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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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目覚め

心地よい音色の中、『僕』は目を覚ました。


なぜだかとても安らかな気分だ。

見上げれば夜空、輝く星が無数に散りばめられている。

美しい……けれど、視覚から感じる美しさよりも。

聴覚から感じる美しさの方に意識が惹かれた。


歌だ。

どこか懐かしく、安らぎを覚える音色。


「綺麗だ……」


そばを見ると、そこには姫が立っていた。

不思議な光の人間が奏でる旋律に乗せて、青き姫君が唱っている。


不意に僕の座っている場所が揺れた。

白い床に寝ていたのだと思ったが、違う。

これは……


「竜」


瞬間、咄嗟に足を動かした。

僕は竜の背に乗っていた。

微睡み覚めやらぬなか、体が反射的に動く。


背から飛び降りた僕を、竜はじっと見つめていた。

襲ってくる気配はない。

そして僕自身にも恐怖心はなかった。


いったいこれはどういう状況なのか。

そもそも……僕は誰で、何を……


「――その子はテモック様。あなたの愛竜ですよ」


いつしか歌は止んでいた。

僕の後ろにあの歌姫が立っている。


「君、は……」


どうしてだろう。

彼女の顔を見ていると、頭が痛くなる。


特に右目。

左目と何も変わらないのに、なぜか惹きつけられる。

あの目は美しすぎて眩暈がする。


「わたしはノーラ。ねえ……わたしのことを覚えていますか?」


初めて出会った少女は、どこか虚しそうに問いかけた。


 ◇◇◇◇


僕の名前はペートルス・ウィガナックというらしい。

彼女……ノーラ・ピルットが語るには、僕は記憶喪失らしくて。

何もかもがわからない。

けれど彼女は僕のそばにいて話をしてくれた。


「ペートルス様にはすごくお世話になったんですよ。わたし、一時期引き籠っていたんですけど……連れ出してくれたのはペートルス様でした」


ノーラ嬢は色々なことを語ってくれる。

僕の記憶にない、僕のこと。

自分でも信じられないくらい立派な人物像だ。


「……それでペートルス様は、テモック様に乗せてわたしを乗せてくれて。初めて海を見たんすよ。初めて外国にも行って、すっごく楽しかったんです」


「僕がノーラ嬢を……」


「ノーラ嬢、なんて呼び方はやめてください。最初はまあ、レディ・エレオノーラ……あ、ううん。なんでもないです。わたしのことは気軽にノーラって呼んでください!」


「ノーラ……あぁ、ノーラ。この音はとてもよく馴染むね。たしかに僕と君は知り合いだったのかもしれない」


とてもいい名前だ。

魂に強く焼き付いている。

僕とノーラは出会って二年くらいらしいが、どんな関係を築いてきたのだろう。


話を聞くうちに、気にかかることがあった。


「僕はどうして記憶喪失に?」


「それは……」


ノーラは言いづらそうに口ごもる。

彼女は少し瞳を伏し、すぐに顔を上げた。


「ちょっとした事故です。ペートルス様のせいじゃないですよ」


濁した言葉から察せられる抜き差しならない事情。

記憶を失っている僕でも、なんとなく悟ることはできる。


「……ノーラ。僕が目を覚ましたとき、君が歌っていた歌。もう一度聴きたいんだ」


少し強引に話を変える。

僕がそう言うと、彼女は微笑んで立ち上がった。


同時に持ち上がった光の輪郭。

真っ白な光の人型が楽器を持ち上げる。

アレはなんなのだろうか……?


「ペートルス様がお望みなら、いくらでも歌います。歌には自信があるんですよ」


「ノーラ」


意気揚々と立ち上がったノーラを呼び止める。

そういえば違和感があったんだ。


「僕をペートルスと呼んでほしい。僕が君を名前で呼ぶのなら、その逆も然りだろう?」


「え……ええっ!? でも、それは……」


「もしも記憶を失くす前……僕がペートルス様と呼ばれていたのなら、そこよりも前に進もう。こうして話した時間の中で、君が信頼できる人だとわかったから。もっと距離を縮めよう」


記憶を失った僕に、こうして接してくれている。

だから僕も彼女の親切心に報いたい。

今は何もわからないけれど、きっといつか。

記憶を失くす前よりも仲良くなりたい。


「うん……ペートルス。わたしの歌、聴いてね」


彼女は恥ずかしそうに笑った。


――とても美しい華だ。

今、このときを手放したくない。

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