表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
25/216

消えた姫君

「本当に……誰もいないじゃないか……」


イアリズ伯爵邸、無人の離れでランドルフは立ち尽くした。

ヘルミーネがエレオノーラと帝都で遭遇したと聞いた彼は、まさかそんなわけあるかと離れを訪れた。

しかし実際に『呪われ姫』の監獄はもぬけの殻。

ヘルミーネは、それ見たことかと言わんばかりに声を張り上げた。


「ほらね、いないでしょ!? お姉様が帝都でペートルス様と歩いてたのよ!」


「そ、そうだな……だが、いつの間にエレオノーラは消えていたんだ? そんなこと俺たちに知らされてないし。そもそも呪いを持つあいつが、どうして外に出ているんだ?」


呪いある限りエレオノーラが人目に触れることはできない。

ヘルミーネ曰く……帝都で出会った姉は一切の威圧感なく、欠片も恐ろしい気配を感じなかったという。

まさかルートラ公爵令息がエレオノーラの呪いを消したとでも言うのだろうか。


「お姉様は呪いが消えたから外に出て遊んでるのよ。私たちに秘密にしてるなんて悪趣味ね」


「エレオノーラの呪いが消えたとすれば世紀の大発見だが……イアリズ伯爵がその事実を喧伝しない理由がわからないな。呪いが消えたのなら喜ばしいことじゃないか」


「お前たち! 何をしている!」


噂をすれば、イアリズ伯爵が血相を変えて走ってきた。

彼は息を切らして顔を紅潮させている。


「お父様! どうしてお姉様がペートルス様と一緒にいるのを教えてくれなかったの!?」


「っ……お前たちに教える必要はない。どこでそれを知った?」


「帝都でペートルス様と歩いてるお姉様に会ったのよ。それで……まあ、嫌な目にあったの。いったいどういうこと?」


ヘルミーネは歯切れ悪そうに言った。


「そうか……たしかにエレオノーラは別の家に移っている。しかし、その理由をお前たちに話すわけにはいかんのだ。もちろん他言も無用。エレオノーラがイアリズ伯爵家にいないことについては、王命に等しい箝口令が敷かれている。決して他家の者に言ってはならんぞ」


「はぁ? なんで……」


「ヘルミーネ。もういいじゃないか。あいつがイアリズ伯爵家からいなくなることは、お前も望んでいただろう? 素直に喜べ」


ランドルフの諫言のとおりだ。

むしろヘルミーネとしては、邪魔なエレオノーラが消えて喜ぶべきだった。

しかしそれ以上に、不可解なことが多すぎて……何よりペートルスと姉が一緒にいることが気に食わなかった。


「っ、もういい。わかったわ、誰にも言わなければいいんでしょ!?」


すねた態度でヘルミーネは本邸へ歩いていく。

そんな彼女の背を見つめて伯爵は嘆息した。


「……お義父様。ヘルミーネの口は俺が塞いでおきます。決して他言はさせないのでご安心を」


「ああ、悪いな。余計な詮索はしないでもらえると助かる」


「わかりました。どうしてエレオノーラが消えたのか、俺には皆目見当もつきませんが……お力になれることがあれば、いつでもお申しつけを」


ランドルフは労いの言葉をかけてヘルミーネを追っていく。

あのわがままな娘を任せておくにはちょうどいい男だが、彼もまたエレオノーラを暗殺を企てた候補の筆頭なのだ。

エレオノーラに対して一方的に婚約破棄を突きつけた男だし、安易に事情を話すわけにはいかない。


この一件はペートルスに報告しておくべきだろう。

エレオノーラが家から出ていることが広まってしまう可能性がある、とも。

人の口には戸が立てられない。

どれだけ厳重に箝口令を敷いたとしても、何かの拍子にバレてしまうものだ。


暗殺を誰が仕組んだのかは、いまだに明らかにならない。


「まったく……頭が痛い話だ」


 ◇◇◇◇


「もう……なんなの……!」


苛立ちを抑えきれず、ヘルミーネは居間を歩き回る。

最近は何もかもが思うようにいかない。

エレオノーラが名高いペートルスと一緒にいることも、媚びを売ったペートルスに叱責されたことも。

そのほかにも些細な苛立ちが募り、とにかく彼女は不満だった。


「忙しないわねえ。どうかしたの、ヘルミーネ?」


そんな彼女を見て、イアリズ伯爵夫人にして母のトマサが首を傾げた。

娘が喧しいのはいつものことだが、今日はなおさら。

夫人は髪飾りを編んでいた手を止めて動き回る娘に尋ねる。


「べ、別に。少し嫌なことがあっただけ。お母様には関係ないわ」


「あらまあ、悲しいわね。そんなこと言わないでちょうだい? あなたはたった一人、私の娘なんだから。なんでも相談していいのよ?」


「相談してどうにかなることじゃないの。ほんとになんでもないから、気にしないでよ」


「そう……あ、ヘルミーネ。いま髪飾りを編んでたのよ。あなたに似合うと思うんだけど、ちょっとつけてみてくれない?」


母の一言にヘルミーネは顔を上げた。

手先が器用な母は、よくドレスや装飾を自分の手で仕上げている。

新たな自分を飾る道具に、ヘルミーネの苛立ちは少し収まった。


「へぇ……どんな髪飾り? もうすぐ夜会だし、つけていこうかしら」


「ほら……これよ」


トマサが差し出したのは妖艶な雰囲気をもつ髪飾りだった。

真紅の花に、黒い羽を差したシンプルかつ目を惹く意匠だ。

一見すれば上出来な代物だが、髪飾りを手に取ったヘルミーネは不服そうに息を漏らした。


「ええ……なんか嫌な色合いだわ。もっと綺麗で薄い色合いがいいかも。ピンクとか、水色とか……あとキラキラした装飾ももっとほしいわね」


「あら、お気に召さない? でも意外と似合うかもしれないし、とりあえずつけてみて……」


「おい、ヘルミーネ。話がある」


髪飾りを娘につけようとした瞬間、不意に声が割り込んだ。

ランドルフが剣呑な視線で居間にやってきた。


「何よ? その話って今じゃなきゃいけないの?」


「ああ、今じゃなきゃいけない。先程の件についてと、次の夜会について。それと父上から婚約についてまとめるようにとも仰せつかった。……お義母様、ご歓談中のところ申し訳ありません」


「はぁ……ったく。お母様、また後でね」


「ええ、気にしないで。婚約者同士、仲よくなさいな」


ヘルミーネはまたもや不機嫌になり、ランドルフに手を引かれていく。

トマサは娘に拒絶された髪飾りをそっと懐にしまった。

ブックマークや評価をしてくださると励みになります!

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