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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
201/216

対峙、未来のために

立ちはだかったエリオドロとアロルドを乗り越えて。

ノーラ、デニス、セリノの三名は監視塔の地下に突入した。


「鍵が開いています。ペイルラギ殿が開けてくれたと言っていましたね」


セリノは扉を小さく開け、慎重に歩みを進めていく。

彼は続くデニスを手で制止した。


「……守衛が見えます。殿下、私が始末するのでしばしお待ちを」


コルラードが離れた今、露払いはセリノの仕事だ。

だが待ってほしい。

できるだけ事は荒立てたくないし、血も流したくないのだ。


「セリノ様。ここはわたしにお任せください」


「ノーラ殿……? 危ないですよ」


「大丈夫です。たぶん」


幻影魔術を発動。

鈍色の靄が三人を包み込み、溶けて消える。

姿が透過されたノーラとセリノを見て、デニスが声を上げた。


「うわっ! ……っと、すみません。守衛には気づかれていないようですね」


幸いにもデニスの声で気づかれた様子はない。


「これがノーラさんの幻影魔術……すごいですね。とても珍しい属性だと聞いていますが、体感できて光栄です」


「これでこっそり守衛さんたちの横を抜けていきましょう」


足音を殺し、息を殺し。

三人は兵の目を掻い潜った。


デニスが経路を指示し、セリノが先陣を切り。

そしてノーラの魔術にて兵の目を欺いて。

監視塔の地下にある捕虜収容所に至る。


「ここのどこかにペートルスがいるはずです。昔の戦争をきっかけに作られた大規模な収容所ですから、端から端まで探すのはかなりの時間がかかります。効率的に探す手段はないものか……」


『ならば我に任されよ』


不意に声が響いた。

何者かとデニスとセリノは身構えたが、心配には及ばない。


ノーラが背負っていた弦楽器から飛び出した七色の光。

式神は人の形を成すことなく、ぼやけた光球のまま宙に滞留する。


「こ、これは?」


「式神です。怪しいものじゃありませんよ」


「シュログリ教の巫術で呼び出されるという霊体……初めて見ました。お母様がシュログリ教の元巫女長なだけはありますね。ノーラさんには驚かされることばかりです……」


呆気に取られたように光球を見上げるデニス。

そんな彼の頭上をぐるぐると飛び回り、式神は誇らしそうに声に喜悦を滲ませる。


『いかにも我はエウフェミアの、そしてエレオノーラの式神なり。ゆえにこそ邪気を敏感に捉えることもできよう。ペートルス・ウィガナックの邪器を探るもまた容易』


左右にフラフラと覚束なく漂い、式神は周囲の気を探った。


『ふむ……こちらだな。あの小僧の気を感じる』


「行きましょう」


式神に導かれ、薄暗い地下を往く。

今やほとんど使われることのない牢獄。


ノーラは歩きながら考え込む。


(妙だ……ここにペートルス様がいるのなら、もっと警備は厳重なはず。でも守衛一人の影も見えない。本当にペートルス様はここにいんのか……?)


奥へ、奥へと進む。

どれだけ歩いただろうか。

やがて式神の進行が止まった。


『……見えたぞ。アレだな』


そう告げると同時、式神はノーラの楽器に引っ込む。

最深部に近い場所には彼がいた。

寝台の上で安らかな寝息を立てる……ペートルス・ウィガナックが。


「ペートルス様……!」


ペートルスが安置されている部屋の鍵は開いていた。

ノーラは警戒も忘れて走り寄る。


そっと彼の体に触れてみる。

温かい。

けれど、どこか冷たくて。


「あの……ペートルス様。わたし、来ちゃいました……」


返事はない。

言葉をかけても、体を揺すっても。

彼はただ眠り続ける。


とても安らかな寝顔だった。

まるで時間が止まったように。


「ノーラさん……どうするのですか? やはり彼は……」


「…………」


やはり彼は、聖歌で目覚めさせるしかない。

しかしそれが意味するところは、ペートルスの記憶の喪失。


今ここで歌うのか?

ノーラは決心ができない。

なんとしても彼を救う覚悟ができたのに……いざこの局面になって、揺らいでいた。


「わたしは……」


「――貴公らにこの政局を覆すことはできない」


揺らぐ決意。

そこに割って入った冷徹な言葉。


声色はデニスにとって何よりも聞きなじみがあり、恐ろしいものだった。

漠然と感じていた不安が輪郭を帯びた瞬間。

事ここに至りて、この大敵が立ち塞がらぬわけがない。


「兄上……」


「デニス、私の言葉は覚えているな。今この瞬間より、お前を正式な敵として認めよう」


ラインホルトが片手を挙げると同時、近衛兵が周囲を取り囲んだ。

やはり罠だったのだ。

衛兵が不自然なまでにいないことも、ペートルスが最奥に配置されていたことも。

すべてはラインホルトの計略だった。


騎士団もサンロックの賢者も、乗り越えられることは承知の上。

きっと弟ならば超えてくる。

弟を認めているからこそ、彼は何重にも策を重ねた。


「さすがですね、兄上は。すべて兄上の掌の上だったというわけですか」


「ここまでたどり着いたのは見事だ。成長を賞賛しよう。だが……帝国の未来は、教育の道具として使うには重すぎるのだよ、デニス。機能しなくなったペートルスを犠牲にするか、あるいはルートラ公と事を構えるか。為政者ならば前者を取るのは必然」


「兄上……僭越ながら申し上げます。私は兄上の『敵』になるつもりはありません。そして帝国の未来を壊すつもりもありません。すべてを救う、そのためにここにいる」


大勢の兵を前にして、デニスは毅然として振る舞う。

絶望はしない。

希望のみを瞳に宿す。


弟の威勢を見て、ラインホルトは眉を上げた。


「ほう。であれば、なんだ? お前は何が言いたい?」


「兄上は……今に限って言えば、私の敵ですらないということです」


瞬間、眩い薄氷が足元を満たした。

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