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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第3章 魔術講義
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毒と靄

「じゃ、二人組作ってー」


(……あ、終わった)


それは希望を打ち砕く恐るべき言葉。

教師はさも当然かのように言い放ったが、『二人組』というのは。

自分から誘うか、誰かから誘われるかしなければ成立しないものなのだ。


教師の号令と共に生徒たちが結合していく。

男子同士、女子同士、あるいは男女で。

誰もが当然のように結びつきやがる。


立ち尽くすノーラは一縷の希望に縋ってバレンシアの方を見やった。

人気者のバレンシアは令嬢たちに囲まれ、ペアの相手をせがまれているらしい。

周囲には人だかりができていて、とてもじゃないが近寄れそうにない。


(どうしよう……こ、ここは適当に声をかけて……みよう)


「あ、あの……」


前をゆく令嬢に声をかけようと声を絞り出した。

しかし彼女はちらとノーラに視線を向けた後、その先にいる別の生徒に声をかけていった。


やっぱり無理だ……!

ノーラは平民出身という設定で、しかも最近は暴言を吐いたという噂まで広まっている。

自分と組んでくれる相手がいるわけがない。

これは先生とペアを組むオチに……


「よっ、そこの人! まだ相手いない?」


声がかかり、ノーラは振り向いた。

葡萄色の髪を緩めに巻いた、背丈の高い男性。

彼はノーラの前までやってきて眩しい笑顔を向けた。


「俺も相手いなくてさ。よかったらペア組まない?」


「は、はい……お願いします……!」


「お、あざっす! 俺はクラスAのコルラード。よろしくっ!」


「クラスBのノーラ・ピルットです。よろしくお願いします」


とりあえず相手ができて一安心。

このコルラードという少年……やけに陽気そうな人に見えるが、どうしてペアができなかったのだろうか。

友達を何十人も作っていそうな人なのに。


「よーし、全員組んだな。んじゃま、軽ーく準備体操といこうか。ペアごとに軽く距離を取ってー……魔力のぶつけ合いだ。軽くな、軽く」


生徒たちは手慣れた様子で散開していく。

コルラードも歩きだしたのでノーラは慌てて彼の後を追った。


「ここらへんでいいかな。な、ノーラは魔術とかできる?」


「えっと……すみません、まったくの初心者なんです。高等科から入ってきたので、右も左もわからなくて……」


「あ、そうなんだ? 俺も外国から留学してきて、高等科から入ってさぁ……貴族の付き合いとか面倒だなって思うよ。あ、あと敬語とか同級生だしいらないよ。もっと気楽に話そうぜ、なっ!」


軽く背中を叩かれてノーラはぎこちなくうなずく。

距離間の詰め方がヤバい。

お互いがノーラのような陰の者でも話が進まないので、これくらい強引に引っ張ってくれた方がやりやすいが。


コルラードはノーラと一定の距離を取って向かい合った。


「魔力のぶつけ方はわかるか? 魔力を事象に変転させず、そのまま放出するんだ」


「あー……なんとなくわかりま……わかるよ。こんな感じかな?」


「おっ、それそれ! さっすがー!」


幼少の砌、多少は魔法を習ったことがある。

発動方法はとうに記憶の彼方だが、魔力の操作と放出くらいはできた。

手を動かすように自然に、呼吸のように無意識に。


「じゃ、俺からもいくぞー。それっ!」


「わ、ぁ……」


ぐわんと自分を押すような力を感じる。

しかし体は一切動かず、物理的な力を受けているのではないのだと実感できる。

自然と体が魔力へ抵抗を生み、コルラードからの魔力の放出を逸らしていた。


「へぇ……おもしろい。な、ノーラって結構魔力量多いのか? それとも操作が上手いのか……素質アリって感じだ!」


「そ、そう……? へへ……」


適当に褒められているだけかもしれない。

コルラードは何がなんでもポジティブな言葉を使いそうだし、ここはあまり真に受けないようにしよう。


ひと通り準備運動が終わったところで、教師が声を上げた。


「お前らできたかー? うん、できたなー。んじゃ、次は魔術の実践に入ろうか。最初からうまく発動できるやつ、できないやつがいるだろうけど。あんまり気にすんなよ」


教師は全体から見える監視台の上に立つ。

彼は指先に炎の玉を灯し、よく見えるように掲げた。


「ん魔力を事象に変転する。まずはこれをやってみっぞー。いいか、形成した事象は絶対に他人に向けず、放たない。んん、これを徹底しろ。一歩間違えたら人が死ぬからなー?」


声色を低くしての忠告だ。

戦闘行為を目的とする魔術の行使。

教師の忠告通り、少し間違えれば人の急所を突いて殺しかねない。

子どもに刃物を持たせるように、慎重にならなければいけない案件だ。


「あの……わたし本当に初心者で。もしかしたらコルラードさんを傷つけちゃうかも……」


「初心者だったら緊張するよな。大丈夫、俺も最初はそんな感じだった! こう見えて魔術は大得意だからさ、大船に乗ったつもりで任せとけって。俺がペアでよかったな、ノーラ!」


