
平民のノーラと関係性を深める意味はない。
だから今回の授業も孤独に過ごすか、もしくは先生が相手になるかと思われたのだが……。
「ねえ、ノーラさん! ヴェルナー様とはどういう仲なの?」
「クラスNって普段は何をされているのかしら?」
「ペートルス様に親しげに呼ばれるなんて羨ましいです! どうやって仲よくなったんですか!?」
「マインラート様の好みについてお聞きしたく……」
「よろしければ一緒にお茶しませんか?」
一応、ノーラは人気者だった。
クラスNの情報源という意味で。
普段は絡んでこない生徒たちが、我先にと群がってくる。
どうやら今までノーラと交流を図る機会をうかがっていたらしい。
ニルフック学園の中でも特に謎に包まれたクラスN。
ノーラを除いて全員が学園の人気者ということもあり、彼女は包囲されて身動きが取れずにいた。
「ちょっと、あなたたち。ノーラが困っているでしょう? 節度を弁えて質問なさいな」
バレンシアが大きな声で忠告すると、令嬢たちはサッと身を引く。
やっぱりクラス内でも彼女の権力は絶大だ。
「バレンシア……ど、どうしよう……」
「どうしよう、と言ってもね。知らない人と交流するのも茶会の意義よ。勇気を出して交流なさい。じゃ、わたくしは他の方とお茶をしてくるから」
「あ、ああっ……」
いつもは庇ってくれるバレンシアだが、今日ばかりは突き放すようだった。
彼女はノーラのことを思って交流の幅を広げようとしてくれている。
もう後に退けない、逃げ場はない。
清水の舞台から飛び降りるつもりでノーラは踏みだした。
「よ、よろしくお願いします……」
心の奥底に根づいていた苦手意識。
人が怖い、交流が怖い。
勇気を出して踏みだしたノーラの一歩は、こびりつく恐怖を拭った。
まだ完全に拭えてはいない恐怖。
しかし、いつの日か――きっと人と向き合える。
これは大きな一歩だった。