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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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刃魔、踊りて爆ぜる

エリオドロが剣を抜くと同時、大気が湿った(・・・)

伝播する魔力。蔓延る冷気。


開戦一番、周囲一帯に水の渦が生じた。

何事かとエリオドロは竜を繰り、翼を広げて飛翔する。

しかし水渦からは逃れられない。

地面のみならず、中空に、天に。

中規模な水の渦が生まれていく。


「これは……フリッツの小僧の魔術か!」


翼を濡らし、竜は煩わしそうに唸る。

これでは自在に空を飛ぶ竜騎士の本質が損なわれてしまう。


「飛竜の最大の脅威は機動力。であれば、嚆矢に飛空能力を削ぐのは当然」


推定、エリオドロの騎竜は火竜。

火を使った攻撃も警戒するならば、フリッツの先手は実に的確であった。


しかし相手は古今無双、勇猛邁進の将。

多少の機動力が削がれた程度で臆しはしない。


「賢しいな! だが……!」


強引に。

数々の水流を打ち破り、エリオドロは大きく滑空。

フリッツ目がけて剣を振り抜いた。


わずかに逸れる。

エリオドロはたしかに攻撃を浴びせたと確信したが……


「水霧の幻像か……ぬうっ!?」


閃光が駆ける。

駆けた白雷がエリオドロを貫いた。

天の裁きと見紛う強烈な雷を受け、咄嗟に飛び退く。


雷を伸ばした張本人……アリアドナは魔術書を抱えたまま渋面した。


「……マジ? 大抵の人はウチの魔術浴びたら気絶するんだけどな」


「ふははっ! 手加減はいらんぞ、小娘。全力で来い!」


「こりゃきついわ。銀髪のお兄さん、ちょいと借りるよ」


ため息まじりに魔術書の頁をめくる。

空を編むように連なる雷糸。

迸り、猛り、廻る。


エリオドロは肌に感じた痺れを警戒し、瞬時に飛び退く。

しかし遅い。

周囲に生じた水渦を辿り、蜘蛛の巣のように張り巡らせた雷。


フリッツはアリアドナの動きを見て、即座に合わせた。

水渦ごとの幅を狭め、包囲網を形成。


「悪くない選択です、オノン子爵令嬢」


「アリアドナでいーよ。――轟雷(ウレブラ)


「では私の名前も覚えてください。フリッツです。――激流(メリアスト)