「う、うん……!」


ここまで自信に満ちていると、本当に大丈夫な気がしてくる。

やはりコルラードのように何事も前向きに捉えるのが正解なのかも。


「まず俺からやるよ。よく見ててな。あと、危ないから近寄らないように」


「わかった」


コルラードは息をひとつ吐き、真剣な表情を浮かべた。

今までずっと笑っていたのに今は人が変わったように真面目で。

彼は右手の人差し指を眼前に突き立てると、瞳を静かに閉じた。


深い呼吸。

沈黙。


「……!」


じわじわと空間に染みのようなものができていく。

緑、赤、青、紫……色とりどりの液体が空中に浮かび、まるで羽衣のようにコルラードの周囲をめぐる。

綺麗だ――とノーラが感心し、少し近寄ろうと思った瞬間。


「止まって。それ以上は近づいちゃいけない。これ、全部毒だから」


「ひえっ!?」


「遠目に見ると綺麗だろ? 俺の適正は毒属性の魔術……怖がられることも多いけど、結構気に入ってるんだ!」


毒……と聞くと、自分が暗殺されかけた過去を思い出す。

別にトラウマにはなっていないが、あまり思い出したくない。

コルラードはかなり操作に長けているようで、毒を自分の指先にまとわせたりして遊んでいた。


「す、すごい……本当にコルラードさんは魔術が得意なんだね」


「おう! こう見えて有名な魔術師の弟子なんだ」


他の生徒たちも魔術を発動し、色々な事象を浮かべている。

炎の玉や水の柱、土の欠片など。


あらゆる輝きで埋め尽くされる周囲。

しかしコルラードの毒は一際強い魅力を放っていた。

それに操作も他の生徒は覚束ないようだが、コルラードは熟練者のようにクルクルと回していた。


コルラードがパチンと指を鳴らすと、毒が一瞬で霧散する。


「よっし。こんな感じかな。ノーラもやってみなよ」


「う、うん……どうやればいいんだろう」


「さっきと同じように魔力を放出してみて。で、ドカンと。いや、ドカンとやったら打ち出しちゃうか。こう……ずいっと」


「えぇ……?」


「あーごめん、今のなし。俺さ、感覚派だからあんまり理解してないんだ。小さいころから呼吸みたく魔術を発動してきたから……教えるのは上手くないかも。頭の中で形を作るイメージだよ」


コルラードは天才肌な人らしい。

とりあえずノーラもやってみるしかなさそうだ。

魔力を先程と同じように循環させ、放出して……頭の中で形を作る。

イメージしたのは典型的な炎の魔術、燃え盛る炎の玉だったが。


「あ、なんかでた」


指先に灯ったのは謎の靄。

空間が少し歪んでいて、匂いはない。


コルラードはじりじりとノーラに歩み寄り、目を細めて鈍色の靄を凝視した。

しばし経ち、彼は小首を傾げる。


「……なんだこりゃ? ノーラの適正属性ってわかる?」


「ううん、わかんない。お父様は……風属性だったと思う。妹も風属性」


人によって得意な魔術の属性は千差万別。

属性の適正は血筋によって受け継がれたりするが、たまに変異したりもする。

ノーラはずっと引き籠っていて魔術を使う機会なんてなかったので、自分の適正を知らない。


「風には見えないよな……無風だし。触ってみたいけど、それで指が切断されたりしたら嫌だもんな。俺も魔術には造詣が深いけど、まったく見たことないぞ。すごいな、珍しい属性だ! やるじゃんノーラ!」


「そうなんだ……でも。これ、どうしよう……」


消し方がわからない。

一度出した魔力を戻したりはできないだろうし、コルラードはどうやって消していたのか。

困りながらコルラードを見ると、彼は快活に笑った。


「あ、消し方? うーんとな……あえて精神を乱してみて。そしたら魔力の連絡が崩壊して消えるから。……そうだ、俺が変顔してやるよ!」


急にコルラードが破顔した。

指で目を横に引っ張り、口を広げて。


「ぶふぉっ!」


瞬間、ノーラは吹き出した。

いきなり変顔されたら、そりゃ笑うに決まっている。

もちろん集中力も同時に乱れて……


「はれ?」


しかし、指先の靄が消えることはなかった。

逆に膨張している気が。


コルラードもすぐに変顔を引っ込めて眉をひそめる。

彼はすぐにノーラの手首を掴んで、指先へと流れる魔力を停止させようとした。


「ま、待ってくれ……あれ、止まんない? いやこれ、ノーラの魔力が強すぎて止ま……」


瞬間、白い光が爆ぜた。

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