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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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公爵家めぐり

「ひええええぇぇーっ! あ、あば……っ!?」


「レディ・エレオノーラ! 口を開かないで、舌を噛んでしまうよ!」


「…………っ」


エレオノーラは青ざめてうなずいた。

今、ペートルスと一緒に竜に乗っている。

竜に……乗っている。


「ほら、体を背中に預けて。姿勢を少し低くして」


「はひ」


話は昨夜に遡る。

いまだにエレオノーラは城内を迷うし、城の外の庭園に出ようものなら一生帰ってこられない自信があった。

そこで夕食時、ルートラ公爵家を見て回りたい……と何気なく呟いたことが発端。


公爵家の敷地はとんでもなく広い。

そこでペートルスの愛竜に乗って、飛びながら敷地内を見て回ろうという話になったのだ。


「よし、そろそろ着陸しようか」


ペートルスがエレオノーラを抱き寄せる。

竜が怖いというのもあるが、彼女が狼狽している最大の要因はこれ。

ペートルスは気安く令嬢の体に触るような性格ではないものの、こうして乗竜するとなると話は別だ。

人と接することに抵抗のあるエレオノーラにとっては、これが本当につらい。


ゆっくりと竜が下降し、強風とペートルスの抱擁から解放される。

瞬間、エレオノーラは過呼吸になって芝生に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……お゛えっ」


「大丈夫? 酔い止めいる?」


「だ、大丈夫……じゃないけど、大丈夫です。酔ってるわけじゃ、ないんで」


きゅう、とか細い声で竜が鳴く。

白い鱗に、黄金の丸い瞳。

竜は翼を畳んでエレオノーラを心配そうに見下ろした。


「ご、ごめんなさい……あなたの飛翔はすごく快適でしたよ。わたしが、わたしが悪いんです……」


不興を買って食い殺されないよう、エレオノーラは竜に頭を下げた。

竜種は賢いのでたぶんエレオノーラの言葉を理解している。


「大丈夫、彼は怒ってないよ。ね、テモック?」


テモックと呼ばれた竜は肯定するように鳴いた。

エレオノーラを怖がらせないようにテモックは後退して体を縮める。

落ち着きを取り戻して、彼女は立ち上がった。


「竜に乗るのは初めてで……すみません。あ、馬にも乗ったことないんですけどね」


「初めては緊張するよね。誰でも最初はそんなものだからさ」


「えぇ? 皆さんもわたしみたいに、初騎乗は泡を吹いて発狂されるんですね。意外だなぁ……」


「そうそう。そんな感じだよ」


明らかなペートルスの嘘を信じ込み、エレオノーラは調子を取り戻す。

改めて周囲を見渡すと……そこは湖畔のような場所。

薙いだ透明な水面が輝き、その下を魚たちが泳いでいる。

湖を取り囲む花々のそばでは蝶が舞っていた。


「まずは僕が一番気に入ってる場所を案内しようと思って。綺麗な場所だろう?」


「そ、そうですね……静かで、落ち着きます。水がたくさんあって怖いですけど。湖とか、海とか……そういうものは見たことがないんです」


「君が知っている場所は……イアリズ伯爵家だけ? 呪いを発症する以前に外に出たことは?」


「何回かありますけど、帝都から出たことはありません。綺麗な自然風景とか、外国の景色とか。小説の中でしか読んだことがないんですよね……」


檻の中の動物みたいだった。

見るだけで恐怖するという『怪物』として、今まで過ごしてきて。


「そうか。人は与えられた環境で勝負するしかないからね。こうして転機が訪れてよかったじゃないか。これからは機会があれば、たくさんの景色を見に行くといい。もう君は呪いに縛られてないのだから」


ペートルスの反応は少し意外なものだった。

どことなく横たわる諦観、他人事のような距離感。

彼は屈みこみ水面に手を伸ばす。

白い指先は水に触れる直前で止まり、引き戻される。


「君が望むのなら各地を旅行するお金も、外国に行くお金も用意できる。もちろん、これまで通り引き籠って静かに暮らすお金もね。必要になったら言ってほしい」


「え、えぇ……? ペートルス様がわたしにそこまでする義理はないと、思いますけど。わたしを預かってくれてるのは……暗殺から守るためと、呪いの研究を進めるため、ですよね?」


「ああ。僕にそこまでする義理はない。そう思うのなら、そうなんだろう」


「何が言いたいんだこいつ……」


「ははっ。ごめんね、なんでもないよ」


「あ、あ、すみませぇん……悪気はないんです……」


聞こえないくらい小声で呟いたのに、しっかりペートルスに聞かれていた。

案外地獄耳なのかもしれない。


「この湖は城の北東にある。釣りもできるから、気分転換したいときはぜひ利用してくれ。これより北に進んで策を越えると、野生動物が生息する森林がある。僕はよくそちらで客人と狩りをするよ」


「釣りに狩り……わたしでは難しそうです。力もないし、釣り竿も弓も持ったことないですから」


「逆に言えば、未知数の才能だということかな。自分がこれまで経験したことのない分野には積極的に手を出してみるべきだ。かくいう僕も、最初は忌避していた狩りに才能があったみたいで……今では弓の名手と呼ばれているよ」


才能。

エレオノーラの人生は怠惰に消費されてきただけだった。

何事にもチャレンジしてこなかった……というかチャレンジする資格を与えられなかったので、自分のどこが優れているのか判然としない。

かろうじて歌が好きで、絵心が微妙にある程度。


「へー……す、すごいですね。ペートルス様は狩りに猟銃じゃなくて弓を使うんですか」


「弓の方がエレガントだからね」


「……? そうなんですか?」


「猟銃はうるさいし、硝煙臭い。弓でサッと獲物を仕留めた方が様になるだろう? もちろん素人にとって頼りになるのは猟銃の方だろうけどね」


たしかに、言われてみれば。

そういう細かな優雅さの積み重ねが、ペートルスという貴公子を生み出している。

エレオノーラも細かな気品を積み重ねれば立派な令嬢になれるのだろうか。

いやしかし、自分はそんな性質ではない……とエレオノーラはかぶりを振った。


「さあ、次に行こう。このままだと日が暮れてしまう。公爵家は広いから、効率的に回っていかないとね」


「あ、あ、また竜さんに乗るんですか……?」


「どうしてもテモックに乗るのは怖い?」


「いえ……竜に乗るのはそこまでで、ちょっと怖いくらいですけど……」


『あなたに抱き寄せられるのが怖いです』なんて面と向かって言えない。

それほどの度胸がエレオノーラにあるはずもなく、やっぱり大丈夫ですと再び竜の背に乗った。

ペートルスの愛竜、テモックの背はごつごつしていて少し熱い。

白い鱗を撫でながらエレオノーラは尋ねた。


「なんつーか、小説だと竜種は懐かないって読んだことがあるんですけど」


「基本的にはね。竜種は賢くて強く、気位が高い。特にテモックのような天竜……上位の竜種はなかなか人間に首を垂れないんだ。歴史を紐解いても、竜が服従した人間は圧倒的な力を持つ英雄くらいだね」


「へぇ……じゃあ、どうやってこの子(こいつ)を従わせたんですか? 公爵家の富を使って餌付けとか……?」


「いや? 普通に力で従わせてるよ?」


(……ド、ドメスティックバイオレンス……!?)


テモックは虚しく鳴いた。

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