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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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あなたへ歌う想い(完)

エレオノーラは学園を卒業後、ルートラ公爵家に身を寄せていた。

公爵位を継いだペートルスは彼女を招致し、次なる課題に向けて共に取り組んでいる。

――邪器による寿命の回避。


「僕は邪器から解放され、十六年の寿命から逃れることができた。けれど、エレオノーラは違う」


ペートルスはいつになく真剣な表情で語る。


「残り四年だ。その間に、僕はなんとしても君を救う方法を見つけだす。君が卒業するまでの二年間でも、それなりに有益な情報は掴めたんだ。だから……」


だから、と。

言葉を継ごうとしたペートルスの口を、エレオノーラの指先がそっと塞いだ。


「だから、ペートルスは必ずわたしを救ってくれる。そんなこと、いちいち言わなくてもわかってるって。わたし自身、学園で邪法を研究して結構詳しくなったし……二人で協力すれば大丈夫!」


「ふふ、そうだね。僕と君に乗り越えられないものなんてない」


邪器の研究のために。

表向きはそういう理由で、ルートラ公爵家を訪れている。

しかしエレオノーラとしては、ペートルスと一緒にいる時間が欲しいというのが第一の理由だった。


「それで、邪器の研究の参考になりそうな文献を帝都から取り寄せたんだ。僕は史料を読み漁るから、エレオノーラは小説を読んでくれるかな?」


「おお、小説! ぜひぜひ!」


瞳を輝かせるエレオノーラ。

そんな彼女にペートルスは一冊の本を差し出した。


「君なら一日で読みきってしまいそうだ。読んでいて何かわからない箇所があれば、遠慮せずに……」


ペートルスは口を閉ざして笑った。

すでにエレオノーラは小説を読み始め、集中しきっているようだ。

風がそよぐ窓辺で本を読む彼女は、ペートルスの目にとても美しく映る。


「いつまでも彼女を眺めていたいが……そろそろ準備をしないとね」


ペートルスは静かに立ち上がって部屋の外に出た。

一方のエレオノーラは一人になったことにも気づかず、ひたすらに小説を読みふける。

自分の世界に入り込んだら、なかなか戻ってこられないのが彼女だ。


(特殊な力を持っている、寿命の限られた主人公……実際にいた歴史上の人物をモチーフにしてるんだね。この題材になった人物を探れば、もっと邪器のことがわかるかも)


そっと右目の瞼に触れる。

他者を畏怖させてしまう邪眼、けれどペートルスが好きだと言ってくれた邪眼。

正直に言えば愛着はある。

もしものときの武器としても、安心感を与えてくれる。


だが、いつかはお別れしなければならないだろう。


(わたしは……もっとみんなと生きたいから)


