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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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特殊な方

ランドルフと離縁しても、特にエレオノーラの日常は変わらない。

孤独に次ぐ孤独と、光明のない未来。

呪いに罹ったあの日から、彼女は世界と隔絶されて――


「こんにちは、レディ・エレオノーラ」


「ひゃあ!?」


――急に声がして、エレオノーラは筆を取り落とした。

庭の地面に落下していく筆を白い手が受け止める。


「邪魔をして悪いね。これは……庭を描いているのか。絵を描くのが趣味なのかな?」


いつしかエレオノーラのそばに立っていた少年……ペートルスはカンバスを覗いて尋ねた。

彼は緑色の絵具が付着した絵筆をエレオノーラに手渡そうとするが、エレオノーラは手をわなわなと震わせて動かない。


「ど、どどっ……」


「ど?」


「どこかかっ?」


「ああ、どこから入ってきたのかって? イアリズ伯爵家の塀をこう……上手いこと飛び越えて。こっちの離れの方は守衛がいないから、すごく侵入しやすいね」


塀を飛び越えて……というものの、伯爵家を囲う塀はかなり高い。

木によじ登ったとしても超えられないはずだ。


ペートルスが言ったように、離れに守衛がいないというのは事実。

そもそも離れを警備するほど、エレオノーラには価値がない。

たとえ伯爵家に金目当ての侵入者があったとしても、こんな古ぼけた場所を狙う者などいないだろう。


「ま、また……来たんですか?」


「うん。また来るって言ったからね」


「は、はぁ……どうしてこんなところに来るのですか」


「ははっ、そうだね。近づいてはいけないと言われる『呪われ姫』に興味を持つなんて、僕は変わっているのかもしれない」


そう言ってペートルスは庭を歩き始める。

得体の知れない侵入者を不気味に感じつつも、人が近くにいて自分に話しかけてくれるという感覚に、エレオノーラは奇妙な浮遊感を覚えていた。


「雑草がすごい。庭の手入れはしてないのかな?」


「えっと。最初は、しっかり除草してました。でも……めんどくせーからやめました。い、今はこの木の周りだけ、手入れすることにしています」


「そっか。僕が炎か草の魔法を使えたら、一瞬で除草できるんだけどな。どれ、少しずつ雑草を抜いていこうか。君はそのまま絵を描いてて」


「え、ええっ!? い、い、いえ、大丈夫です!

 ちょっと荒れている(きたねぇ)方が風情があるので!」


「うーん……わかった。貴女がそう言うならやめておこう」


先程から出てくるエレオノーラの独特な言葉づかいも、ペートルスは咎める様子がない。

彼の目的は不明。

帰ってくれる気配もないので、エレオノーラは絵描きを再開して現実逃避に耽ることに。


いま描いているのは庭の風景だ。

というかエレオノーラは庭しか描いたことがない。

おかげで同じような絵画が積み重なっていく始末だ。


「……あの木。枝の先に何か引っかかっているね。帽子?」


ペートルスの声に顔を上げ、エレオノーラは筆を止めた。

彼女が描いているカンバスには大きな木が中心に描かれ、その周囲に雑草の生い茂った庭がある。

そして写生対象の木の枝に、くたびれたストローハットが引っかかっていた。


「この前……風に飛ばされて、引っ掛かりました。最近は、日差しが強いので、帽子がないと少し困ります……」


今こうして庭に出ている間も、若干日が強い。

これからますます気温が上がっていくので、なんとか帽子を取り返す方法を模索したのだが……かなり高いところに引っ掛かってしまって取れない。

樹齢十年を超える木の高さは伊達ではなかった。


「……少し音がするよ。気をつけて」


ペートルスはそう言うと、木に向かって片手をかざす。

瞬間――何かが庭を駆けた。

バリバリと裂くような音が生じ、それが急速に木へと迫り……そして帽子が引っかかった枝の付近で爆ぜた。

バチンと爆ぜた音から衝撃波が生まれ、帽子が宙を舞う。


ペートルスはふわりと落ちてくる帽子を掴み、エレオノーラに渡した。


「はい、どうぞ」


「ありがとう、ございます……? い、今のは?」


「ちょっとしたおまじないさ。音にまつわる、ね」


「音の魔術ってこと?」


「いや、魔術とは少し異なるんだ。まあ……そういう能力だよ」


ペートルスは歯切れ悪く答えた。

大きな音に少し驚いたが、とにかく帽子が手元に戻ってきて嬉しい。

これで庭に出るのも億劫ではなくなる。

いつまでも屋内に籠もっていると憂鬱になるので、エレオノーラはたまに庭へ出て運動もしていた。


「帽子がそれしかないなら、今度僕が買ってこようか? ついでにドレスや靴なんかも」


「へぇっ!? い、いえ、いえ……だだじょうぶです。

 そんな見ず知らずの方(得体の知れないやつ)に物を買っていただくなんて」


「遠慮しなくてもいいんだよ。僕が個人的に君に興味を持っているだけだからね。他意はない」


「…………」


ムズムズする。

それがエレオノーラの率直な感想だった。


自分は価値のない人間だと知っている。

自分は化け物と呼ばれるに相応しい人間だと知っている。

だからこそ、このペートルスという少年の態度が理解できなかった。


「あなたは……わたしが、怖くないんですか。どうして、わたしに近づくのですか」


この際、正直に聞いてみることにした。

誰かと話をできるのは新鮮で、少しだけ嬉しいけれど。

それだけにペートルスが目的を果たしたとき、ぱたりと来なくなってしまう可能性を考えると……彼の目的は知っておきたいのだ。

彼が二度とここに来なくなる瞬間を把握しておきたいから。


ペートルスは問いを受けて、しばし考え込んだ。

しばし経ち、彼の語った目的はこうだ。


「こう言っては聞こえが悪いかもしれないけど、興味本位だよ」


ああ、やはり。

彼もまた『同じ』だ。

興味本位で『呪われ姫』を見にくる人間たちと同じだった。

まるで檻の中にいる獣でも見るかのように……多くの人間がエレオノーラを見て、そして逃げ出していった。


「姿を見た者は誰もが畏怖するという『呪われ姫』……僕もどれだけ恐怖できるのか、会う前はすごく楽しみにしていたんだ」


「…………ん?」


「いったいどれだけ僕の心臓を締めつけてくれるのか、体を震わせてくれるのか……近づいたら失神してしまうかもしれない……! 想像しただけでも興奮が止まらなかった……」


「あの」


「だが、実際に会ってみると違った。別に本能的な恐怖は感じないし、多少の重圧がかかる程度。『呪われ姫』もこの程度か……と落胆すると同時に、気がついたことがあったんだ」


「……はあ」


「レディ・エレオノーラ。君に近づくと、すごくドキドキするんだ。これはきっと呪いによるものだと思うんだけど、常人が感じる『凄まじい恐怖』が、僕にとっては『ほどよい刺激』になっているんじゃないかと」


「で?」


「君のそばでしか得られない昂ぶりが、かなりクセになってしまってね。こうしてまた会いにきたというわけだ。そして、許されるのなら今後も君にお会いしたい」


「えぇ……」


要するに、ペートルスは。


「恐怖を感じたい特殊な方(へんたい)?」

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