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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第2章 入学
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ノーラ、キレる

学園に帰還したころ、日はすでに落ちかけていた。

待ち合わせと同じ銅像の前で、ノーラはヴェルナーに頭を下げる。


「今日は助かりました。ヴェルナー様の貴重な休日をいただいてしまって……」


「構わん。休みは日がな一日剣を振っているだけだからな。魔物を斬るのもそう変わらん」


「もう時間も遅いですし、解散にしましょう。ありがとうございました」


「ああ。気をつけて帰……」


ヴェルナーの言葉を遮って。

夕闇から声が響いた。


「おっやぁ~? 義兄上ではありませんか?」


微妙に高く耳障りで、それでいて粘着質。

黒光りするハイヒールをコツコツと響かせてやってきた生徒。

胸元のネクタイは赤、金髪をオールバックで撫でつけた少年だ。

彼はニヤニヤと気色悪い喜色を浮かべて歩み寄ってきた。


「……エリヒオ。学園では話しかけるなと言っただろう」


露骨に顔を歪めてヴェルナーは生徒の名を呼んだ。

エリヒオと呼ばれた少年は腰を大きく曲げて、恭しく礼をする。


「いえいえ。親愛なる義兄上にお会いして、あいさつをしないというのも無礼でしょう? ふぅん……女とデートですか? ははっ、剣術馬鹿の義兄上にもそういうご趣味があったとは!」


「黙れ。失せろ」


ヴェルナーは相当に殺気立っている。

しかしエリヒオはそんな兄の様子など歯牙にもかけず、立ち尽くすノーラに視線をやった。

頭のてっぺんからつま先まで舐め回すように凝視され、身震いするノーラ。

この人、一挙手一投足すべてが絶妙に気味悪い。

あえて気味悪い態度を取っているのかもしれないが。


「ごきげんよう。僕はテュディス公爵令息エリヒオ・ノーセナック。そこのヴェルナーの義弟です」


「あ、どうも。ノーラ・ピルットと申します」


「しかし……あなたも見る目がないですねぇ。ヴェルナー……義兄上を慕うのはやめておいた方がいいですよ? こいつはあくまでテュディス公の養子。恋をされるのなら、正当な血筋の継承者にすべきです。たとえば、テュディス公の実子の僕とかね」


「は、はぁ……あの。わたしはヴェルナー様とそういう関係ではないんですけど」


「ま、義兄上は見た目だけはいいですからね。優雅さに欠け、正当な後継者でもない義兄上に現を抜かす不貞な女のなんと多いことか。あなたもその連中の一人、ということか」


話を聞いていない。

人の話を聞かない奴は馬鹿だと教わったことがある。

つまりエリヒオは馬鹿である。

馬鹿の相手はするだけ無駄である。


頭の中で決めつけたノーラは、助けを求めるようにヴェルナーに目をやった。

意を汲んだようにヴェルナーはノーラとエリヒオの間に割って入る。


「こいつはただのクラスメイトだ。お前には関係ない。さっさと消えろ」


ぶっきらぼうに言い放つヴェルナー。

彼の語調の強めた命令に、エリヒオはこめかみを押さえて舌打ちした。


「あのさぁ。なんで僕がお前に命令されなくちゃいけないんだよ? 継承権もない、生まれも僕より賤しいお前にさ。いいから黙っとけよ」


沸点が低すぎる。

エリヒオは二言三言ヴェルナーと言葉を交わしただけで、顔を真っ赤に紅潮させた。

夕闇の中でもはっきりとわかるほどに赤く。

つま先で石畳を叩きながら、彼はヴェルナーを見上げて啖呵を切った。


「ウチがお前の面倒を見てやった恩を忘れたのか、えぇ!? いつもそうやって僕を見下してさ……調子に乗るなよ三流が。あと二年、卒業して僕が爵位を継いだら……お前なんて僻地に飛ばせるんだからな!? 言葉の使い方には気をつけろよ!」


「…………」


別に僻地に飛ばされても構わんが……とでも言いたげにヴェルナーは沈黙していた。

相手が黙っていてもなおエリヒオの舌の根は乾かない。

というかヴェルナーが寡黙な性格だからこそ言いたい放題だ。


「お前の取り柄なんて見た目と棒振りだけだろうが! 魔力がないなんて欠点でクラスNに選ばれて、女子生徒たちから黄色い声を上げられて……僕の方が立派だろうに! 性格も悪い、血筋も悪い……お前が評価されてる意味がわからない!」


怒鳴り散らすエリヒオを見て、複数の生徒たちが足を止めていた。

休日だから人通りこそ少ないものの、広場で堂々と癇癪を起こす光景を見たら人も集まってくるだろう。


「まーたエリヒオ様が怒ってるよ……」

「しかも相手はまたヴェルナー様だぜ?」

「嫉妬でしょ。ほんと情けないわね」


怒り狂うエリヒオ本人には聞こえていないようだが、ノーラには群衆の声がしっかりと聞こえていた。

これは珍しい光景ではないらしい。

日常茶飯事ならまあいいか……と見逃したくもなるのだが。


一点、ノーラには異を唱えたい点があって。

彼女は無意識のうちに一歩を踏み出していた。


「あの、ヴェルナー様の性格は悪くありません」


「……へ?」


急に口を挟んできたノーラに、エリヒオは素っ頓狂な声を上げた。

まさか公爵令息の自分に口出ししてくる者がいるとは。

まったく想定していない事態に対して、エリヒオは戸惑いを隠せない。


「おい、ノーラ。何を……」


「ヴェルナー様はたぶん優しいです。普段はきつい口調だけど、ちゃんと相手を気遣えるし、相手のことを思って行動しています。少なくとも人に暴言を吐くような人よりは、ずっとずっと優しいです」