天気は快晴。

ただし、魔術師の立つ場所は大嵐。


放射状に広がった水の包囲網。

弾幕の如く乱射する雷撃。

両者の魔術は溶け合わず、そして互いに反発してエリオドロに迫る。


「ぬ……おおおっ! なんのぉ!」


即断。

対してエリオドロの動きは早かった。


フリッツとアリアドナの息はぴったりだ。

互いの意図を汲み、徹底してエリオドロの動きを阻害するために動いている。

ならば彼らの連携こそを逆手に取れば。


騎竜に指令を出し、雷を回避。

そして迷わずに水渦の中に飛び込んだ。


「なっ……!?」


フリッツは驚愕の声を上げる。

エリオドロが水の中へ迷わずに突っ込むとは想定外。

同時にアリアドナも渋面した。


本来ならば水の幕で相手の動きを制限し、そこを雷で穿つ算段だった。

しかし、雷はエリオドロが纏った水に弾かれる。


水から飛び出たエリオドロは得意気に笑う。


「魔術による純水は雷を通さん。もちろんお主らも知ってのことだろうが……私も知っているのだ!」


「く……っ!」


竜の体当たりを浴び、フリッツが吹き飛ばされる。

なまじフリッツとアリアドナは頭が良すぎた。

一般的な『イメージ』まで考慮した上で戦略を構築したのだ。


水は雷を通しやすい……そんなイメージが根付いている。

だからこそ水と雷の包囲網に囲まれれば動けないと、下手に動けば感電すると踏んだ。

しかしエリオドロは知っていた。

魔術による水と雷は交わらないと。


「ただの脳筋じゃないのかよ、このオッサン……!」


「ふははっ! 騎士団長たるもの、頭も切れなくては務まらんぞ?」


アリアドナはフリッツを横目に見る。

受けたダメージは小さくはないようだ。

しばしアリアドナ単独での相手が要求されるが……。


「剣士と魔術師、相対すれば優勢なのは剣士。しかもそっちは竜までいるし、大人げないと思わない?」


「戦に大人も子どももあるまいよ。では……ゆくぞ、少女ッ!」


翼を広げ、再び竜騎士が飛ぶ。

アリアドナは魔術書を抱えて飛び退いた。


頁をめくる。

戦況は速攻、射程は対空。

最も適した魔術を放つため、目的の頁を開く。


輪雷(イクスレブラ)


