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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
179/216

奇人、極まれり

空を裂く猛襲。

天を穿つ猛撃。

戦は徐々に熾烈を極め、戦火は高く舞い上がり。


ペートルス率いる反乱軍は、着実にルートラ公爵家へ迫っていた。

一切合切、予定調和。

敗北の兆しはなく、入念な準備に相応した戦果を得ている。


対外の備えは万端だったルートラ公爵領。

しかし内から食い破る毒虫があるとは思っていなかったのだろう。

鍛えられたルートラ公爵領の騎士団も、反乱軍の奇襲の前に潰走していた。


「て、撤退ー!」


前線の指揮官は撤退命令を出す。

ペートルスの突発的な反乱に対し、急ぎ結成された防衛軍だ。


この戦力で敵うわけがない。

そう判断し、指揮官は一刻も早く逃れようとするが……。


「がっ……!?」


不意に胸に異物感を覚えて倒れ込む。

同様に近くにいた兵士もみな、ばたりばたりと意識を失う。


「できるだけ犠牲者は出したくないんでね。ちょっと眠っててもらうぜ」


無色無臭の毒が戦場に蔓延る。

毒の主、コルラードは力なく笑った。


「戦を仕掛けておきながら犠牲者は出したくないなんて、虫のよすぎる話だけどさ」


「甘いよねー。コルラードさんはさ」


「よっ、新入り! そっちは片づいたか?」


コルラードのそばに一人の少女が降り立った。

殺し屋のイトゥカ……彼女は誇らしげに笑う。


「もっちろん! 向こうの砦はペイルラギと一緒に落としてきたよ。刺客二人に落とされるなんて、ルートラ公爵軍も大したことないね」


「そりゃ寄せ集めの末端だからな。中央に近づけば近づくほど、厄介なことになる。俺たち裏方は反乱軍が進みやすいように、露払いするのが仕事だ。あまり目立ちすぎるなよ」


「一流の殺し屋に何説いてんの? わかってるって!」


「大丈夫かよ……あんたらの親分、ミクラーシュって人は信頼できるけどさ。まあいいや、作戦を続行しようか」


コルラードは立ち上がり、イトゥカに兵士たちを拘束しておくように命じた。

反乱軍の快進撃は止まらず、破竹の勢いである。

勝利を確実なものとするためにコルラードは奔走しなければならない。


「ペートルス様を勝利に導く。それだけ考えときゃいいさ」


「そういえばさー、コルラードさんってペートルス卿とはどういう関係なの? ってか、どうやって知り合ったの? サンロックの賢者、のお弟子さんがさー」


「……話すほどのことでもないさ」


コルラードは自嘲気味に笑って闇へと消えた。


 ◇◇◇◇


四年前。

ナバ連邦の北部にて。


葡萄色の髪を無造作に伸ばした少年が、地面に寝転がっていた。

一見すれば浮浪者、路傍の物乞い。

しかし彼こそ『サンロックの賢者』の一番弟子、コルラードその人である。


「…………はぁ」


ため息。

一日が始まって、何回ため息を吐いただろうか。

絶えず繰り返されるコルラードの倦怠の吐息は、乾いた風に乗って消えていく。


「やあ、君。少しいいかな」


「…………」


声がした。

けれども動かない、視線ひとつ動かさない。


コルラードは依然として流れゆく雲を眺めている。

そんな彼の顔を覗き込むように、金髪の少年が視界に割り込んだ。

彼の真紅の瞳がコルラードの虚ろな瞳と交差する。


「……ふぅ」


「元気がないようだね。君がサンロックの賢者のお弟子さん、ミスター・コルラードで合っているかな?」


「…………」


「僕はペートルス・ウィガナック。以後お見知りおきを。隣、失礼するよ」


そう言うとペートルスは膝を折り、コルラードの隣に寝転んだ。

ようやくコルラードは視線をわずかに動かして隣を見る。


「……なんなんだよ、あんた」


「いいね。こうして何もせず寝転がっていると、背負っているものを忘れそうになる。許されるのなら、僕もずっとこうしていたい」


「ああ、寝るのはいいぞ。ずっと惰眠を貪ってると、誰にも期待されなくなる。誰にも期待されなくなると、何もしなくてよくなる。……したいことも、したくないこともな」


「もう君には誰も期待していない?」


「はぁ……師匠だけはたまに俺のところに来るよ。その度に逃げてるけど」


コルラードが自嘲気味に言うと、ペートルスは笑った。


「サンロックの賢者様は、弟子に対しては厳しいらしいね。逃げるくらいなら、どうして弟子入りしたんだい?」


「……昔はやる気があったからさ。自分の可能性を信じてたんだ」


コルラードは怠惰になった。

昔はアロルドに師事して日夜奔走していた彼も、今はこの体たらくだ。


なまじ彼は才覚にあふれすぎていた。

