それは男女の怪しげな
講義終了後、ペートルスに研究の方針を尋ねてみる。
「ノーラの研究……か。やはり目に関する文献や伝承を集めるのが得策じゃないかな。呪いの考察に関しては、すでにルートラ公爵家にいたころに学者に調べてもらっただろう? 公爵家では調べられなかった情報を学園で集めること。それが肝要だね」
「そうですよね。目についての文献……ってことは生物学? ううん、医学?」
「ニルフック学園の大図書館の蔵書は膨大だ。気になったものから手をつけていくといい。あとは理論だけじゃなくて、実践も大事かな」
「実践……?」
たとえばフリッツが星空の絶えない場所に行ったように。
ノーラも何か行動を起こさなくてはならない……ということだろうか。
ペートルスはおもむろにノーラの手を引き、窓際に引き寄せた。
瞬間、二人を白い布が包み込む。
「え、なんすか?」
カーテンだ。
ペートルスがカーテンを広げて自分とノーラを包み込んだ。
彼は声をひそめてノーラの耳元でささやく。
「……眼帯、取ってもらえる?」
「え、ええっ……!? そ、それは恥ずかしいですよ……!」
「いいから。ちょっとだけ」
「ちょっとだけ……ですか?」
「うん。最近ずっと見てないからさ。我慢できなくなったんだ」
こんなに迫られては仕方ない。
別に減るものでもないし、ペートルスには呪いが効かないし。
ノーラは躊躇いながらも眼帯に手を伸ばした。
◇◇◇◇
カーテンの裏で男女が何かをしている。
しかも怪しげな会話をしている。
二人の様子を見て、フリッツは震えた声を上げた。
「こ、これは……私たちは退散した方が?」
「ペー様が女遊びなんてするわけない……ってのが俺の持論だったんだけどな。ありゃ怪しいな。なあフリッツ、ちょっとカーテンめくってみてくれよ」
「い、嫌ですよ……! その……キス、とかしてたらどうするんですか?」
「くくっ。お前は発送が幼稚だなぁ。レビュティアーベ嬢はどうだ? あのカーテンの裏で何が起こってると思う?」
いきなり話を振られたエルメンヒルデは困惑した。
まさか公衆の面前でイチャイチャするほどノーラに度胸はないだろうし、ペートルスも非常識ではない。
それにペートルスとは恋仲ではない……とノーラから聞いていた。
「んー……わかんない。直接聞いてみたらいいんじゃないですか?」
カーテンの外側でも内側でも、みな小声で。
奇妙な静寂が場を支配していた。
マインラートは興味津々な様子でうごめくカーテンを眺めており、フリッツはそわそわしながら視線を背けている。
やがて退屈そうに壁に背を預けていた男が動きだす。
彼……ヴェルナーは雰囲気など気にしない性格で、今回も同様だった。
ペートルスとノーラが何かをしているカーテンに歩み寄り、無造作にカーテンを引っ張った。
「「……あ」」
瞬間……場が凍りつく。
それは決して、二人が邪なことをしていたからではない。
ノーラの露になった右の眸が、一同を射抜いたためであった。
しかも彼女はペートルスに頼まれ、呪いの強度を限界まで引き上げていた。
相手を極限まで畏怖させる右の瞳。
眼光は容赦なくカーテンの外側にいた生徒たちを貫く。
「っ……!? う、うわぁぁああっ!?」
最初に声を上げたのはマインラートだ。
先までの余裕は崩れ、彼は顔面を蒼白にして脱兎のごとく飛び出していく。
次いでフリッツが音を立てて椅子から滑り落ちる。
彼は白目を剥いて失神した。
まだ異変の波は終わらない。
カーテンの最も近くにいたヴェルナー。
彼はノーラの右目を視認するや否や、腰に下げていた剣を抜いている。
マインラートが逃げ出すよりも早く、フリッツが失神するよりも早く――彼の剣はノーラに対して鋭く振るわれていた。
「っ……!」
「危ないな。まあ、予想通りだから咎めはしないけど」
しかし、ペートルスの片手が彼の剣を受け止めている。
鋭利な刃を受け止める彼の指先からは一滴の血も滴らず、それどころか笑顔の表情も崩していない。
風にそよぐ柳のように、泰然自若としてそこに立っている。
「ノーラ、けがはない?」
「あ、はい……ありがとうございます。眼帯、します」
「ヴェルナー。剣を納めて」
「あ、あぁ……すまん。魔物が眼前に現れたのだと……体が勝手に認識して動いてしまった」
ばつの悪そうな顔をしてヴェルナーは剣を下げる。
彼の反応は悪意あってのことではない。
強いて言うならカーテンを勝手にめくった点に非はあるが、それを言うなら怪しげな動きをしていたペートルスとノーラも悪い。
ヴェルナーよりもノーラの目についたのは。
失神するフリッツの横に何事もなく座るエルメンヒルデの姿だった。
「あ、あれっ……? エルメンヒルデちゃん、大丈夫なの?」
「ん? なんか急に先輩たちが発狂したり失神したり、抜刀したり? 何があったの? 理解が追いつかないんだけど……」
偶然ノーラの右目を見ていなかった……というわけではあるまい。
たしかに彼女はノーラの顔を凝視していた。
「みんなの反応はこんな感じか。やはり恐怖耐性は人によって違うみたいだね。ほら、これが実践的な研究だ。僕以外にもノーラの呪いを恐れない人がいると判明しただろう?」
「――」
思わず絶句した。
もしかして今の一幕は、すべてペートルスの仕組んだものだったのか?
どこまでが予想通りだったのか、ノーラにはわからないけれど。
「……ペートルス様、いじわるです」
「ごめん、怖い思いをさせたね。でも……君の瞳はやっぱり綺麗だ。それは間違いない」
「この口上手」
「ははっ。耳が痛いなぁ」