いつ死んでもいいと、そう思っていた。

死ぬときは死ぬ、仕方ないことだと諦めていた。

けれど今は違う。


明日を生きたい。

大切な人たちと一緒に未来を、何十年後も生きてみたい。



熱中して読むうちに、どれだけの時間が経ったのだろう。


「あれ……?」


視線を上げると、ペートルスの姿はなくなっていた。

ぱたりと本を閉じてエレオノーラは周囲を見渡す。


夢中になりすぎてしまったらしい。

時刻を確認しようとした瞬間、部屋の扉が開く。

トレイに紅茶を乗せたレオカディアが顔を見せた。


「エレオノーラ様。紅茶をお持ちしました」


「あっ、レオカディア様。ちょうどいいところに。ペートルスがどこに行ったか知りませんか?」


「ペートルス様ですか? 今は来客の歓待の準備をしていらっしゃいます」


来客。

客が来る予定など聞いていない。

はて、とエレオノーラは首を傾げた。


「お客様が来るんすか?」


「ええ、私も詳しいことは伺っておりませんが」


「ありがとうございます。せっかくお茶を持ってきてくれて申し訳ないんですけど、ちょっとペートルスに聞いてきます」


「かしこまりました。今は一階の大広間のあたりにいらっしゃるはずです」


エレオノーラは急ぎ足で城の一階へ向かった。



「お兄様。先程から菓子ばかり作っておられますが、少しは他の準備も進めてくださいな。醜く太りたいのなら止めはしませんが」


「すまない。けれど僕が菓子作りに凝るのは君の影響だよ、ノエリア。小さいころの君は僕のお手製の菓子が大好きだったじゃないか」


「いつまで昔の話をするんですの? どうやらまだ記憶に異常があるご様子。今一度エレオノーラ嬢に治してもらっては?」


「ははっ、相変わらず手厳しいなぁ」


いつもの調子で。

ノエリアが兄の悪態を吐き、ペートルスは軽く受け流している。

日常を微笑ましく思いながら、エレオノーラは二人の前に姿を見せた。


「ペートルス、ノエリア様。これは?」


ホイッパーを動かす手を止めて、ペートルスは視線を上げる。


「おや、もう読み終わったのかい? ご覧の通り、客を歓待する準備をしているのさ」


「お客様が来るっていうの、わたし聞いてないんだけど……」


「内緒にしておいた方がいいと思ってね。実は今日、クラスNの人たちが来ることになっているんだ。そろそろ着く頃合いかな」


「えっ……!?」


思わぬ朗報にエレオノーラは驚愕の声を上げた。

学園を卒業後、それぞれの道に進んだクラスNの生徒たち。

そんな彼らが今日は一同に集うという。


「まったくお兄様も意地の悪い。ほら……もう来てしまったではないですか、喧しいのが」


ノエリアが横目に窓の外を見ると、馬車から飛び出してくるエルメンヒルデとマインラートの姿が。

その後ろをゆっくりと歩いて追いかけるフリッツとヴェルナー。

懐かしい顔ぶれにエレオノーラの瞳が揺れる。

居ても立っても居られず、彼女は足を動かした。


「わたし、迎えに行ってきます!」


「おや、行ってしまった。ふふ、あんなに嬉しそうなエレオノーラの表情……やはり内緒にしていて正解だっただろう?」


「まあ、否定はできませんわね」


 ◇◇◇◇


「ノーラちゃーん! 会いたかったよー!!」


「うっ……く、苦しいってエルン」


合うや否やエルメンヒルデに抱きつかれる。

冷たい彼女の肌に触れ、エレオノーラは強引に彼女を引きはがした。


「会うのすっごく楽しみだったんだもん! ね、マインラート先輩?」


「俺はペー様と仕事の話をしに来ただけさ。ピルット嬢はまあ、ついでみたいな感じだ」


「うわ、ひっでぇな。マインラート様のこと嫌いになりそうです」


「冗談だよ、冗談。あんたに会うのも普通に楽しみだったぜ?」


マインラートはいたずらな笑みを浮かべた。

この男、相変わらず吐く言葉が本音なのかわかりづらい。

きっと本音だろう……とエレオノーラは勝手に思い込むことにした。


少し遅れて後ろからやってきた二人組。

フリッツとヴェルナーは苦笑まじりの表情を浮かべていた。


「愉快な人たちですね。あの日々を思い出します」


「喧しいの間違いだろう。嫌いな雰囲気ではないがな」


彼らの顔を見ると安心する。

あのころと何も変わっていないような、けれど少しだけ成長したような。

懐かしさの中に新たな輝きが宿っている。


「こうして皆さまと会えて嬉しいです! 元気そうで何より!」


「元気そうに見えるか? 最近は仕事が忙しくて意外と疲れてるんだぜ?」


「それなら、ここで疲れを癒していくといい。たくさん料理を作って、もてなしの準備をさせてもらったよ」


広間の奥から、エプロンに身を包んだペートルスがやってきた。

彼の姿を見たヴェルナーは困惑の声を漏らす。


「なんだ、その服装は。今のお前は給仕人でもしているのか?」


「ただの趣味さ。今日はみんなのために食事を作ったんだ。自分の家だと思ってくつろいでほしい」


「ペートルス卿の手製の料理……!? それは楽しみです」


瞳を輝かせるフリッツ。

何をしても完璧で多芸なペートルスだけに、期待が膨らむ。


「そういえば、手紙に書いてあったけど。ノーラちゃんは毎日ペートルス先輩の料理を食べてるんでしょ? 羨ましいなー!」


「い、いや毎日ってわけじゃ……ペートルスも暇じゃないし」


「へぇ……そりゃもうアレだな。やっぱりピルット嬢はペー様の愛人で間違いないな?」


「へ、変なこと言わないでくださいマインラート様! キレますよ!?」


顔を紅潮させるエレオノーラに、マインラートがからかうような視線を飛ばす。

その後ろから、ペートルスがそっとエレオノーラの首に手を回した。


「愛人では言葉足らずだね。僕とエレオノーラは、もっと親しい間柄だろう?」


「うぇっ!? それは、そのぉ……」


言葉に詰まるエレオノーラ。

マインラートはひゅうと口笛を吹いた。

その後ろではエルメンヒルデがにやけ、フリッツが苦々しい表情を浮かべている。


そんなもどかしい雰囲気を叩き切るように。


「おい、そんなことはどうでもいい。腹が減ったから早く案内しろ」


ヴェルナーが鋭い視線をペートルスに飛ばした。

心なしか彼の声色が冷たい。


ペートルスはそっとエレオノーラから離れ、一同の顔を見渡した。


「みんな、本当にありがとう。こうしてまた集まれたことに感謝して……そして、これからも僕たちの絆が途切れないことを祈って。祝杯を挙げようじゃないか」


「よっしゃ! わたし、今日はたくさん飲みますよー!」


それぞれの顔に笑顔が灯る。

この絆は不滅だ。

どれだけ離れても、時間が経っても。



『呪い』は『祝福』へと変わり。

今、エレオノーラは数多の幸福を手にしている。


籠から抜け出し、勇気を持って。

呪われた姫は、愛される姫に。

これからも幸福を歌い続けるだろう。



これは歴史の一頁。

少女が紡いだ愛の物語。

呪われ姫の絶唱――完結

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