比較的珍しい毒属性の魔術に、類稀なる魔術の才覚。

幼少期からコルラードのもとには数多の依頼が舞い込んだ。


だが――舞い込むのは後ろ暗い話ばかり。

やれ毒殺だ、やれ拷問だ。

優しき少年にはあまりにも苦しすぎた。

毒を繰るには純朴すぎて、人情を持ちすぎていた。


この力は、師匠から鍛えられたこの力は。

誰かを傷つけるために使いたかったのではない。


「はぁ……暗殺の依頼ならお断り。てか依頼の類、全部お断り……」


「おや、残念だ。僕は後ろ暗い依頼をしにきたのでね。断られると困ってしまうな。わざわざ隣の大陸から来たんだ」


「と、隣の大陸から? そりゃまた、馬鹿みたいな人だな」


「そう、僕は馬鹿なんだ。馬鹿げた夢を見ている」


次第にコルラードの舌が回ってきた。

不思議とペートルスと話していると、言葉が腹の内から出てきてしまう。

これが人を導くカリスマというやつだろうか。


「その夢っていうのは?」


「お爺様を殺すこと」


「――」


絶句した。

なんの躊躇もなくペートルスは言い放った。

コルラードが何も言えず唖然としていると、ペートルスは空を見つめたまま語り続ける。


「しかもただ殺すわけじゃない。公衆の面前で、孫の僕がこの手で、お爺様の罪を糾弾した上で殺さなくてはならない。今はそのために準備を進めているんだ」


「それをして……あんたになんの意味がある?」


「意味なんてないよ。僕の生涯に意味はない。刹那的に生きることでしか、僕は満たされないから」


コルラードは目を瞠った。

それは彼の生涯に貫く諦観とは真逆、絶えず燃焼する意志の言。


己が淀みならば、彼は上澄み。

あるいは停滞と流転。

時間を空疎に満たす自分が、少しだけ恥ずかしくなった。

昔のコルラードのように、ペートルスは今も燃えている。


「さて、ミスター・コルラード。ひとつ勝負をしようじゃないか」


「勝負……?」


「ああ、剣と魔術の真向勝負。小細工なし、言葉なしの本気の勝負を」


ペートルスは立ち上がり、岩の魔法で作り出したレイピアを構えた。

コルラードはため息を吐きながら立ち上がる。


「俺は不真面目だけど……強いぜ。一応、賢者の弟子だからな」


「承知の上さ。実を言うとね、僕は強者と戦うのがたまらなく好きなんだ。僕に死線を潜らせてくれたら最高だよ」


「はっ……おかしな人だな、ほんとに。意味がわからない」


瞬間、紫色の靄が舞った。


 ◇◇◇◇


「知らざるを知らずとせよ。これ知るなり……ってね」


コルラードは読みかけの本をぱたりと閉じた。

研究室の扉が開き、彼の師であるアロルドが入ってくる。


「よお。邪魔したか?」


「いえ、大丈夫っす! どうしたんすか?」


「お前宛てに招待状が来てるぜ。ルートラ公爵家……って知ってるか? 隣のアントス大陸にある、でっかい国なんだけどな」


「もちろん知ってますよ! しかし、公爵家が俺に何の用なんすかねー」


コルラードは白を切った。

ペートルスと知り合い、連絡を取り合うようになったのは三年前のこと。

こうして招待状が来ることも承知の上だったが……師匠のアロルドにもペートルスとの関係は話していない。


怠惰、諦観、絶望。

失意に沈んでいた自分を導いてくれたのは、他でもないペートルスだ。

何もかもが未知の人間性に惹かれ、この人のことをもっと知りたいと、ついていきたいと思って。

未来を最後まで見届けねばならないと――そう思った。


「ま、行くだけ行ってみますよ! だって俺に依頼が舞い込んでくるのなんて、ずいぶんと久しぶりのことですから」


コルラードは主をただ一人に定め、ペートルス以外からの依頼を断っていた。

彼の『夢』のためだ。

もうしたくない、向き合いたくもないと思っていた後ろ暗い仕事だって、臆することなく踏み込んできた。


「俺もグラン帝国にちと用事があってな。せっかくだから一緒に行くか!」


「げ、まじすか?」


「なんだ、嫌そうな顔だな。いいじゃねえかよ」


「ちなみに……用事ってのはなんなんすか?」


「皇帝ベルントの病気が重くなっている。俺も陛下には昔世話になったから、何か力になれないかと思ってな。ラインホルト殿下に雇われたってわけだ」


隣のグラン帝国が傾きかけているというのはよく聞く話だ。

皇帝が病床に伏せてからというもの、第一皇子派と第二王子派が対立を始めていると。

公爵派に脅かされるナバ連邦の国民としては、帝国の支配が揺らぐのは喜ばしいことだが……コルラードはペートルスの斥候として、あくまで俯瞰的に騒動を把握していた。


「なるほど……じゃ、俺と一緒に行きますか! いやー、楽しみだなー!」


凶鳥は動きだす。

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