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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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命の花

エルメンヒルデは箒を掃く手を止めた。

そろそろ中庭の落ち葉がすべて掃けた頃合い。

集めた落ち葉を炎の巫術で燃やし、一仕事を終える。


学園を卒業後、彼女は巫女長として勤め続けている。

今春に卒業したばかりで『自分の進路は本当に正しいのか……』と悩む生徒も多いなか、エルメンヒルデは一切の迷いなく巫女長継続の意を示した。

来たるべき日が来るまで、シュログリ教のために歩みを止めるつもりはない。


「失礼。本日の聖火点灯が終わりました」


ぬるりと地面から這い出た黒髪の式神。

彼は主たるエルメンヒルデに雑務の終了を報告する。


「次グ為事 絶無

 んー……うん、特に次の仕事はないかな。休んでいいよ、黒いの」


「承知しました。いやしかし、そろそろ『黒いの』だの『お前』だの呼ぶのはやめていただけませんか。聞きましたか? エレオノーラ様の式神はすでに呼び名を与えられて二年以上が経つそうですよ」


「不要 吾等標ノ銘 即無稽

 まあでも、それでモチベが上がるなら名前で呼んでやってもいいよ。呼ばれたい名前、明日までに考えといてねぇ」


「明日までとは。なんとも情のない……」


名前をなんだと思っているのか……と式神は肩を落とした。

エルメンヒルデとしては『式神はあくまで道具』という観念が強く、自分もまた道具のひとつだと思っているので。

必要性があれば名前は付与する、というスタンス。

事実、昔の『あしら』なる名前は胸の奥底に秘め、主の死後ついぞ使われることはなかった。


「ちなみに、ノーラちゃんの式神の名前は何になったの?」


「『たまご』」


「…………不憫」


 ◇◇◇◇


大神殿から少し馬車を走らせたところに、墓の並び立つ地がある。

静謐な墓地にエルメンヒルデは一人訪れた。


彼女の両手に抱えられた花束。

炎を想起させる真紅の花に、清廉なる白い花。

墓地の奥まった場所に、人目につかない森がある。

その森のさらに奥へ立ち入り……彼女は無銘の墓前に立った。


この土の下にエルメンヒルデ・レビュティアーベが眠っている。

毎年、主の命日には献花を欠かさない。


「主、あなたと別れて何年が経ったでしょうか。私は今もシュログリ教のため、魂を捧げています」


花束を抱えたまま墓前に立つ。

じっと墓を見据え、彼女は起伏のない声で言った。


「ヒトらしく振る舞うことにも慣れました。ヒトのことばを使うことにも慣れました。私はきっと……あなたの代わりを、誰よりも相応しく遂行できているはずです」


エルメンヒルデは死んでいない。

でなければ、今の泰平の帝国はなかったのだから。


屈みこみ、そっと花束を捧げる。

木々の合間を抜けて拭いた風が花弁を揺らした。


「主以外にも、かけがえのないヒトができました。生きることが楽しいと思っているのかもしれません。未だ焔は燃え尽きず……また参ります」


踵を返して彼女は森の出口へ向かう。

普段なら墓地へ戻り、帰りの馬車にまっすぐ向かうのだが。

覚えのある気配を感じ取り、そちらへ足を運ぶ。


血の匂い。

虚しさの匂い。

『罪』が漂っている。


墓の前に座り込む少女を見て、エルメンヒルデは勢いよく飛び出した。


「やっほー!」


「うわぁあっ!? び、びっくりしたぁ……」


少女……イトゥカは反射的に構えたナイフをそっと降ろした。

墓の裏からひょこりと顔を出したエルメンヒルデを見て、高鳴る鼓動が徐々に収まっていく。


「シュログリ教の巫女長……こんなとこで何してんの?」


「巫女が墓地に来て悪い? そのお墓もエルンがたまに掃除してあげてるんだよー」


「そ、そうなんだ。ありがと……」


歯切れ悪くイトゥカは礼を伝えた。

墓にはミクラーシュとペイルラギの名が刻まれている。

悪しきルートラ公を討ち取った影の英雄。

表舞台には決して出ることのない犠牲者だ。


「お墓参り、ちゃんとやってるんだねぇ。このお墓、定期的に手入れされてるのを見るよ」


「当たり前だよ。たった二人の……大切な、」


――大切な家族だった。

イトゥカは吐こうとした言葉を直前で引っ込める。


自分は殺し屋だ。

多くの無辜の人の命を奪ってきた。

そんな自分に家族がどうとか、言う資格など微塵もない。

これもまたミクラーシュからの教えだ。


それに……今、目の前にいるエルメンヒルデは。

数年前、山深くの社で神職を惨殺したことを忘れていないだろう。

きっとイトゥカに深い憎悪を抱えているはずだ。

そんな彼女の心情を察したようにエルメンヒルデは口を開く。


「家族でしょ。家族だった」


「ち、違う……殺し屋は孤独なんだよ。あたしは今も人を殺して金を稼いでる。足なんて死ぬまで洗わない。そんなあたしが、人とのつながりとか気にするわけないし……」


「ふーん。まあ、どうでもいいけど。生死不定もまたヒトの機能のひとつ。命を奪い合うように設計されてるんだから、そういう職業があるのも仕方ないよねぇ」


イトゥカは目を丸くした。

まるで平常、言葉の節に憎悪も怒りも籠もっていない。


「あたしのこと……嫌いじゃないの?」


「別になんとも思ってないよー。きっと怒るのが正解なんだろうけど、エルンはヒトの命に価値はつけたくないんだ」


主以外の死は悲しまない。

どんなに親しいヒトの死でも、できるだけ悲しみたくない。

死の悲哀は生涯にて唯一。


エルメンヒルデの屈折した価値観を聞いたイトゥカは、複雑な表情を浮かべる。


「……ルートラ公に殺されるのは覚悟の内だった。先生もペイルラギも、きっと覚悟してたはずだから。悲しむのは失礼なんだよ」


「そう。じゃあ……エルンとあなたは、少し似た者同士かもしれないね」


「ううん、違うよ。あたしは影の下、あんたは神の下。向かうべき場所が違うから」


地を蹴って立ち上がったイトゥカ。

彼女はからかうように舌を出す。


「せいぜい神様に身を捧げて死んでいきなよ。あたしは最後まで、自分のために命を捧げて死ぬからさ」


「……」


去りゆく影の世界の住人を、エルメンヒルデは黙して見送った。

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