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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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真なる神

「――真なる神と会い、御言葉を授かりなさい」


何を言われたのか理解できなかった。

ノーラは教皇の言葉の意味を頭の中で咀嚼する。


「真なる神……って、本物の神様という意味ですよね? でも焔神様は死んでいるのでは……」


教皇本人の口から聞いたのだ。

すでにシュログリ教の主神、焔神は死していると。

まさか暗に自分も死ねと言われているのかな……とノーラは邪推しかけたが、目の前の聖人がそんなことを言うはずがない。


「ええ、死んでいますよ。我らが主神はね。ただ……神というのは一柱だけではありません。どこかで聞いたことがあるかもしれませんが、シュログリ教は焔神を中心とする多神教。すべての神々を敬い、信仰しています」


そういえば、シュログリ教の概説を教えてくれたガスパルが言っていた。

『シュログリ教は一神教ではなく、焔神をメインに据える多神教なのさ』……と。


「では、焔神様ではない神様がいると?」


「はい。その神に拝謁し、御言葉を授かること。これが三つ目の条件です」


聞いているうちにいくつかの疑問と不安が首をもたげる。

どういう神なのか。

どこにその神がいるのか。

どのような言葉を授かってくればいいのか。


沸々と浮上してきた疑問。

まずは何を聞こうかと思考を整理していると。


「お尋ねしたいことは山ほどあるかと思いますが、心配はいりません。巫女長が案内します」


壁際に控えていたエルメンヒルデ。

彼女は教皇の視線を受けると、恭しく礼をした。


「かしこまりました。エレオノーラ様をご案内します」


「わ、わかりました。それじゃ、エルン……よろしくね」


時間がない。

ペートルスの処刑がいつ行われるかわからない以上、いちいち質問している場合ではないのだ。

ノーラは促されるがままエルメンヒルデの案内に従った。


 ◇◇◇◇


「ほーんと……最近は騒がしいよねぇ。だらだらニルフック学園で遊んでたころが懐かしいよー」


エルメンヒルデはため息まじりに車窓を眺める。

これから向かう『真なる神』のもとへの道中。

ノーラはこれまでに起こった出来事をエルメンヒルデに話していた。


「騒がしいどころの話じゃねぇって。これからも……きっと大変な日々になる」


教皇領で刺客に命を狙われ、その後すぐ学園長の一件があって。

義母を裁判で断罪して真実が明るみになったと思ったら、ペートルスが反乱を起こして。

日常はずっと遠くに離れていってしまったのだ。


それでも立ち止まるわけにはいかない。

離れていった日常を取り戻すために。


「神様か……ほんとに雲の上の話すぎてさ。生物として存在していることは知ってるんだけど、人生の中で会う機会があるとは思ってなかったな」


「……実はもう、ノーラちゃんは神様と会ってるんだけどね」


「え?」


「ほら、この道……思い出せない? 元旦にエルンと奉納の儀に向かったとき、通った道だよ。あの日、ノーラちゃんは神様と会ってるんだよ」


記憶をたどる。

元旦の日に会った特殊な人物と言えば……一人しか思いつかない。

山の深く、突如として現れたブックカフェにて。

赤髪の少女と果たした出会い。


「イクジィマナフさん……?」


「そ。あの人、最初に会ったときビビったんだよねぇ。圧倒的に格上のオーラがあってさ……近づくのもおっかなかった。ノーラちゃんが本を選んでいる間に聞いてみたんだけど、正真正銘の神族だったよ。焔神様とも古い知り合いだったらしいし」


「マジか……只者じゃないと思ってたけど、まさかね。まあでも、式神と似たようなもんだと思えばいいか」


「肝座りすぎだよノーラちゃん……」


正直、神とか言われてもよくわからない。

要するに妄想の類ではない、実在する種族で。

トンデモ生物だという認識しかノーラにはなかった。


とにかく今は、神が相手だろうと遠慮している場合ではない。

無礼千万、ノーラは何がなんでも教皇の要求を満たすつもりだった。


 ◇◇◇◇


鈴の音とともに、清澄な空気が二人を出迎える。

山の中腹には例のブックカフェがあった。

夢想のように現れては消える建物だが、今は二人を出迎えるように静かに佇んでいた。


「来たか。『呪われ姫』に絡繰の式神よ」


カウンターでグラスを磨いていた少女が顔を上げる。

碧の瞳に射抜かれ、ノーラはたしかに感じた。

以前は感じなかったのに……上位者を前にしたかのような威圧感を。

ノーラはそれでも臆さずに進み出る。


「どうも……あの、本日は話があって来ました」


「そこに座りたまえ。飲み物でも用意しよう」


「いえ、でも……急ぎの用事があって」


「問題ない。ペートルス・ウィガナックの処刑までにはしばらくの猶予がある」


すべてを見透かしているようにイクジィマナフは語る。

さすがは神を言ったところか。

思えば……ノーラが記憶を取り戻す鍵となった本を渡されたのも、すべて彼女の手の内だったのかもしれない。


エルメンヒルデはノーラの隣に座ると、声にわずかな安堵を滲ませて言った。


「とりあえず……何から話すかは、全部神様にお任せした方が良さそうだね。きっと神様の命に従えば、万事上手くいくよ」


「それはどうかな。人の運命は人の手で手繰り寄せるものだ。導を与えようが、人の世は紛錯するが定め。混沌に抗う術は意志のみに限られる」


「何言ってんのかわかんねぇや」


呆けた面を晒すノーラに、エルメンヒルデは引きつった表情を浮かべた。

神の御言葉を授かれと言われたのに、解釈を放棄してしまっている。


「さあ、本題に入ろうか。ペートルス・ウィガナックの話をする前に……まずはエレオノーラ、君の話だ」


二人の前にことりとグラスが置かれる。

香りのよい珈琲の匂いが漂う中、イクジィマナフは切り出した。


「――君に残された時間について。自覚はしているだろうか」

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