大敵、立ちはだかる
「さーて、行こうか。お兄さんたちとノーラ、準備はいい?」
アリアドナが問いかける。
ノーラ、デニス、セリノ、フリッツ、コルラードの五名は意を決してうなずいた。
準備万端……と本当は言いたいところだが。
正直、行き当たりばったりの愚策だ。
それでも進むしかない。
無茶だろうとなんだろうと、やってやる。
「お願いします、アリアドナさん。必ずペートルス様を助けましょう。わたし、全力でやりますから」
「うい、がんばろーね。こう見えてウチもめっちゃ緊張してるんだよ。職場に行くだけだってのにね」
クビを覚悟してアリアドナはやってきた。
ノーラのため、マインラートのため、国の未来のため。
苦しみながら生きてきた彼女にも信念があったのだ。
貧民から子爵家の令嬢となったアリアドナもまた、独自の視点から未来を守りたいと願っている。
「みなさん、どうか無茶はなさらぬよう。命を失ってしまっては……元も子もありませんから」
デニスは胸の前でシュログリ式の祈りを捧げた。
ペートルスを助けたい。
だが、そのために誰かが不幸になっては意味がないのだ。
掴み取りたいのは――皆で笑い合える未来なのだから。
「じゃ、行くよ。少し荒いけど我慢してね。口と目は閉じてて」
瞬間、バチンと雷が弾けた。
六人の体がふわりと浮かび上がり、学園の屋上から足が離れる。
そして猛烈な勢いで空を切って空を飛び始めた。
「……!!」
声にならない悲鳴を上げてノーラは吐き気を抑える。
やっぱり、この飛行はどうやっても慣れない。
しっかりと髪を押さえながら、早く目的地に着きますようにと目を閉じて耐え続ける。
「す……すごい! これが飛行魔法……! 雷属性の魔法を応用した飛行、おそらく超電導を応用した魔磁場の作成。いやしかし、氷の魔法なしにどうやって……けっ!?」
「おいそこ、銀色のお兄さん。あんまり喋ってると舌噛むよ」
フリッツは口元を抑えて苦悶に満ちた表情を浮かべていた。
アリアドナの飛行魔法に感嘆するあまり語っていたら、舌を噛んでしまったらしい。
すかさずコルラードがフリッツの状態を見て、問題なしと診断。
(フリッツ様らしいな……うん、こういうときでも自分らしさを失わずに。わたしだって……)
わたしだって、迷わない。
自分らしく不遜にペートルスのもとへ駆けて行こう。
◇◇◇◇
空を駆ける。
眼下に見ゆる騎士団は混乱・恐慌状態にあるようだ。
アリアドナは巧みに魔力を繰り、上手く騎士団を迂回して城へと接近した。
(へぇ……面白いことになってるじゃん。たった一人に騎士団が縫い付けられるなんて……っと!?)
瞬間、咄嗟に進路を変える。
大振りに逸れた進路に一同は何事かと肩を震わせた。
アリアドナが先程まで飛んでいた場所には、一筋の銀閃が舞っている。
「っ……悪い、緊急着陸するよ!」
城までもう少しのところで邪魔が入った。
急降下した六人は城のそばの平地に着陸する。
少し走れば、すぐそこが城の外壁だ。
「いったいどうしたのですか!?」
デニスが狼狽えながらアリアドナに尋ねる。
彼女は上を見ろと視線で促し、つられて他の面々も頭上を仰ぎ見た。
悠々と赤き竜に乗って降りてくる竜騎士。
その姿を見た瞬間、フリッツが喉を鳴らした。
「アンギス侯爵……!」
名高き『壮麗なる慟哭騎士団』の団長、アンギス侯爵エリオドロ。
バレンシアの父でもある彼は、一行を見て豪放に笑った。
「はっはっは! やはりあの怪物は囮であったか。いやしかし……デニス殿下にフリッツの小僧、そしてバレンシアの友人のノーラもいるではないか」
見たところ、エリオドロに供はいない。
単独でこちらに向かってきたようだ。
「何を考えておるのだ、お主らは。まさかとは思うが……お主らがラインホルト殿下の『敵』だと?」
デニスが一歩前に進み出て、エリオドロと対話を試みる。
「いいえ、私たちは敵ではありません。帝国の未来のため、正しき道を往くのみ。兄上とも剣を交えるつもりはありませんよ」
「では、何か。デニス殿下……あなたは家に帰ってきただけだと? ならば堂々と正門から帰還すれば良い。皇子が城に帰ることを、いったい誰が拒みましょうか!」
「後ろの彼らをともに城へ入れてくれるのならば。そして、ペートルスに会わせてくれるのならば。私も堂々と正面から来たでしょうね」
「それは土台無理な話でしょう。ペートルス卿の処刑は決定事項ゆえ」
どうやら対話は不可能らしい。
悟ったセリノは、デニスとエリオドロの間に割って入った。
「殿下、お下がりください。殿下の道を阻む不敬な賊を、私が斬り捨てましょう」
「ふははっ! 威勢が良いな、従者よ。だが……」
重圧が迸る。
エリオドロは凄まじい圧を伴って、竜の翼を広げた。
「鼠一匹、入れるなと。我が主のラインホルト殿下が仰せである! たとえデニス殿下といえども、最高決定権を持つラインホルト殿下の命には従っていただかなくては!」
「お断りします。皆さま……ここは私が。セヌール伯爵家の天才、フリッツ・フォン・ウォキックがアンギス侯爵を足止めいたします。どうか皆さまは先へ」
真っ先にフリッツが進み出る。
しかし、デニスは顔を真っ青にしてかぶりを振った。
「いけません。帝国随一の勇将、アンギス侯爵に単独で挑むなど……」
「はいはい。じゃ、ウチが銀髪のお兄さん補佐するから。城までは走っていける距離でしょ? 斥候のお兄さんの技術があれば、城に潜入するのは簡単。ほら、行った行った」
アリアドナは追い払うように手を振った。
雷の魔法が弾け、追いやるようにノーラたちの背中が押される。
「で、でも……!」
「仕方ない、ノーラ! 今はあいつを信じて行くんだ! ほらほら、殿下にセリノもさ!」
コルラードが強引にノーラの手を引く。
ここは割り切って彼らに託すしかない。
逡巡を見せたデニスだが、迷いの末に走り出す。
「っ……フリッツさん、アリアドナさん! ご武運を!」
駆けていく四名の背を眺め、エリオドロは息を漏らした。
そんな彼の様子を見てフリッツは尋ねる。
「追わないのですか?」
「追って背中を撃たれぬほど、お主らが甘い存在でないことは理解しておる。それに……挑まれたからには、騎士として受けて立たねばな! お主らを一瞬で沈め、彼らを追い討とうぞ!」
竜の嘶きとともに、エリオドロは高々と剣を掲げる。
とてつもない威圧感を前にフリッツは覚悟を決め、アリアドナは煩わしそうに耳を塞いだ。
「オノン子爵令嬢。初めて息を合わせますが……あなたの技能は信頼していますよ」
「うい。名家の令息なんだしさ、初めて踊る相手にも合わせられるでしょ?」
「ふっ……かしこまりました。魔術の舞踏、エスコートさせていただきます」
勇将猛る。
魔術の天才、二名が猛りを穿つ。