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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第2章 入学
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己の呪いについて

今日の公爵家は慌ただしい。

冬休みに入ったペートルスが帰宅するらしく、使用人たちはいつも以上に気合が入っているように見えた。


公爵家の一角から庭園を眺める。

城の入り口ではペートルスを迎えるため、使用人たちが準備を進めていた。


「……こほん。エレオノーラ嬢、聞いているのですかな?」


上から声が降り注ぎ、エレオノーラはハッと視線を前に戻した。

見上げた先には厳つい表情をした壮年の男が立っている。

彼は公爵家に雇われた学者。

エレオノーラの呪いを研究するため、ルートラ公爵が用意した学者だ。


「あっすみません。聞いてません」


「まったく……あなたという方は。あなたがペートルス様の賓客でなければ怒鳴り散らしていたところです」


「注意力が欠陥していて申し訳ございません……」


口元を歪めて舌打ちする学者。

この男もエレオノーラの右目を見た際は、まるで子どものように泣いて逃げ出したのをしっている。

威張られてもあまり威厳がない。


「まあいいでしょう。ではもう一度説明しますがね、あなたの右目に付与されたソレは……呪いかどうかもわからんのです」


「はい。波動を測定したら、呪術よりも魔術に近しい結果が観測されたんですよね」


「そのとおり。前例のない事象ですからな、正体を断定することもできません。そもそもソレが呪術であれば、出力の調整などできんのです。呪術は人の思念より生ずるもので、特定の標的に対してしか発動できませんからな」


出力の調整。

エレオノーラは学者に命じられ、とある実験を行ったのだ。

それが『右目を動物に向ける』というもの。


恐怖を与える効果は例外なく動物にも適用される。

そこでエレオノーラは色々と試し、右目に魔力を流したり、なんとなく眼力を籠めたり、薄目にしたりしてみた。

結果として習得したのが……微弱な効果の変化だ。


少し意識を集中させることによって、対象に与える恐怖を微妙に増減させることに成功。

実験対象の動物を同一の個体に絞り、右目の効果を変化させた結果……力を弱めれば後退る程度で、強めれば全力で逃げ出すといった変化があった。

もちろん目前にいる学者で試しても同様の結果が得られ、力を強めたときには泡を吹いて失神した。


「わたしってなんなんでしょうね」


「それを詳らかに調べるために研究を重ねているのです。しかし、そろそろ手詰まりですな……あとはエレオノーラ嬢ご自身で発展させてもらうくらいしか、研究進展の余地はないやもしれません」


「そうですか……え、それってわたしの努力が必要ってことですよね?」


「何をおっしゃる。ご自分の力を紐解くためには、無論自助努力が必要でしょう。とにかくその力を毛嫌いせず、あらゆる可能性を試していくことです」


ド正論。

我が身の呪いをどうにかするには、しっかりと向き合わねばならないのだ。

このまま公爵家に居候していても暇なだけだし……それくらいはやってもいいか。


「さて、私はこれにて失礼しますぞ。公爵閣下に研究のご報告をしなければ」


「はい。本日もありがとうございました」


しかし不可解なのはルートラ公爵だ。

公爵とは初日以来顔を合わせていないものの、こうして間接的に呪いを調べるように命じられた。

いまいちあのご老人の目的がわからない。

彼もまた孫のペートルスと同じく、帝国の技術進展に貢献したいと思っているのだろうか。


 ◇◇◇◇


数刻後、帰宅したペートルス。

装いは茶色のチェスターコートとボーラーハット。

彼は防寒着を脱がずにエレオノーラのもとを訪れた。


「久しぶりだね、エレオノーラ。長らく見ないうちに髪型が変わったかな? また一段と綺麗になったね」


「……その言葉、久々に会った令嬢全員に言ってるんですよね」


「ははっ。たとえ誰に同じことを言っていても、それが嘘とは限らないだろう?」


(コイツ……)


使用人と雑談しているときに聞いた。

これがペートルスの処世術というか、投げやりな称賛というか。

事情を知らない令嬢ならコロッと堕ちるだろう。


「お元気そうで何よりだよ。あとで近況を教えてほしい。僕はとりあえずお爺様に帰還の報告をしてこないと」


「あっ、はい。あの……ペートルス様。今聞くことじゃないかもしれないんですけど、どうして公爵様は離宮から出てこないのでしょうか? この半年間、初日以外一度もお会いしていませんが」


エレオノーラの言葉に、ペートルスはわずかに沈黙した。

彼は一拍間を置いて口を開く。


「……それはね」


「はい」


「――お爺様がそうしたいから、だよ。それでは失礼」


はっきりとペートルスは言いきって踵を返す。

エレオノーラは釈然としない気持ちで、遠ざかる彼の背を見つめていた。

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