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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第2章 入学
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片鱗

死人のような足取りで寮の外を歩くエリヒオを窓越しに見て、ペートルスはため息まじりに椅子に座った。

エリヒオには今回の問題を指導した上で、ノーラに対して悪影響を与えないように命令しておいた。


とりあえず表立ってノーラに危害が及ぶことはないだろう。

風評被害はペートルスをもってしても防ぎようがないが。

ノーラが暴言を吐いたのも事実だし、色々な噂が流れることについては自己責任だ。


「彼にも困ったものだね。学園の不和の芽だ。嫡子を甘やかして育てすぎたテュディス公にも非はあるのかもしれないが、どうにかできないものかな」


ペートルスの独り言じみた問いに、ヴェルナーはただかぶりを振った。


「アレはどうしようもない。諦めろ」


「別に期待はしてないよ。ただ波風を立てないでほしいってだけ。彼が未来の帝国を背負う人間になることすら考慮はしていない」


「……どうでもいいな」


政治的な話は遠慮したい。

ヴェルナーはエリヒオが言う通り、テュディス公の養子である。

爵位の継承権もエリヒオより低いし、政治に大して関心もない。


ただ彼が見据えるは"強さ"のみ。

そして、その先にある勝利こそ。


「どうでもいい……か。それはエリヒオが君にとって障害にならないから?」


「……どういう意味だ?」


ペートルスはおもむろに立ち上がり、窓から学園を見渡した。

最高位貴族用の寮はニルフック学園の全貌を見渡せる造りになっている。

隣室のデニス第二皇子もまた同じ景色を見ていることだろう。


「ヴェルナーが長を務める『剣術サロン』……最近は賑わっているみたいだね。残り一年で、どこまで生徒を集められるか。エリヒオは君の人望が外見ゆえと罵っていたが、実態は違う。求心力、カリスマ……その類の天賦が君にはあるだろう?」


瞬間、ヴェルナーは剣の柄に手を当てた。

彼はペートルスに『エリヒオが障害とならない意味』を尋ねた。

しかし返答は『自分が立ち上げた剣術サロンの現状』だ。


この二点、つながりはないはずだった。

一聴して脈略のない、独立した話題である。

少なくともヴェルナー以外に関連性は見出せないはずで。


「――貴様。どこまで知っている」


「……うん、何を? 性格や人望も含め、あらゆる点においてエリヒオは君の敵ではない。そういう意図を籠めての発言だったけど……何か引っかかるところが?」


これは鎌をかけられているのか。

あるいは純粋な問いかけか。

どちらにせよ、ヴェルナーはこれ以上部屋に留まるわけにはいかなくなった。


「チッ……俺はここらへんで失礼する」


「ああ。また講義で会おう。来週は僕と君の発表だから忘れないようにね」


少し乱暴に扉を閉めて、ヴェルナーは部屋を去っていく。

それから入れ替わるように、席を外すように命令していた従者のイニゴが入ってきた。

彼は顔をしかめて頭を掻く。


「ありゃ……扉が壊れちまいますよ。ヴェルナー様、ここがペートルス様のお部屋ってのは理解してるんですかね?」


「壊れたら直せばいいだけさ。それに今のヴェルナーは気が立っているし、仕方ないだろう? 少し意地の悪い質問をしすぎたかもしれないね」


夜闇が蔓延る窓の外。

イニゴはそっとカーテンを閉めた。


「彼……ヴェルナーにだけは期待しているんだ。結果がどうなるかは見えないけど、彼ならアラリル侯をどうにかしてくれる。だから彼という駒を失うわけにはいかないんだよ。多少の無礼には目を瞑らないとね」


「はぁ……よくわかんねぇですけど。まーた変なこと企んでるんですね、ペートルス様?」


「いや、企んでいるのは僕じゃないさ。僕はただ流れに身を任せるだけ。たまに流れに竿を差すけどね」


衣装棚の中にあるベージュ色のトレンチコートを手に取ったペートルス。

彼の様子を見てイニゴは小首を傾げた。

時刻は夜、外は冷えきっている。


「どちらへ?」


「久々に休日らしく過ごそうと思って。予定表を確認すれば休日でも社交ばかり……そろそろ鬱憤が溜まってきたころだ。ちょっと遊んでくるよ」


「俺もお供しましょうか?」


「結構。醜態は誰にも晒したくないのでね」


ペートルスは鳥打帽を目深に被り、剣を床下から引き出して担いだ。

口元に歪な笑みを浮かべる。

それは誰にも見せることがない彼の本質。


「明日の朝までには帰るよ。きっと」


「そう言って帰ってきた試しがねぇっすよ」


「愉しみすぎるのは僕の悪いところだ。直すつもりもないが」


ひっそりとペートルスは寮を抜け出した。

誰にも気取られることなく、夜闇を縫って。

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