舞い降りる毒翼
ノーラが教皇領へ発った後。
デニスたちは白熱した話し合いをしていた。
「私たちの目的はペートルスの救出。しかしルートラ公をどうにか封じ込めなければ、一時の凌ぎにしかなりません。そこで……私がルートラ公を倒します」
強気なデニスの発言に、フリッツが顔を青くした。
「倒すというのは……まさかペートルス卿と同様に戦争を?」
「いいえ。『裁く』のですよ。先日のイアリズ伯爵家にまつわる裁判にて、ルートラ公の犯罪が明らかになりました。これを理由として、私が彼を糾弾します」
皇子たるデニスならば、ルートラ公爵とも対等に渡り合う資格がある。
しかし……とノエリアは異を唱えた。
「あの老獪は兄にすべての責を押しつけるつもりです。邪法の行使も、刺客の手引きも……兄が反論できないのをいいことに、兄が主犯だと主張するはず。そして、ラインホルト第一皇子も『そういうこと』にしたいのよね?」
「はい。兄ラインホルトは大局を見て、最も穏便な方法で事を収める気でいます。それすなわち、ペートルスを犠牲にすること。私は真実の奥にある平穏を求め、兄は偽りの表層に包まれた平穏を求める。今回はその両者の争いになるでしょう」
真実を知る者からすれば、義があるのはデニス側だ。
だが大多数の諸侯や民にとってはその限りではない。
国というものは――良くも悪くも、表層が平和であれば成り立つのだから。
やはりデニスたちの戦いは厳しいものになるだろう。
明らかな向かい風、壁は高い。
「今は一人でも多くの協力者を増やしましょう。そうですね……セリノ、心当たりはある?」
「ふむ……まずは生徒会の面々でしょうか。殿下の鶴の一声とあらば、生徒会一同どこにでも駆けつけます」
「それはセリノだけだと思うけど……うん。エンカルナさんとガスパルにも助けを求めてみましょう。あとは……」
「――あとは、俺がいる。この俺がね」
陰から伸びた黒い靄。
それは徐々に人の形を形成し、一人の青年となる。
ゆらりと現れた青年に一同は首を傾げた。
「あなたは……?」
「そういや、ここにいる人たちとは面識がなかったな。俺は人呼んで『サンロックの賢者の弟子』……コルラード・アスオッディム! ……とは仮の姿で。ペートルス様の斥候、『凶鳥』コルラードだ。よろしくな!」
場の雰囲気に相応しくない明るい声色。
コルラードと名乗った青年は、気さくに片手を挙げた。
「そういえば……一年生にサンロックの賢者のお弟子さんがいましたね。たしかノーラさんと知り合いだったような……」
「おう、そりゃもう大親友! ただ、ノーラはここにはいないみたいだな。少し来るのが遅かったか」
突然現れたコルラードに、面々は警戒した視線を向けている。
警戒の理由は彼が放った言葉――『ペートルスの斥候』という身分の開示。
さらっと言ってのけたが、衝撃の告白である。
フリッツはコルラードの明るい雰囲気に流されず、単刀直入に尋ねた。
「ペートルス卿の斥候。あなたはそう名乗りましたが……どういうことです?」
「まあ……それには深いワケがあってだな。賢者の弟子と、公爵令息の斥候、二足の草鞋でやってたのさ。今までは内緒にしてたんだけど、こうなったらもう隠してる場合じゃない。俺もあんたらのペートルス様救出作戦に協力するぜ!」
どん、と。
胸を叩いてコルラードは宣言した。
……とはいえ、一同は彼の凄さをよく知らないし、得体の知れない人には違いないので。
「怪しいわ……」
「ルートラ公爵令嬢に同意します。いくらピルット嬢の友人とはいえ、いささか信じるには厳しいかと」
「すみません、コルラードさん。もう少しお話を聞かせていただけますか?」
「いけません殿下。このような不埒な輩は一刻も早く排除すべきです」
「うおぉ……俺ってマジで信用ない感じ? まあ仕方ないか」
意気消沈するも、コルラードは諦めない。
彼の言葉に嘘偽りはなく、心の底からペートルスを助けたいと考えている。
「でも頼む! 俺を信じてくれ!」
コルラードはシュログリ教式の合掌をして懇願した。
そんな彼に困ったような笑みを向け、デニスは屈みこむ。
「コルラードさん。あなたがペートルスに仕えていたというのなら……どうしても知りたいことがあるのです」
「おう、もちろんですよ! 反乱軍の現状、ルートラ公爵家の弱味、それから……」
「――ペートルスが反乱を起こした理由を」
迷いなく、真剣な問い。
デニスの熱の籠もった問いかけに、コルラードは驚いたように閉口した。
真っ先に出る質問がこれだとは思っていなかったのだ。
「……ああ、わかったよ。でも俺だって、あの方が反乱を起こした理由を完全に把握しているわけじゃない。四年前のあの日……俺が出会ったときにはもう、ペートルス様はルートラ公爵を殺すつもりだったからな」
椅子に腰かけたコルラードは昔を想起するように天井を見上げる。
わずかに懐かしさの滲んだ彼の声は、すぐさま現実の過酷へと引き戻されて。
少しだけ低く響いた。
「俺で良ければ話すよ。得体の知れない、あの貴公子の本質をな」