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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
203/216

飛翔、憂いを裂いて

羽ばたく空の支配者。

天竜テモックに跨っていたのは、一人の巨漢。

ペートルス・ウィガナックの右腕イニゴである。


「どけやぁあああっ!」


躊躇なくイニゴとテモックは突っ込んできた。

迫る巨体に兵士たちは慌てて退避。

床の石を砕き、転がり込んだ救援はまっすぐにセリノのもとへ……正しくはセリノが抱えるペートルスのもとへ向かう。


「曲者が……! 追い払え!」


ラインホルトは即座に指令を出す。

同時、控えていた魔術師たちがテモックに向けて魔術を放った。


しかし相手は竜種最上位の天竜。

そしてペートルスとともに戦場を駆け抜けた猛竜。

ひとつの咆哮で魔力障壁を展開し、あらゆる魔術を弾き返す。

テモックは主を守るように翼を広げ、ラインホルトたちに威圧するような眼差しを向けた。


「ここで救援が来てくれましたか……! やはりエンカルナさんは正しかった!」


「デニス殿下ァ! ペートルス様は俺が……いいや、このテモックが預かりますわ! そして、エレオノーラ様!」


「は、はいっ!?」


イニゴはテモックの背から飛び降り、大股でノーラに歩み寄る。


「……ペートルス様を、頼みますわ。テモックの背に乗せられるのは二人が限界。てなわけで……」


すぐにノーラは意図を察した。

ペートルスを連れて、テモックに乗って離脱しろと。

強く主を慕うイニゴに頼まれている。


ペートルスを救う鍵を持つのはノーラだけ。

だから、断腸の思いでイニゴは頼み込んだ。


そしてノーラもまた彼の想いを蔑ろにするほど無粋ではない。

しかとイニゴを見上げ、視線を合わせてうなずいた。


「わたしがペートルス様をお連れします。あとは……お任せしても?」


「任せてくだせぇ! 必ず……ええ、必ずまたペートルス様に会うんです。俺たちの希望、全部託しますわ!」


「大役ですね……はい、大船に乗ったつもりでいてください!」


テモックは背を低くしてセリノに視線を向けた。

セリノはペートルスを竜の背に託す。


「私は常に殿下のおそばに。そしてペートルス様のおそばに在るべき方もまた、理解しています」


剣を抜き、セリノはデニスの前に立つ。

ここが正念場だ。

主はなんとしても守り通す。


しかしデニスはセリノの剣に手をかざし、彼を制止した。


「セリノ。私は争いを起こす気はないよ。ノーラさん……きっとあなたの選択は、この上なく重いものとなるでしょう。それでも、ペートルスのことを思い出してください。彼ならきっと……あなたがどんな選択をしても、笑って許してくれるから」


デニスが抱くは『責任を取る覚悟』。

この騒動の責任も、ペートルスが歩む未来の責任も。

自分が取ると決めたのだ。

理屈だけでは語りきれない絆に応えるために。


ノーラはテモックの背にまたがり、しっかりとペートルスを抱きかかえた。

初めて乗った時は逆だった。

ノーラがペートルスに抱えられて動揺していたのに。


今、腕の中の彼は身じろぎひとつしない。


「――行ってきます。ペートルス様を迎えに」


「はい、行ってらっしゃい。またお会いしましょう」


テモックが床を蹴り、翼をはためかせる。

ラインホルトはなおも追撃を諦めず。


「っ……逃がすな! 竜騎士団に連携を取り、地の果てまで追いかけろ!」


「無駄でさぁ、殿下。テモックの飛翔にはどんな竜だって追いつけねぇ」


イニゴの言葉通り。

すでにテモックは空の彼方へ駆けていた。

一瞬のうちに遠くなり、豆粒のように小さくなり。


「デニス……この始末、どうつけてくれる?」


「始末のつけ方ですか。簡単ですよ、兄上」


デニスは恥ずかしそうに笑い、兄に手を差し伸べた。


「どちらも間違っていた、どちらも正しかった。だから、私たち二人で……第一皇子派と第二王子派で仲よく騒動を鎮める。これではいけませんか?」


 ◇◇◇◇


「無様ですこと、お父様」


地面に伏す父エリオドロを見下ろし、バレンシアは嘆息した。

彼女は剣を父のそばに突き立てる。


「……起きているのでしょう? 狸寝入りはおやめなさい」


「ふはは……バレていたか。いやあ、娘に恥ずかしい姿を晒してしまったな」


エリオドロは瞼を開いて起き上がった。

全身に痛みが走る。

フリッツとアリアドナ、そしてヴェルナーに敗れた。

三対一の状況とはいえ、騎士団長が子どもに敗れるというのは面目丸つぶれである。


「どうなった……状況は」


「存じ上げません。ただ……先程、ペートルス卿の愛竜が城より飛び立つのを見ました。アレが何を意味するのか、わたくしにはわかりかねますが。きっとお父様にとっては凶報でしょうね」


「ああ、そうか。まったく読めんものだな。我々が完全に勝利すると思っていたのだが」


「あら、そう? わたくしはどちらにも勝機があると思っていました。そこでお父様が油断して負けただけですわ」


「耳が痛い。ついでに全身が痛い。ふはは……だが、実に心地よい闘いであった」


全身に走る痛みを抑え、エリオドロは立ち上がった。

そばに眠る愛竜をそっと撫でる。


「どちらへ?」


「指揮に戻らねば。あの化け物はどうなっただろうか」


「ああ、エルメンヒルデのことですね。彼女ならもう飽きて帰っているかもしれませんわね」


「なんだ……やはりそちらの手勢だったか。彼女ともひとつ剣を交えてみたいものよな」


死ぬつもりか。

バレンシアは内心で思いながらも、父の背を黙って見つめていた。


立場上、ノーラたちに表立って加勢することはできなかったが……どうやら順調に事は運んだらしい。


「さて、学園に戻ろうかしら」


 ◇◇◇◇


「な、マインラート。俺は師匠を介抱するから……」


「はぁ? ここまで来て情に絆されんのかよ」


コルラードは気まずそうに頬をかいた。


「いやいや、最初から俺は義理と人情でしか動いてないって。余裕がなさそうなら俺も協力するけど……ほら。なんかイケそうだろ?」


コルラードが指さした先。

遥かなる天に飛ぶ白亜の竜があった。

そして背にまたがる姫と貴公子の姿もわずかに見えて。


「ったく……『後始末』はどうするんだよ。まだ戦いは終わってねえぞ。そうだ、まだ終わってねえんだ」


「その件は……たしかにそうか。師匠の面倒も見てやりたいけど、そっちが優先だな。マインラート、あんたはどうする?」


「俺は最後の砦さ。もしも暗部の連中がしくじれば……そのときは俺が奴を潰す。だが、そうならないことを祈るよ」


戦いは終わっていない。

たとえペートルスを無事に救出できたとしても。

彼を邪器から解き放つことができたとしても。


悪意を除かぬ限り、帝国は惨禍に呑まれるだろう。


「さあ、行こうか」


「おう! ここまで来たんだ、最後は成功で飾ろうぜ!」


とは言うものの。

コルラードの心臓は畏怖に高鳴っていた。


この皇城を包む重苦しい空気……どう打破したものか。

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