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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
202/216

孤独、弱きを閉ざす

瞬間的に室内が凍り付く。

足元に駆け巡った薄氷は、近衛兵たちの足元を覆う。


「何が起こった……!?」


ラインホルトは驚愕の表情で足元を見つめる。

兵士たちの足首より下が氷に沈み、動かない。


氷の発生源は部屋の入り口。

二名の兵士がそこに立っている。

近衛兵の制服に、目深に被った兜。

一見すれば城の兵士にしか見えない。


「貴様ら……なんのつもりだ!?」


「なんのつもり、ですって? ただ恩人たちの助けとなるために馳せ参じた次第でしてよ」


「ふふっ……生徒会役員として、生徒会長を助けるのは道理さ」


二人の兵士は目深に被っていた兜を脱ぎ捨てる。

学園の華、二輪が顔を出した。


「エンカルナ様、ガスパル様……!」


「やあ、ノーラ嬢。手を貸すというプロミス、忘れてはいないだろうね? ほらこの通り、君や殿下の道を阻む者は氷漬けさ」


「まったく……こんな真似をするなんて、家が取り潰されても文句は言えないわね。そうなることも覚悟の上だけれど」


窮地での救い。

これは偶然ではなく必然。

デニスが仕組んだ予定調和に他ならない。


ラインホルトをも凌ぎ、独力で読みきった結果だ。


「まさか……この私が出し抜かれるとは……!」


「セリノ、ペートルスを」


「はっ!」


セリノが眠るペートルスを抱え上げる。

そうしてペートルスが救出される間も、兵士たちは一切の身動きが取れなかった。


「監視塔の頂上へ向かいなさい。退路はそこしかない」


「後のことは僕たちに任せてくれたまえ。……可能な限り、ラインホルト殿下を縫い止めよう」


「ありがとうございます。さあ、行きましょう! ノーラさん、セリノ!」


凍り付く兵士たちの横を抜け、三人は走る。

退路は監視塔の頂上――エンカルナはそう語った。

本来はアリアドナの魔法で飛んで脱出する予定だったが、彼女はエリオドロの足止めに回った。


ならば、残された脱出手段は。

ノーラはデニスの作戦をすべて理解しているわけではない。

それでも仲間を信じてデニスの後に続く。

背後にはペートルスを抱えたセリノの姿。

彼を連れて、必ずここから抜け出してみせる。


「……検討を祈るわ」


離脱した三人を見送り、エンカルナは呟いた。

さて気丈に振る舞ったは良いものの。


「ロダナフ侯爵令嬢、ウォラム公爵令息。この始末……どうつけてくれる?」


目前に立つラインホルトの怒気に、両者とも冷や汗をかいていた。


「ふふ……殿下。ここは僕たちの命乞いに免じて、見逃してはくれないかな?」


「断る。デニスの読みと、貴殿らの勇気には深甚たる敬意を表する。だが……これは遊びではない。国の未来を賭けた局面だ。ゆえに、私も慈悲は持たん」


なにゆえラインホルトが恐れられるのか。

答えは明白。

彼には隙がなく、かつ容赦もないゆえに他ならず。


ラインホルトは右手の指輪に魔力を籠めた。

同時、足元の氷結を解く熱気が迸る。


「すべての障害を想定している。すべての不足を想定している。まだ私は止められんぞ、愚弟よ」


 ◇◇◇◇


屋上にたどり着く。

強い風がノーラの頬を撫でた。


「屋上に行けってエンカルナ様は言いましたが……何も、ない気がします?」


しきりに周囲を見渡せど、見えるものは特にない。

ただ青空が彼方まで広がり、眼下に広がる城内を眺望できるだけ。


デニスもまた縋る気持ちで空を仰ぎ見る。

エンカルナとガスパルの乱入は作戦の内だったが、屋上に行く旨は事前に知らされていなかった。


「セリノ、何か聞いてるかい?」


「いえ……申し訳ございません。ですが、エンカルナ殿が無意味な助言をするはずがありません」


「必ず何かあるはずです! よく探してみましょう!」


ノーラはセリノに抱えられたペートルスを見て心を奮い立たせた。

せっかくここまで来たのだ。

あと少しで彼を皇城から連れ出せる。

諦めてたまるものか。


血眼になって探す。

何か、何かあるはずだと。


「いえ……駄目です。ここは諦めて、別の道から抜け出しましょう」


しばし手がかりを探し、デニスは割り切った。

このまま無駄に時間を浪費するよりも、早々に別の脱出経路を見るべきだ。


「――いや、退路などない。貴公らの戦いはここで終わりだ」


「っ……まさか!」


再び、その声が響く。

あまりにも早すぎる。

咄嗟に振り向いたデニスの視線の先……階下に続く扉から、ラインホルトが姿を見せた。


彼に続いて近衛兵たちが次々と突入。

先程と同様、ノーラたちを取り囲んだ。


「あの二人は……」


「安心しろ、手荒な真似はしていない。私は帝国の安寧を重んじるがゆえに、名家の子息を傷つけることはせん。そもそもお前が無駄な働きをしなければ、彼らと軋轢を生むこともなかったのだがな」


「デニス様、どうしますか?」


どうするか尋ねつつ、ノーラはまだまだ抵抗するつもりだった。

もう命だって惜しくはない。

ここで諦めてペートルスが処刑されるくらいなら――最期まで足掻いてやる。


「もちろん抗います。人生に一度の反抗期くらい、器の大きな兄上は許してくださるでしょう」


「よっしゃ! そうこなくっちゃ、ですね!」


デニスの勇ましい返事を聞いたノーラは歓声を上げる。

しかし、前途多難。

まずはこの局面をどう切り抜けるか。


「ここまで逃げおおせたことは評価しよう。デニスよ、お前もずいぶんと成長したものだ。だが……兄には敵わない」


ラインホルトが片手を挙げると、一斉に包囲網が作られる。

一糸乱れぬ動きで近衛兵たちはノーラを取り囲み、今度こそは逃がすまいと隙間なく取り囲んだ。


「積み重ねた歳月が、帝国への想いが、厳しい現実を直視する眼差しが、このラインホルトには遠く及ばない。帝国の舵を取れるのは、圧倒的な実力だけだ」


好き勝手に言ってくれる……とセリノは唇を噛んだ。

相手がラインホルトでなければ、即座に不敬者だと斬り捨てていたところだ。


だが、当のデニスは。

あくまで落ち着いて天を仰いでいた。


「……それは違うと思いますよ、兄上」


「ふむ……」


「巡り合わせ、その根源となる絆。一人で背負う兄上と、多くの人に支えられなければ立てない私。どちらもきっと正しいのでしょうね」


不意に視界が暗くなった。

照りつける陽光が遮られたのだ。


いつしか響いていた鈍い羽ばたきの音。

吹き荒れる乱気流。

睥睨する白亜の竜。


ペートルスの愛竜、テモック。

彼の竜は静かに眠るペートルスを見つめていた。

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