絆の音色
二年後。
皇城では諸侯を招き、晩餐会が開かれていた。
礼服に身を包んだマインラートは、気だるげに城の廊下を歩く。
しかし曲がり角で遭遇した人物を見て彼は相好を崩す。
「よお、アリアドナじゃないか。晩餐会はいいのかよ?」
「んー? 子爵家のウチが馴染める場所じゃないっしょ。まあ、適当に魔法人形動かして雑用よ。いつも通りの仕事ってワケ」
「へー……お前らしいっちゃお前らしいが。何年間も同じ仕事してて、よく飽きねぇよな」
「そういうマインラート卿こそ。いまだに貴族連中に媚びへつらって、宰相の息子として扱き使われてるよね。今日もあいさつ回りで大変そうだったし」
お互い、変わっていないように見える。
相変わらずマインラートは浮ついているし、アリアドナは気だるげだし。
それでも腹の底に抱えた『何か』が変わっていることは薄々感じ取っているのだ。
「俺も学園を卒業して一年しか経ってないしな。ここからが本番ってことさ」
「ふーん。マインラート卿が民に向けた社会保険を整備しようとして、いろんな貴族と口論してるって話はよく聞くけど。大変そうだねー」
「敵を排除するにも味方が必要だからな。今は一から土台を作り直してるところだ。しかし、このクソみたいな帝国を変えるのは容易なことじゃ……」
……と、途中でマインラートは口を閉ざした。
彼の視線の先、アリアドナの背後から歩いてきたラインホルトを見て。
咄嗟に道を開けたアリアドナ。
ラインホルトの隣には宮廷魔術師に就職したフリッツの姿もあった。
ラインホルトは二人を一瞥し尋ねる。
「マインラート、アリアドナ。デニスを見なかったか?」
「いや、見てませんね。宮廷魔術師フリッツさんの予知能力でも使って、居場所を特定できないもんですかね?」
意地の悪い笑みを浮かべてマインラートはフリッツを見た。
制服に身を包んだフリッツは目頭を押さえて嘆息する。
「私の予知が役に立たないことはマインラートが一番知っているでしょうに……からかうのはやめてください」
「悪い悪い。デニス殿下なら、この後始まる演奏会に向かったんじゃないですかね。あの方、音楽好きですし」
「そうか。感謝する」
ラインホルトは短く礼を残し、歩みを再開する。
そんな彼を慌ててフリッツも追おうとするが……ラインホルトは振り返って告げた。
「フリッツ。せっかくの機会だ、お前も旧交を温めるといい」
「いえ、しかし……」
「命令だ。マインラートに構ってやれ」
「かしこまりました」
命令と言われては仕方ない。
他にもお付きの護衛はいることだし、ラインホルトと離れても問題ないだろう。
フリッツは深々と礼をして、演奏会の会場に向かうラインホルトを見送った。
壁際にじっと佇んでいたアリアドナは重圧から解き放たれたように、深いため息を吐いた。
「はー怖かった。でも……ラインホルト殿下も昔と比べたら丸くなったよね。臣下を気遣える程度には」
「そうだな。デニス殿下に絆された……って言っちゃ聞こえは悪いが、昔みたいな厳格さはなくなった。ちょうどいい塩梅だな」
マインラートとしては扱いやすくなって何よりだ。
帝国の未来を左右するのは自分だ。
いまだにマインラートは信念を捨てていない。
だから、彼にとってはこの皇城が戦場だ。
そして隣に立つ友たちは安定した精神の支柱になっている。
「殿下は旧交を温めろと仰せですが……特にマインラートと話すようなことはありませんね。アリアドナ嬢とは魔術の知見を交換したいですが」
「寂しいこと言うなって。酒でも飲みながら学生時代の話をしようぜ」
「いいねいいね。あんたらが通ってた……クラスNだっけ? 小難しい話より、そこらへんの思い出話とか聞きたいわ」
「そうですね……たまにはそんな話も悪くない。そこのテラスに座りましょう。お酒を持ってきます」
外のテラス席にマインラートとアリアドナは座る。
少し遅れて晩餐会の会場からワインを持ってきたフリッツも着席。
涼しい夜風を浴びながら、グラスに注がれたワインを呷る。
同時、皇城から美しい音色が流れ始めた。
どうやら楽団の演奏が始まったらしい。
「心地よい音色です。このピアノの旋律はデニス殿下のものに違いありません」
「デニス殿下……最近はピアノの練習ばっかりだもんなぁ。『エレオノーラさんの歌、ペートルスのバイオリンに釣り合う演奏をするんです!』ってな」
マインラートは困ったように愚痴をこぼした。
近ごろのデニスは音楽に傾倒しがちだ。
熱心なのはいいことなのだが、学園も卒業したのだし趣味もほどほどにしてほしい……というのがマインラートの本音。
「そういやあの二人、もうすぐ城に来るんだっけ? 最近ウチ宛てに近況報告の手紙が届いたよ」
「ええ。久しぶりに会えますね……楽しみです」
「聞いた話じゃ、ピルット嬢は学園にいたころよりも歌が上手くなってるらしいぜ。さすがに俺も聞くのが待ち遠しくなってきた。ペー様の演奏もな」
帝国で大騒動を巻き起こしたのも今や昔の話。
二年間をかけて各派閥の均衡も落ち着いてきた。
「あいつらを驚かせられるように、俺はとある技を考えたんだぜ。魔法人形たちに演奏させるマーチだ。これであの二人を驚かしてやろうと思ってな」
「おや、奇遇です。私も魔石を加工した異国の楽器を取り寄せたのですよ。ペートルス卿が気に入ると思いまして」
「なーんでみんな考えること同じなんかね。ウチだって魔法で音を鳴らす魔法作ってたんだわ」
「ははっ、どいつもこいつも浮かれてやがる。それじゃ、みんなで演奏会といくか!」
どうやらまだ全員ガキらしい。
三人は少し気恥ずかしさを覚えつつも、話に花を咲かせた。