リング状に広がった紫電。

先程のフリッツの水渦を模倣するように、そこかしこに雷の輪が広がる。

連なり、広がり、網となり。

天と地を隔てるように雷の壁が形成された。


近寄るな。

アリアドナの意思を体現したような魔術を前に、エリオドロは頭を掻いた。


「うるさい男は嫌いか? ちょうど私にもお主と同じ年ごろの娘がいてな……近づくなと反抗期を迎えておるのだよ。ならば、望み通りにしようか!」


旋回、上昇。

エリオドロは地上に接近するのではなく、雷の壁から離れるように飛翔する。


彼の違和感のある行動に眉をひそめるアリアドナ。

距離とはすなわち魔術師の武器。

彼我の距離差が大きくなるほど、アリアドナの有利に傾くはずだ。


何事かと身構えていると、空が赤く燃えた。

竜の吐き出した火――ブレスだ。


「うおっ」


全力で吐き出された火炎の波。

炎に雷が引き寄せられ、爆発を巻き起こす。

分離して降り注ぐ火球、なおも直進し降り注ぐ火炎。


エリオドロの狙いは……アリアドナの持つ魔術書だった。

降り注ぐ火の粉が魔術書に引火し、慌ててアリアドナは己の武器を手放す。


燃え散っていく書物を虚しい視線で眺める。

そして天から降り立ったエリオドロに、アリアドナは怒気を向けた。


「この魔術書、クッソ高いんだけど? 弁償してくれるわけ?」


「うむ、戦が終わった後ならばいくらでも。今ばかりは情け容赦なく魔術書も焼き尽くそうぞ。陣式の魔術師は道具を失えば無力。お主はひとまず、そこで大人しくしていろ」


魔術書は魔法陣が描かれた書物。

魔法陣を用いて魔術を発動するタイプのアリアドナは、魔術書がなければ何もできない。

エリオドロはそう判断して火炎を放った。


事実、その判断は正しかったようで。

アリアドナは困ったように立ち尽くしている。


エリオドロはそんな彼女を差し置いて、負傷したフリッツのもとへ。

応急処置を終えたフリッツは立ち上がり、いまだ負けじと戦意を湛える。


「諦めんか、小僧。お主はそこまで負けず嫌いな性格だったか?」


「大切なものを賭けているので。死んでもここは譲れないのです」


「ふむ……困った。私にはラインホルト殿下から授かった使命があるのでな」


エリオドロは決着を悟る。

すでに手負いのフリッツに、武器を失したアリアドナ。


久方ぶりに興が乗る戦いだったが、それもこれまで。

早いところデニスたちを追わねばならない。

加えてエルメンヒルデの対処に追われる騎士団の指揮もせねば。


「しばし眠っておれ、フリッツの小僧!」


煌めく銀閃。

エリオドロが振りかざした刃に、フリッツはなおも立ち向かう腹積もりだ。

この一撃もまた躱す手段を持ち合わせていたが……不意に刃が弾かれる。


割り込んだ『黒』。

鞭のように撓り、伸びる漆黒。

剣を伝った凄まじい衝撃にエリオドロは瞳を見開く。


「な、なんだ……!?」


端的に言えば、未知。

物理でも魔術でもない何かが己の攻撃を弾いた。

それはフリッツによる攻撃でも、アリアドナによる攻撃でもない。

地を駆けて現れた……ただ一匹、獣の衝撃である。


「――この道を通る。退け」


戦場に割り込んだ無粋。

ヴェルナー・ノーセナックは鋭い視線をエリオドロに向けた。


「ヴェルナー先輩! 来て、くださったのですね……!」


予想外の救援にフリッツは歓声を上げる。

必要だったのだ、彼が。

クラスNから欠け落ちてしまった彼の剣が。


「相変わらずの腑抜けだ。さっさと立て」


ヴェルナーの手を取り、立ち上がるフリッツ。

剣を抜き隙なく立つ彼を見てエリオドロは口の端を持ち上げた。


「名のある剣士とお見受けする。だが……あいにくと今は急いでおる! 早々に方をつけようか!」


「安心しろ、貴様に興味はない。一息に終わらせる」


通りすがりの剣士が猛る。

『俺に続け』とフリッツに短く伝え、ヴェルナーは地を蹴った。


剣身から伸びた黒き波動。

まっすぐにエリオドロへ迫り、穿たんと欲す。


「解せんな、この術は……!」


打ち払う。

しかし、競り負けたのはエリオドロ。

波動が彼の剣を食い破り、一瞬で鈍らと化す。


ボロボロになった己の得物。

エリオドロは大きく距離を取り刮目した。


「なんと、あまりにも不可解な……」


「喋っている余裕はないはずだ」


「っ!」


距離は取った。

剣士の間合いを充分に逸脱した。

だが、乱入者は只の剣士にあらず。


猛烈な勢いで伸びた波動。

すでにエリオドロの目前まで迫っていた。


「飛べ!」


急ぎ騎竜に指令を出す。

それでもなお天に伸び、追い縋る。

絶えず伸びてくる黒き凶手に、エリオドロは退くしかなかった。


そして、新たに一手。


「さすがヴェルナー先輩。特殊な力を見せてくれたのは初めてですが……ここまで強力だとは。私も加勢し、さらに押しましょう」


フリッツが形成した水の弾丸。

ヴェルナーの波動と挟み撃つようにエリオドロへ迫る。


形勢逆転。

新手の参入によって、大きくエリオドロは不利に傾いた。

しかし逆境を跳ね除けてこその騎士団長である。


「おもしろいッ! 良いぞ、滾るわ!」


竜の嘶きとともに、思いきり空中で旋回。

左右から迫りくる波動と水球を寸前まで引きつけ、互いに衝突させた。

天空にて黒き瀑布が爆ぜる。


「チッ……来るぞ!」


「凄まじい飛空技術です……!」


勢いをつけたままエリオドロは急滑降。

竜の体躯にて敵を押し潰さんと、目にも止まらぬ速さで地上へ迫る。


「さあ、次はこちらの攻勢だ! 耐えられるか小僧ども!」


竜口から吐いた炎を纏い、砲弾の如く滑空する。

纏った炎は滑空とともに燃焼。

赤き流星が堕つ。


フリッツは咄嗟に水の防壁を展開しようとするが……間に合わない。

あまりにもエリオドロの降下が速すぎる。

ヴェルナーがフリッツを抱えて飛び退こうとした、刹那。



刃雷(ヌイラ)


一陣の雷がエリオドロを貫いた。

炎の幕を打ち破り、竜の翼を穿ち抜く。


竜の背から放り出され、地面に転がったエリオドロ。

彼は雷の根源……アリアドナを驚愕の表情で見つめた。

完全に意識外からの一撃。


「な、なぜだ……魔術書は、すでに焼いたはず……」


「別に魔術書がないと魔術が使えないなんて言ってないし? ウチ、けっこー才能あるからさ。そりゃ便利なもんは使うけど、使わなくてもイケるでしょ」


強く全身を打ち、竜の翼は穿たれ。

もはやエリオドロの意識は白みつつあった。


「ふ……はははっ。そうか、驕ったか……この私が。やはり、若人の活力は、侮れんな……見事」


息も絶え絶えに称賛を送り、エリオドロは瞳を閉じた。

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