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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
215/216

月日とともに

何度も何度も、身だしなみを確認するエリヒオ。

ネクタイが曲がっていないか、裾はほつれていないか、髪は乱れていないか。


馬車の中でしきりに鏡を見て確かめていた。


「……埃が肩についている」


そんな彼の後ろから。

無骨な指先が伸び、肩の埃を払い落とした。


義兄ヴェルナーを見上げ、エリヒオは眉間にしわを寄せる。


「あ、後で落とす予定だったんだ。とっくに気づいていたさ」


「そうか」


「だがまあ……指摘してくれた点については礼を言おう。よくやった」


素直ではない弟の態度に、ヴェルナーは特に反応しなかった。

いつものことだ。

これが兄のみに向けられた態度であれば構わないのだが……他の者にも向くとなれば話は別だ。


「いいか、エリヒオ。これから会うのは名高き騎士の家系、ネドログ伯爵家だ。決して粗相がないようにな」


「ふん、わかってる。昔みたいに癇癪を起こす僕じゃないさ」


次期テュディス公爵として。

エリヒオはヴェルナーの補佐のもと、各地を巡って経験を積んでいた。

まだまだ未熟なエリヒオだが、ヴェルナーとテュディス公はじっくりと彼を育成するつもりだ。


身だしなみを確認したエリヒオとヴェルナーは馬車を降りる。

ネドログ伯爵家の前では、対談の相手となる伯爵……ランドルフ・テュルワが立っていた。

隣にはネドログ伯爵夫人ヘルミーネの姿もある。


エリヒオはにこやかな笑みを張りつけ、ぎこちなく一礼した。


「ごきげんよう、ネドログ伯爵夫妻。テュディス公爵令息のエリヒオ・ノーセナックです」


「お久しぶりです、テュディス公爵令息。前回にお会いしたのは一年ほど前でしょうか。また一段と逞しくなられたご様子で」


ランドルフは心にもない世辞を述べて握手を交わした。

しかしエリヒオは空言にも気分を高揚させ、さらに笑みを濃く浮かべる。


「いえいえ! ネドログ伯爵も相変わらず勇ましい。さすがは騎士の家系、ロドゥラグ騎士学校出身の御仁ですね!」


「身に余るお言葉です。さあ、中へどうぞ」


屋敷の中へ入り、応接間へ。

エリヒオとネドログ伯爵夫妻が向かい合う形で座り、ヴェルナーはその後ろに立つ。

あくまでヴェルナーはエリヒオの補佐という立場を取り、テュディス公爵家の人間としては振る舞うつもりはなかった。


使用人が紅茶と茶菓子を置く。

紅茶から立ち昇る煙を眺めつつ、ランドルフは切り出した。


「まずは軽い世間話でもしましょうか。テュディス公爵令息は学園を卒業後、いかがお過ごしでしょうか」


「今は経験を積むため、こうして色々な家の方と関係を築いています。いやはや、貴族の付き合いというのは大変ですねぇ」


ニルフック学園では悪評高かったエリヒオ。

今も完全に悪評が拭えたわけではないが、彼の努力を認める者も増えつつある。


「それで、ネドログ伯爵家はどうです? 何かお困りごとなどありませんか? 困ったことがあれば、テュディス公爵家が惜しみなく助力しますよ!」


「ふむ……経営に産業、人材の育成。特に困ったことはありませんね。ですがお気持ちは嬉しく思います。今後とも助け合って参りましょう」


「ええ、ぜひ! グラン帝国のために協力していきましょう!」


美辞麗句の並べられた会話。

ヴェルナーは無心で、ヘルミーネは退屈そうに二人の会話を聞いていた。

貴族にとっては大事な対談だ。

退屈だが邪魔をするわけにはいかない。


そういえば……とランドルフは顔を上げてヴェルナーを見た。


「そうだ。話は変わるのですが、ヴェルナー卿。お手紙は確認されていますか?」


「……手紙?」


「はい。妻の姉、エレオノーラからヴェルナー卿に手紙を送ったらしいのですが……一か月近く返事がないと」


「最近はもっぱらエリヒオの付き添いで外出していたからな。手紙は確認していない。一報賜り感謝する」


エレオノーラ。

その名を聞いた瞬間、エリヒオの眉が上がる。


「あの青い女か……ヴェルナー、まだあの女と付き合ってるのか? 暴言が移るぞ」


これは失言だ。

ヴェルナーはすかさずエリヒオの言を諫めようとしたが……彼よりも先に口を開いたのはヘルミーネだった。


「なんですって? 今、お姉様を馬鹿にしたわ……しましたね?」


「ああ、いえ……事実を申しただけですので。実際、彼女はいささか礼節に欠けているでしょう? 僕が言うのもおかしな話ですが」


「そんなことないわよ! あの良さがわからないなんて、目が節穴じゃないの?」


「なっ……!?」


まずい。

ランドルフはヴェルナーと視線を合わせた後、慌てて立ち上がる。

事態は一触即発。

ここは早急な対処が必要だ。


「ヘルミーネ。お前が姉を好きなのはわかったから、少し静かにしていてくれ。無礼だぞ」


「嫌よ! このまま黙っていることなんてできないわ!」


制止するランドルフの手を払い、ヘルミーネは身を乗り出す。


「ぼ、僕は事実を言っただけだろうが! 第一、あの青い女は僕に対してとんでもない暴言を吐いたんだぞ? 『身分を振りかざすことしかできないヒスとうもろこし野郎』って……今でも覚えてるんだからな!?」


「そんなの、あなたに原因があるからに決まってるじゃない! お姉様は普通の人には暴言を吐かないもの!」


「はぁ!? お、お前っ……無礼だぞ!」


「少し黙れ。エリヒオ、癇癪を起こさないと言ったのを忘れたか?」


そのとき。

鋭く刺すような剣気がエリヒオの後方で発された。


ヴェルナーの気配に、エリヒオは背中に冷や汗をかいて振り返った。

露骨な苛立ちを湛えて佇む兄。

これ以上怒らせると本当にまずいことになる。

エリヒオの癇癪など、ヴェルナーの怒りに比べればかわいいものだ。


「こ、こほん。いえ……すみません、夫人。姉君を悪く言うつもりはなくてですね……ええ、昔の記憶を思い出して心にもないことを言ってしまったのです。申し訳ございません」


「……別に、そこまで怒っていませんが」


「僕が全面的に悪いです。今やエレオノーラ様……『呪われ姫』も帝国の偉人。僕のような者が侮蔑するなど許されません」


本音で言えば、まだエリヒオはエレオノーラが気に食わない。

貴族のくせに言葉づかいが荒いし、率直にものを言ってくる態度が怖い。

それでも成し遂げた偉業は認めなければならないだろう。


「せっかくですから……夫人の感じるエレオノーラ様の良さ、僕に教えていただけませんか?」


「……! ええ、もちろんですわ!」


ヘルミーネは笑顔を咲かせて話し始めた。

どうやら丸く収まったらしい。

ヴェルナーとランドルフは安堵しつつ、ヘルミーネの語りに耳を傾けた。

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