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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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軍靴、高らかに響く

十五年前。

ルートラ公爵夫人ミゲラは幼子を抱きかかえて必死にあやしていた。


ミゲラの腕の中には、泣きじゃくる三歳の実子ペートルスがあった。

彼は覚えたての言葉を操り、必死に苦悶を訴えている。


「やだ、やだ! やだ!」


「大丈夫よー、ペートルス? お母さんがいるからねー?」


笑顔でミゲラは語りかけるも、ペートルスは依然として泣き続ける。

先程から何をしても泣き止まない。

いつもは笑顔と元気に満ちた子なのに、いったいどうしたのだろう。


「ミゲラ、大丈夫かい?」


困った妻を心配し、政務の手を止めてルートラ公爵アベルがやってきた。

アベルは泣きわめくペートルスの頭を撫でて落ち着かせようとする。


「やだ、やだっ!」


「あなた……ペートルスがずっと泣き止まなくて。どうして泣いているのかもわからないし、困ったわ……」


「まだ言葉を覚えたばかりだからね。やだ、としか言えないが……この子がここまで泣き止まないのは珍しい。どうしたものか」


夫妻は困り果てた。

赤子幼子が泣くのは当然のこと。

しかし、これはあまりにも常軌を逸している。

数時間、体が干からびてしまうほどに涙を流し続けていた。


「お腹も空いてない、おしめも取り替えた、けがもしていない。色々とやってみたのだけれど……駄目みたいねー」


「……どうした」


二人が解決策を考えていると、アベルの父がやってきた。

ペートルスの祖父、前ルートラ公爵ヴァルター。

彼は泣きわめくペートルスを一瞥し、眉をひそめる。


「お父様……ペートルスが泣き止まないんだ。おっ、と……ほら、大丈夫だぞ」


ますますペートルスの泣き声が大きくなる。

彼はヴァルターが近づいた瞬間、魔物でも見たかのように叫び出した。


「ご、ごめんなさいお義父様……すぐにお医者さんに診せてみるわ」


「子ども特有の現象だろう。心配せずとも、やがて収まる。とにかく、親がそばにいて安心させてやるがよい」


ヴァルターは特に怒りを見せることもなく去っていく。

彼はあのように言ったが、親としては医者に診せなければ心配だった。

ここまで泣き続けると喉が枯れたり、水分が不足したりするだろう。

アベルはミゲラの腕の中にいるペートルスを預ろうと手を伸ばした。


「ミゲラ、一緒に医務室まで行こうか」


「いいのよ。あなたは政務で忙しいでしょうから、私たちだけで行ってくるわ」


「そうか……すまないね。また様子を確認しにくるよ」


「お仕事がんばってねー。さ、行くわよペートルス。大丈夫よ、お母さんがついてるからねー」


 ◇◇◇◇


「…………僕はもう、一人でも大丈夫ですから」


真紅の眼が開かれる。

ペートルスの視線の先には、大規模な軍があった。


称して『反ルートラ公連合軍』。

グラン帝国内における反公爵派の連合軍、侵略に脅かされるナバ連邦の支援、イニゴが従えていた元山賊たちや、ミクラーシュら刺客をはじめとする第三勢力。

規模は一国家の戦力に迫り、士気はこの上なく高く。

ペートルスが己の生涯を費やして備えてきた戦力である。


「ペートルス様、準備完了です。いつでも進軍できますぜ」


イニゴが大柄な体を揺らして報告してくる。

全身を甲冑に包んだ今の彼は、さながら白銀の熊だ。


「そうか。君の麾下にある軍も動きだしたようだね」


「はははっ! ま、元山賊ばかりの有象無象の軍ですがね。ペートルス様に命を救っていただいたご恩、俺たちゃ全員忘れていません。どこまでもお供しますぜ」


「…………」


ペートルスは虚しそうに笑った。

口を開かぬ主に対し、イニゴが小首を傾げて尋ねる。


「ペートルス様?」


「……いや、なんでもない。指令を出す」


テモックの背にまたがる。

今日ばかりはテモックも威風堂々と鎧を身につけていた。

光輝く天竜が軍の頭上を飛ぶ。

兵たちはみな歓声を上げてテモックにまたがるペートルスを迎えた。


『全軍傾聴』


兵士たちの鼓膜にペートルスの声が届く。

音を操り、全ての兵士が明確に聞こえるように号令を届ける。

彼自身は声を張り上げず話しているのに、まるで目の前にいるかのようだ。


『我らはこれより、ルートラ公爵家に向けて進軍を開始する! 敵はルートラ公爵ヴァルター・イムルーク・グラン……私の祖父だ。だが、祖父を斬ることに躊躇はない。帝国の、世界の未来のために……革命の剣を掲げよ!』


大歓声が巻き起こる。

数千に迫る兵士は喜々として剣を掲げ、ペートルスの号令に呼応した。


暗殺では意味がない。

大勢の目前で、戦の最中でペートルスがヴァルターを下してこそ、反逆の成功を意味する。


帝国に巣食う腫瘍……ルートラ公爵を打倒するため。

大義は充分だ、戦を起こすための道理は通っている。

表向きに大義があればそれで構わなかった。


本当はこれが復讐のための戦いでも。

大義がある以上は、正しき戦いとなるのだから。

正しき血が流れ、正しき者が時代の勝者となるのだから。


『――進軍を開始する!』


ペートルスが告げると同時、軍靴の音が大地に轟いた。

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