表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
186/216

希望の運び手

一人の少年が寝台の上で眠っていた。

死んだように、安らかに。

身じろぎひとつせず、寝言ひとつ立てず。


ペートルス・ウィガナックは死んでいる。

そう形容しても過言ではないほど、彼は死に近い状態にあった。


「……第一皇子からの勅令だ。ペートルスを処刑する」


孫の顔を見下ろし、ヴァルターは淡々と宣告した。

ペートルスが反乱を起こしたのは、実を言うと彼にとっても想定外の事態だった。

今まで反抗的な素振りなど一度も見せなかったし、情報もつかめなかった。


だからこそ……今、こうして安堵している。

己の首を狙った不届き者を誅することができて。

念には念を入れ、ペートルスの邪器に細工を施しておかなければ……むしろ処刑されるのはヴァルターになっていただろう。

獅子身中の虫はかろうじて退けられた。


「さて……早々に不老不死の研究に戻らねば」


死への恐怖。

ヴァルターを支配する恐怖という呪いは、絶えず脈動する。


 ◇◇◇◇


ノーラが教室を飛び出そうとすると、フリッツが慌てて前に立った。


「お待ちください。どちらへ?」


「決まっているじゃないですか……ペートルス様のもとに行くんです! わたしは、わたしは……」


ノエリアからその(・・)言葉を聞いた。

それでもなお黙って座っていられるほど、ノーラは思慮分別のある性格ではなかった。


「無理に決まっているでしょう。ピルット嬢が一人でルートラ公爵家へ向かったとして、ペートルス卿を助けられるのですか? ルートラ公を説き伏せられるのですか?」


「それは……わからない、けど!」


「すでに勝負は決したのです。ここは大人しく諦めた方が……」


「そんなこと、できるわけねぇだろうが!」


ノーラの怒声にフリッツは口を閉ざした。

焦燥と激情に支配されたノーラは、とうに冷静に思考することなど放棄している。


「フリッツ様は悔しくないんですか!? ペートルス様を助けたいって、そう思わないのかよ!? 少なくともわたしは……このままペートルス様とお別れなんて、絶対にしたくありません!」


「私も同じですよ。ペートルス卿は私の恩人です。セヌール伯爵家を背負う私を理解し、何度も何度も救いの手を差し伸べてくれた。ルートラ公が兄を殺したことを負い目に感じて、ずっと私に寄り添ってくれた。その度に……私はあのお方を助けたいと思った。傀儡のように生きるあの方を、救いたいと思ってしまったんです。……傲慢な考えですがね」


「だったらどうして……」


「何も私はペートルス卿を救うことを諦めたわけではありません。無策で挑むよりも、策を練って挑んだ方が勝率は上がる……それだけのことです」


フリッツの瞳には光が宿っていた。

まだ諦めていない。

彼もまた自分と同じ意志を抱いているのだと……悟った瞬間、ノーラは自身の短慮に恥じ入った。


二人の会話を静観していたノエリア。

彼女は呆れたようにため息を吐いた。


「無謀ですこと。本当にできるとお考えで?」


「――できますよ。必ず」


新たに降り注いだ声。

強い決意を秘めた声を聞き、ノーラは教室の入り口を見た。


「デニス殿下に……セリノさんも!」


「こんにちは、ノーラさん。やはりこの教室に来て正解でした。誰かがいるのではないかと思っていたのです」


「セリノ・ウラムナム、参上いたしました。殿下が急に城を飛び出したときは驚きましたが……どこまでも随身する所存でございます」


唐突に現れた皇子に一同は驚きを隠せない。

帝国の内情が乱れている今、デニスは城にいるべきだ。

こんな無人の学園で油を売っている場合ではないはずだが……さしものノエリアも驚きを隠せない。


「殿下……どうしてこちらに?」


「ペートルスに対し、兄ラインホルトから処刑命令が出ました。今回の一件はペートルスがすべての責を負い、償うという形で収束させたいようです。ですが……私は兄の思惑通りにはさせません」


「それはつまり……殿下、自分のおっしゃることの意味がわかっていらして? ラインホルト殿下と明確に敵対する姿勢を示す、ということですわよ?」


「元より内々で派閥争いはしていました。それが少し露呈するだけのことですよ。今回の一件はペートルスを助けるか否か、だけの話ですから政情にはさほど影響はありません。それに……私はペートルスを見殺しになどしたくありません。彼は私の憧れで、これからも追い続けたい親友だ」


デニスは熟考した。

ペートルスが反乱を起こした報を聞いてから、この結末すらも見据えて策を巡らせ続けていたのだ。

あらゆるリスクを勘案した上で兄の意向に逆らう。

それが彼の決意だ。


フリッツは俯いて考え込む。


「デニス殿下にご協力いただけるのならば……もしかしたら。いえ、それでもルートラ公とラインホルト殿下を相手にするのは……」


まだ天秤は傾かない。

運命を覆し、ペートルスの命を救うには至らない。


公爵派の内乱が収束し、それが火種となって。

今や皇帝派をも巻き込んだ闘争に発展しつつある。

ならば何を置けば天秤が傾くのか。

それは他ならぬ、三大勢力の最後の一角。


ノーラは意を決してデニスたちに提案した。


「宗教派に協力を仰ぎましょう。わたしが交渉の席に立ちます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