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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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呪われ姫

ニルフック学園、旧校舎。

荒れ果てた校舎の中でマインラートは深い絶望に沈んでいた。


届いた報せはペートルスの敗北。

反乱は失敗に終わり、ルートラ公は健在。

そしてペートルスは処刑されるという。


「……私たちの敗因はルートラ公の『奥の手』を見抜けなかったこと。まさか旗印たるペートルス卿を一瞬で無力化する術があるなど、誰が予想できましょうか。ルートラ公の用心深さには驚嘆するばかりですよ」


ペートルスに仕えていた刺客、ミクラーシュは苦しげに言う。

反乱軍とマインラートは密に連絡を取り合って共謀していた。


マインラートとしては本気で勝ちに行っていたつもりだ。

それでもなお、訪れたのは敗北という結末で。


「じきに俺も親父から然るべき処分を受けるだろうな。追放刑ならまだマシ、最悪はペー様の後を追ってあの世行きかもしれねえ」


宰相たるスクロープ侯爵の派兵を封じ、反乱軍を支援したマインラート。

もちろん彼も罪に問われることは明白だった。

すべて覚悟の上だった……つもりなのに、いざ死を前にすると恐怖が募る。


「まあ……なんだ。ミクラーシュもお疲れさん。不幸中の幸いは、ペー様が倒れたことで戦が収まったことだ。お前の部下とかコルラードも無事なんだろ?」


「ええ。しかし、ここからどうするべきか。潔く逃げるか、あるいはペートルス卿を助けに行くか」


「ハッ……助けるだって? ペー様を目覚めさせる方法も知らないのに、か? 冗談もそのへんにしとけ」


「道理です。しかし……本校舎の方では、まだ諦めずにどうにかしようとしている方々がいるみたいですよ」


マインラートは訝しげな表情で顔を上げた。

この無人の学園に誰がいるというのか。


「カラスと視界を共有する術にて本校舎の様子を監視していました。たった今、デニス殿下に従者セリノ、ルートラ公爵令嬢、セヌール伯爵令息、そしてノーラ・ピルットが策を立て始めたようです。……ペートルス卿を救うための策を」


ぎり、と。

静かな部屋に響き渡るほど力強い、マインラートの歯ぎしりが響いた。

彼の手は小刻みに震え、呼気は荒くなっている。

その震えは恐怖ではなく――憤怒だ。


「ふざ、けんな……何やってんだ、あの連中は……!」


椅子を蹴り飛ばし、マインラートは旧校舎から飛び出していく。

彼の背を見つめてミクラーシュは嘆息した。


「やれやれ……困りましたね。自身の不甲斐なさと、未来の不透明さに腹が立ちます。人情、などというものは刺客として捨て去ったつもりですが……」


ゆらりと影が舞う。

一瞬にしてミクラーシュは姿を消した。


 ◇◇◇◇


五人はペートルスを救う手立てを探り、議論していた。

時間がない。

ペートルスの処刑がいつ実行されるか不明な以上、可及的速やかに動かなければならない。


「……わかりました。宗教派との交渉はノーラさんに一任します。可能であれば、宗教派のウォラム侯爵家の令息……ガスパルにも協力を仰ぎましょう」


「ありがとうございます。必ず……やってみせます」


各々が今後の段取りについて議論していると、荒々しく教室の扉が開いた。

一同は驚いて顔を上げる。

そこには顔を紅潮させたマインラートの姿が。


「マ、マインラート! 来てくださったのですね!」


フリッツは瞳を輝かせて立ち上がる。

しかしマインラートから返ってきた反応は、予想外のものだった。


「あんたら……ここで何してる」


「マインラートさん。私たちはペートルスを救うために作戦を立てているのです。あなたがここを訪れたのも……きっと彼を救うため。そうでしょう?」


デニスは顔色が優れないマインラートを警戒しつつも、笑顔を向けて歩み寄った。

しかし彼が差し伸べた手をマインラートは激しく振り払う。

瞬間、セリノがデニスの前に立つ。


「殿下、お下がりください」


「ふざけんな。あんたら、どうしてペー様が反乱を起こしたのか知りもしないで……あいつの気持ちを知りもしないで……! これは遊びじゃねぇんだ、お遊戯じゃねぇんだ!」


怒号が轟く。

激情を乗せたマインラートの叫びが。


「マインラートさん……?」


「遊びじゃねえ、本物の戦だ! 帝国の未来を賭けた大一番だ! ペー様は……ペートルス様は、グラン帝国の未来のために反旗を翻した! それなのにあんたらは! これ以上厄介事を起こして、まだ血を流す気かよ、死ぬ気なのかよ!?」


俺たちは負けたんだ。

もう結末は変わらないんだ。

そんな悲痛な叫びが、マインラートの喉から締め出される。


ペートルスは英雄になれなかった。

大罪人として歴史に名を刻むことになるだろう。

それでもマインラートは彼の雄姿と、帝国のために立ち上がった意志を忘れないから。

これ以上、ペートルスの末期を汚すのは御免だった。


有終の美では終わらない。

マインラートが終わらせない。


「マインラート様。わたしたちの願いはお遊びじゃありません。これ以上帝国の未来を曇らせるつもりなど、欠片もありません」


「あんたに何がわかる。俺はずっとペートルス様と未来を語らってきた。一人でも多くの民が、笑顔で過ごせる未来を。そのためには……ルートラ公の切除が必要不可欠だったんだ。奴の手元にペートルス様の命運が委ねられた以上、もう終わりなんだよ」


「終わりじゃない。わたしたちが諦めてないから……終わりじゃありません」


ノーラの反論にマインラートは舌を鳴らした。

一切の曇りなく反論してくるノーラに、どうしても不快感が隠せない。


「平民に何ができる! たとえデニス殿下がいたとしても……公爵派と優勢な第一皇子派を敵に回して、勝てるわけがない! 下手したらすべての民を巻き込んだ大戦争に発展する! もう終わったんだよ……諦めて大人しくしていてくれよ……」


民を想うからこそ。

マインラートの切実な願いには熱が籠っていた。

民を救うためなら、自分の命だって捧げてもいい。

これ以上、悲惨な未来を迎えないために……少しだけ悲惨な現状を受け入れるしかないのだ。


「ですから、わたしが宗教派を味方につけます」


「は……?」


「宗教派を味方にすれば、天秤はこちら側に傾く……とまでは言えませんけど。つり合いを取ることくらいはできるはず」


「意味わかんねぇよ。戯言も大概にしろ。平民がどうやって交渉の席につける?」


無理もない。

マインラートは何も知らない。

マインラートだけではなく、この場にいる誰もが。

ノーラとシュログリ教の関係性を知らない。



だから言おう、告白しよう。

もう時間がないのだから。

ペートルスの命を救うためならば、己の仮面など。


「わたしが……イアリズ伯爵令嬢、『呪われ姫』エレオノーラ・アイラリティルが。教皇聖下に協力を仰ぎます」

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