「は、は? なんだお前、僕に意見するのか? ああ、なるほど……お前もこいつの信者だな。本当に困るよ、見た目でしか男を判断できないアホ女は」


「わたしは今、性格の話をしたんです。外見の話はしていません。アホはあなたの方ですよね」


「はあっ!?」


エリヒオに真向から喧嘩を売るノーラに、見物人たちは目を丸くしていた。

そして罵倒を受けているヴェルナー自身、ノーラの反応が意外すぎて止めるのが遅れてしまった。


「ま、待て。おい貴様、エリヒオに関わるのはよせ。さっさと寮に帰れ」


「帰りません。わたし、この人のこと嫌いです。ヴェルナー様を悪く言われるのが嫌です」


「お前……ノーラとか言ったな? 僕に喧嘩を売っておいて、どうなるかわかってるんだろうな!?」


「わたしはすでにどうにかなってます……失う物も特にありません! とりあえずヴェルナー様への批判を撤回してもらえますか?」


普段の自分ならビクビクしてまったく動けないはずなのに。

どうして自分がこんなにヒートアップしているのか。

ノーラとしてもわからなかった。

こんなに怒ったのはヘルミーネと喧嘩した幼少期以来だし、怒りの鎮め方も忘れてしまった。


「ヴェルナーが賤しい存在なのは事実だ! そして、こいつを信奉するお前も卑賎な身だな!? どうせお前、僕より家格が低いんだろ?」


「この野郎……! 身分を振りかざすことしかできないヒスとうもろこし野郎! 人を傷つけるようなことを言うな、このクズ! 言っていいこととよくないこと、少ない頭で考えろや! 頭ん中施工したろか!?」


「なっ……なんて言葉づかいが悪いんだ!? お、お、お前の方こそ人を傷つけるような言葉を使うなっ!」


収拾がつかない。

聞いたこともないノーラの暴言に、ヴェルナーも頭を抱えていた。

こうなるのならもっと早く二人を止めるべきだったと。


「――はい、そこまで」


パン。

ひとつ、手を打ち付ける音が響く。

瞬間、辺りは水を打ったように静まりかえった。

面白そうに喧嘩を眺めていたギャラリーもそそくさと闇に消えていく。


単純な警告ではなく、絶対的な命令のように感じられた。

声の主……ペートルス・ウィガナックがにこやかに夕闇から姿を現す。


「なかなか面白い喧嘩だったよ。でも、これ以上騒ぎを大きくはできないからね。ノーラの暴言の才能が光り、それに負けじとエリヒオも応戦していた。ここが学園でなければ、ずっと眺めていたかったなぁ」


「ペ、ペ、ペ、ペッ……」


「ペートルスっ!? ち、違うんだ、これは喧嘩じゃなくて……対談だ。建設的な話し合いだ」


「ははっ。だとしても、声を荒げて対談をするのは無作法というものだね」


ノーラはもちろん、エリヒオも顔面を蒼白にしていた。

同じ公爵令息といえども、実家の規模やカリスマ、能力や頭脳に至るまで……あらゆる点においてペートルスの方が圧倒的に上。

さしものエリヒオも彼には強く出られないようだ。


「ノーラ」


「ひゃいっ!?」


「ちょっとお口が悪い。気をつけてね」


「は、ははは、はいっ!」


今日もペートルス様の笑顔は怖い。

たぶん彼は本当に怒っていないし、ノーラのことはどうでもいいと思っている。

だから簡単な忠告で済んでいるのだ。


「さて、エリヒオ。あとヴェルナーも。ちょっと話をしようか。僕の部屋に来てもらえる?」


「チッ……」


「ぼ、僕は悪くない! こいつらが……」


「こいつらが悪い。なるほど、君の言い分はよくわかった。では、正当性のある理由を聞かせてもらおうか。さあ、行こう」


有無を言わさぬ態度を受け、エリヒオは項垂れてペートルスに従った。

ヴェルナーも面倒そうにしているが、彼は悪くないので怒られることはないだろう。

ペートルスは去り際にノーラの方を振り返った。


「おやすみ、ノーラ。今日のことは忘れてゆっくり寝るといい」


「は、はい……おやすみなさい……」


やらかした。

ペートルスとヴェルナーのみならず、その他生徒たちからの印象も悪くなったに違いない。

貴族学園でこんなに暴言を吐いてしまったら、噂はたちまちのうちに広がるだろうし……もう友達なんでできない。


半ば放心状態のノーラ。

彼女はふらつく足取りで寮に帰った。

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