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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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呪われ姫、服を買う

「レディ・エレオノーラ。あの噴水は見たことある?」


「見たことはないですけど、聞いたことはあります。帝都の真ん中にある名所ですよね。こうして見るとすごく圧巻です。……それはそうと、ペートルス様。前々から気になってたんですけど」


巨大な噴水の前で二人は足を止めた。

周囲のベンチには、まばらに貴族と思わしき夫婦や子どもたちが座っている。


「わたしのことをいちいち『レディ・エレオノーラ』とお呼びになりますよね。わたしなんか気安く呼び捨てにしてもらって構いませんよ」


わざわざ敬称をつけるのは面倒だろう。

そもそも自分に敬称をつける価値もないだろう。

そう考え、安易な考えでエレオノーラは提案したのだが……。


「それは……僕と距離を縮めたいと思ってくれているのかな?」


「え、ええっ……!? い、いや、単にめんどくせぇんじゃないかなって思ったといいますか、決してペートルス様にお近づきになろうなどという不埒な考えは、」


「エレオノーラ」


「抱いて、おりま……ひいっ!?」


噴水広場の中央で奇声を上げる。

意識の間隙を縫って飛来した呼び捨てに、エレオノーラは完全に面食らった。


「悪くないね。君も僕を気軽に『ペートルス』と呼んでほしい」


「い、いえっ! それは無理です、絶対!」


立場というものがある。

爵位を継いでいないとはいえ、家格の違いがあるのだ。

ペートルスを呼び捨てにするなど、彼自身が是としても、他の人間が否とするだろう。

拒絶を受けたペートルスは寂しそうに肩を下げた。


「そうか……いつか君がもっと身近に接してくれることを祈っているよ。エレオノーラ」


「うぇ!」


「それじゃあ行こうか、エレオノーラ」


「……っ」


名前を呼ばれるたびに挙動不審になる。

これでは精神が保たない……どうにか慣れなければ。


 ◇◇◇◇


店の扉を開け放つと、心地よい鈴の音が響いた。

視界に飛び込んだのは色とりどりの輝き。

帝都エティス随一の服飾店、大貴族ご用達の流行の最先端である。


「いらっしゃいませ、ペートルス様」


ペートルスは常連のようで店員も恭しく礼をしていた。

一方、その後ろで気後れするエレオノーラには怪訝な視線が向けられる。


「そちらの方は……?」


「僕の友人だよ。一緒に服を見て回ろうかと」


「……! な、なるほど! ささ、どうぞ奥へ」


ペートルス・ウィガナックには婚約者がいない。

そんな彼が女性を伴って服飾店を訪れたとなれば……店員が訝しむのも無理はない。

この女性がペートルスの明かされていない婚約者か、と。

そもそも令息が婚約者でもない令嬢と二人きりで行動しているのも、かなり際どい点だ。


しかし肝心なのはエレオノーラの容姿。

左目につけた眼帯、あまり着慣れていない様子のドレス。

貴族の政情に詳しい店員でも、彼女がどの家の人間か判然としなかった。


「彼女の服やアクセサリーを見繕ってほしいんだ。僕の礼服は予め頼んでおいたオーダーメイドのものを持ってきて」


「あ、あの……本当によろしいのでしょうか」


「いまさら気にすることはない。一緒に色々な服を見て回ろう。ああ、それとも一人の方がいい?」


「一緒にいてくれると安心できます。でもお暇でしたら言ってくださいね」


正直ドレスとか興味ない。

……が、口が裂けてもそんなことは言えないので。

エレオノーラは女性の店員に案内され、ペートルスと共に衣装が並ぶ店の奥へ向かった。

店員がエレオノーラに愛想を振りまきながら説明する。


「最近の流行はマーメイドラインのドレスです。パフスリーブやフラワーモチーフの意匠がトレンドなんですよ」


「は、はい。豆がパフでフラワーでトレントで。わかりますわかります、はい」


わからない。

流行なんていうのは勝手に他人が作るもの。

むしろ目立ちたくないエレオノーラにとって、流行など追うべきではない。

何がなんだか理解していない様子を見かねたのか、ペートルスが口を挟む。


「こういうのとか君に似合うんじゃないかな?」


彼が示したのは白を基調にした落ち着いたドレス。

露出も控えめで目立ちそうにない。

ああ、それでいいです……と答えようとしたが、店員が待ったをかける。


「そちらは少し流行遅れのドレスになりますが……」


「ああ、そうなんだ。僕は流行とかどうでもいいけど、今は僕の服を選んでるわけじゃないからね」


「あ、わたしも……! わたしもドレスに興味とかないんで、動きやすければ何でもいいですよ。店員さんにお任せで」


「承知しました。ドレスに興味がないということであれば……カジュアルなお洋服はいかがでしょうか?」


カジュアルなお洋服。

その一語にエレオノーラの興味は惹かれる。

服装のこだわりがないとかそういう意味ではなく、彼女は単にドレスに関心がないだけなのだ。

店員の勧めに従って別のフロアに移動すると、そこには様々な服が。


「あまり貴族のご令嬢が着られるものではなく、中産階級の方々が好まれる服が多いのですが……当店はあらゆる品を取り揃えておりますので」


「ああっ……! いいですね、これ。動きやすそうでかわいい服がいっぱい……! ペ、ペートルス様、ドレスじゃなくてもよろしいですか?」


「もちろん。ドレスは適当に店員に見繕ってもらって、君はこっちで好きな服を探すといい」


何を言ってもイエスで返す男の許可をもらい、エレオノーラは服を漁り始める。

その間ペートルスは常変わらない態度で佇んでいた。

他人の手前、彼は決して欠伸などしないし退屈そうな素振りも見せないが……きっと退屈なんだろうなぁとエレオノーラは思う。

あまり迷惑をかけないためにも、よさげな服を手早く取る。


「これで……」


「それはサーコート……男性用のものですね。女性用のものはこちらの裾が長いものになりますが」


「あ、そうなんですか。でもこっちの方が好みなんだけど……」


黒布に銀糸を縫い込んだコート。

女性用の方は裾がダルダルで寝転がるには快適そうだが、動きづらそうだ。


「どっちも買おうか。支払いはルートラ公爵宛てじゃなくて、僕宛てに。他に欲しい服は?」


「そ、そんなに……ドレスも買ってもらうことですし、もう大丈夫です。わたしにお返しできるものもありませんから」


「気にしないで。経済を回すためにお金を使ってるだけだからね」


「あ、なんか事務的な理由ですね。じゃあもう一着くらい」


紳士的に見えてやっぱり他人事感のあるペートルス。

エレオノーラが感じている彼の優しさは、嘘か真か――それはまだわからない。

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