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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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下された天命

ペートルスはすでに死と等しい状態にある。

ノエリアの告白に衝撃の沈黙が流れた。


「どういう……ことですか? ペートルス様に、何があったんですか?」


「こちらをご覧ください」


ひとつの紙束がテーブルの上に置かれる。

紙束に描かれた文字に、ノーラは見覚えがあった。

ペートルスの文字だ。


「兄がクラスNに所属し、己の力について研究した成果をまとめたもの。本来であれば、永遠に日の目を浴びることなく燃やされるはずのものでしたわ」


パラパラと頁をめくってみる。

何が書いてあるのか、あまり理解できないが……言葉の節々に嫌なものを感じた。

横から覗き見ていたフリッツは眉をひそめる。


「邪器……?」


「兄の力の根源。それは幼少の砌、祖父から左耳に移植された『邪器』と呼ばれるものです」


「それって……もしかして……!」


自分の右目と同じではないだろうか。

黒幕はルートラ公爵だった。

ならば孫のペートルスもまた、ルートラ公の毒牙にかかっている可能性は充分に考えられる。


ノエリアはとうにノーラの正体に気がついているのだろうか。

軽くうなずいて語りを続ける。


「音を自在に繰り、支配する。とても強力なものでしたが……用心深い祖父はそこに罠を仕掛けていました。兄の力をいつでも止められるように、邪器を停止させる機能を」


ペートルス・ウィガナックの敗因。

それはルートラ公が備えていた邪器の非常停止能力。

用心深い彼は誰に伝えることもなく、反乱が起こるまでこの能力を秘匿していた。


「斥候からの情報によれば……器の停止とともに、兄は意識不明の状態に陥りました。邪器と意識にどのような因果関係があるのか、専門家ではないので存じ上げませんが。このまま兄は覚醒せず、抵抗することもなく首を刎ねられるでしょう」


すでにペートルスは死んだも同然。

ここから助かることはない。

語られた絶望的な状況に、ただ戦慄するしかなかった。


「ど、どうにかならないのですか……!?」


「逆にお考えくださいな。どうすればこの状況から兄が助かると?」


「……ルートラ公爵令嬢のお言葉は厳しいですが、正しい。もはやペートルス卿の命はない……と思った方が賢明かもしれませんね」


ノエリアは席を立ち、俯きがちに言った。


「兄の反乱計画は、私も前々より捕捉していました。それでも止めなかったのは……兄が勝てると、そう信じていたからです。まったくもって愚かでした」


信じていたのだ。

口先では忌避していても、ただ一人の頼れる家族だったのだ。

ノエリアもまた両親の仇の死を欲していた。

今となっては後悔の念のみが蟠る。

結果として得たのは、ただ一人の家族すら喪ってしまう末路。


「どうして……ノエリア様は、わたしを呼んだのですか?」


「兄からひとつ伝言を預っていたのです。それを伝えなければと」


ノーラの耳元にノエリアはそっと手を当てる。

そして、ひそめた声でその(・・)言葉を伝えた。


 ◇◇◇◇


帝都エティス、皇城にて。

反乱の収束を聞き届けたラインホルトは渋面した。


「ペートルスの敗北か。あの獅子が負けるとは……ルートラ公はどんな手を使ったのやら」


ここまでの戦況報告では、反乱軍の圧倒的優位。

ペートルスが勝利するかと思われていた。

ラインホルトとしても、その結果を望んでいたのだが。


「傾いた天秤を戻すことはできない。投げられた賽を振り直すことはできない。天命は下された」


勅書を認めるべく筆を取る。

『ペートルス・ウィガナックは国賊である。その命をもって、帝国を脅かした責を取らせよ』――と。

最も騒動を丸く収める道を。

ラインホルトは選ばなければならなかった。


筆を動かそうとした瞬間、執務室の扉が叩かれる。


「……兄上」


「デニスか。入れ」


扉の隙間から物怖じした様子で顔を出したデニス。

しかし、その瞳に宿っていた光は……


「ああ、好ましくない目をしているな」


ラインホルトは一瞬にして愚弟の思考を悟った。

いかんせん優しすぎて未熟な弟の思考など、いとも容易く読み取れる。


「兄上。ペートルスはどうなるのですか」


「処刑されるだろうな。私が命じなくとも、ルートラ公は孫の首を刎ねる。ならばペートルスの死を泰平の礎として利用するべきだろう」


「……ルートラ公は大罪人です。先日の裁判でも、邪法を行使していることが明らかになったでしょう。今回のペートルスの挙兵も、それを糾弾するための側面がありました。無闇に皇帝派がルートラ公に肩入れするのは危険だと思います」


「そうだな。あの老獪は、私が皇位を継いだ暁には殺す。だが……今はまだ、目を瞑ろう」


ルートラ公が国の腫瘍だという認識は変わらない。

だが、いつ裁くかの問題だ。

少なくとも、すぐにあの権力者と対峙することはラインホルトとしては避けたいと考えている。


老衰して死ぬのを待つか、あるいはそのうち理由をつけて叩き潰すか。

どちらにせよ『今』の話ではないのだ。


「理解できません。あの方を放っておけば、まだ被害は出続ける。それを容認すると?」


「それはお前の方便だろう。ただお前は友人のペートルスを助けたいだけ……違うか?」


「違いませんよ。兄上はどうお考えなのですか? ペートルスを見殺しにするべきだと?」


「そうだ。帝国のためにな」


「…………」


交渉の余地はないようだ。

デニスは暗澹とした心で悟った。

きっと兄は何もかもお見通しなのだろう。

自分がこれからどう動こうとしているのかすら。


「やめておけ。お前には荷が重すぎる」


「やめませんよ。愚かな弟をお許しください」


「私と事を構えることになるぞ」


「すでに派閥争いはしていますからね。望むところではありませんが……必要とあらば」


「……そうか。臆病だったお前が、ずいぶんと勇気を備えたものだ」


第一皇子としては、臆病なままの弟が望ましかった。

兄としては――きっと誇らしい。


まだ(・・)お前は何もしていない。ただし、何かが起これば……そのときはお前を正式な敵として認めよう」


「失礼いたします。私もまた、ペートルスに続いて命を捧げる覚悟はできている」


部屋を後にしたデニス。

残るラインホルトはすぐに筆を取り、勅書を認めた。


「天命は覆らない。ペートルス・ウィガナックは国賊である。その命をもって、帝国を脅かした責を取らせよ――」

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