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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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帝都にお出かけ

「……や、やばい。これはやばいですペートルス様」


往来の中、必死に吐き気を耐えるエレオノーラ。

グラン帝国、帝都エティス。

世界最大の都市とも謳われるその只中で……彼女は足を小刻みに震えさせていた。


「大丈夫、ただ人がたくさんいるだけだ。君の輝きに比べれば誰もいないも同然だよ」


「洒落たこと言ってないで早く人気のないところに行きましょう……」


二人がいるのは貴族街で、繁華街に比べれば人はまったく少ないくらいだ。

しかしながら衆目に晒された経験がほとんどないエレオノーラにとって、都の刺激は大きすぎた。


さて、なぜ二人が帝都にいるのかという話。

ことの経緯は先日の会話に遡る。

休日にはエレオノーラと時間を過ごしたい……そんな何気ないペートルスの一言がきっかけになった。

珍しく一日の予定が空いたということで、半ば強引にエレオノーラは帝都へ連れていかれることに。


路地裏に駆け込み、うずくまる。

呼吸を乱すエレオノーラを見てペートルスは苦笑いした。


「通りゆく人々は、誰も君のことを怖がったりしていなかった。呪いで怯えられることを恐れる必要はないんだよ。……とはいえ、いきなり都に行くのは難しかったかな」


「……ごめんなさい。どうしても他の人の視線が気になって……誰もわたしごときに関心を抱くわけないのに……」


こんな調子じゃ駄目だ。

嗚咽を必死にせき止めてエレオノーラは顔を上げた。

屈みこむペートルスと視線が合う。


「はぁ……うざいですよね、すみません。もう喚くのはやめます」


「そんなこと思ってないよ。ただ僕は……レディ・エレオノーラは人前に出ることに慣れるべきだと思っているんだ。呪いの抑制方法がわかった以上、ある程度人との交流は避けられない。君の境遇を考えればつらいのも理解できるけど」


「いいえ、つらくなんてありません。自分の環境に甘えるのは嫌なんで……ペートルス様がせっかく時間をくれたのです。がんばって克服します」


「そうか……その意気だ。君は強いね」


強いというか、あまりにも自分が情けなさすぎるというか。

今一度深く息を吐いてエレオノーラは立ち上がる。

大丈夫……ただ歩くだけだ。

道行く人は自分を奇異の目で見たりしないし、呪いで恐れたりもしない。

薄暗い路地裏から、光満ちる大通りへ飛び出して――


「あ、ペートルス様。やっぱり先歩いてもらっていいですか? 道がわかりません」


「承知したよ。さて、どこへ行こうか? レディ・エレオノーラは行きたいお店とかある?」


「あ、あんまりないです。てか何があるのか知らないです。ペートルス様の……ペートルス様に、ついていきます」


「それじゃ、おすすめの喫茶店に行こうか。甘いものは好き?」


「好きじゃないです。……あ、いえ、なんでもありません大好きです」


 ◇◇◇◇


"本物"を知らず。

エレオノーラにとって甘味とは――絶妙に舌に残り、しつこくてうざったく、そして食後に気持ち悪くなるものであった。


しかし、その甘味は贋作であると今日知ることになる。

帝都エティスの本格パティシエが作ったケーキを食べ、エレオノーラの概念はひっくり返ってしまった。

これまで実家で食べてきたのは甘味を偽装した、謎の食物であったと。


「その様子だと気に入ってもらえたのかな? 世界中から集めた材料とパティシエによって作られるスイーツは、なかなか美味だろう?」


「正直、甘く見ていました。甘味だけに」


「……うん」


ふわりととろけるパイ生地、軽く深みのあるマンゴーソース、絶妙な酸味のイチゴ。

絶品のタルトを前にエレオノーラの手は止まらない。

添えられた紅茶もさっぱりしていて完璧だ。


「レディ・エレオノーラは今までもスイーツの類に手をつけていなかったよね。当家の料理人のスイーツも悪くないと思うんだけど」


「……あ、気づいていたんですね。完全に食わず嫌いでした。実家の甘味が微妙すぎて……全部そんな感じかと」


おそらく夜会で手の付けられなかった余り物とか、賞味期限間近のスイーツばかりが食事に添えられていたのだろう。

そのせいでエレオノーラは甘味に偏った認識を持っていたらしい。

ちゃんとしたものなら美味いのだ、ちゃんとしたものなら。


「わたし、わりと偏食で。誰も好き嫌いを注意する人がいなかったから、嫌いな食べ物が多いんです」


食べられないものが料理に入っていたら、こっそり庭の肥やしにしていた。

おかげで離れの庭は栄養満点、雑草生え放題であった。


「厳しい躾には辟易することもあるけど、逆に誰からも期待されないのも苦しいよね」


「ペートルス様は……すっごく厳しい躾を受けてそうですよね。特にあのルートラ公爵様とか怖そうでしたし」


「いや、そうでもないよ? 幼少の砌は親に甘やかされ、誰からも期待されていなかった。だからこそ必死に自己研鑽したんだ」


「へー……意外です。やっぱり完璧に見える奴も努力してるんですね」


「僕は完璧に映っているかい? それはよかった」


心底安堵したようにペートルスは息をついた。

他者からの評価と視線を何よりも気にしている彼にとって、エレオノーラの言葉もまた大いに心の糧となるものだった。

怯えていないだけで、彼はエレオノーラ以上に他人の視線を意識しているのかもしれない。


「……あ、もうなくなっちゃった」


「おかわりする? 好きなだけ食べていいよ」


「えぇー……なんか(デブ)りそうで心配です。でも……」


「食べたならそのぶん運動すればいいんだよ。今日は羽目を外そうじゃないか」


葛藤するエレオノーラに対し、ペートルスは甘い追撃を仕掛ける。

ならもうひとつだけ注文を……とエレオノーラは追加のスイーツを頼んでしまう。


彼女が嬉しそうにスイーツを食べる姿を、ペートルスは微笑んで見守っていた。

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