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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第12章 呪われ公の絶息
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大火、未来に揺らぐ

挿絵(By みてみん)



僕が生きる理由はなんだろう。

いくつ問いを重ねても、答えは見えてこない。

それらしい理由はいくらでも出てくるのに、そのすべてが偽物で。


僕が戦う理由はなんだろう。

どれだけ斬り結べども、心を満たす戦いはない。

きっと誰かのために剣を取ったはずだったんだ。

今や死に触れる恐怖が快感になって。


僕が愛を抱く理由はなんだろう。

どんな人に花を贈られても、すぐに枯らしてしまう。

手入れをすれば美しく咲かせてあげられるはずなのに。

だって、花は散り際が最も美しいだろう?



帝国の未来なんてどうでもいいんだ。

――僕は『今』が欲しかった。


 ◇◇◇◇


ペートルス・ウィガナックが反乱を起こした。

その事実は瞬く間に広がり、皇城にも届いていた。


早馬で届いた伝令に目を通し、グラン帝国宰相のスクロープ侯爵は顔をしかめた。


「ありえん……ペートルスが謀反を起こすなど。それにしても、この規模は……」


ペートルスが組織した反乱軍。

そこに名を連ねる勢力を閲読し、スクロープ侯爵はさらに頭を抱えることになる。


急速に勢力を拡大しているクエリエブレム伯爵、武勲で名を馳せるエンガメラック男爵、さらには東の大陸からナバ連邦政府の支援まで取りつけているようだ。

ペートルスの手腕と人望があれば不可能な軍備ではない。

戦力はもはや一国家に匹敵するだろう。


報告を確認し、スクロープ侯爵は地図を指先でなぞる。


「…………これは、まさか。いや、だが……」


おかしい。

ペートルスの軍は皇城へ進軍していない。

全方位からルートラ公爵領を取り囲むように……まるで自分の領地に攻め入るような進軍路を描いているのだ。


だが、彼が祖父であるルートラ公爵に盾突く意味はない。

このまま何事もなく過ごして入れば爵位を継げるのだから。

次男や三男が爵位目当てに反乱を起こすことはあっても、長男が爵位を持つ親に逆らうことはまずあり得ないのだ。


「っ……! 文官!」


スクロープ侯爵は何かに気づいたようにハッと顔を上げる。

珍しく宰相が上げた怒鳴りつけるような声に、文官が大慌てで走ってくる。


「は、はっ! ここに!」


「マインラートはどこにいる!?」


「マインラート様ですか? 政務に出ていらしたはずですが……」


「あの……痴れ者が!」


机に叩きつけられたスクロープ侯爵の拳。

彼の腕は怒りに震えていた。

このままでは――帝国の未来が危うい。


 ◇◇◇◇


「まさかペートルスが反乱を起こすとはな。これは予想以上の火種だったか」


ラインホルトは予想外の展開に嘆息する。

ペートルスが動いたのは裁判の翌日のことだった。

まるで時期を見計らっていたかのように、ルートラ公爵の暗澹たる行為が明るみになった瞬間に動いたのだ。


「兄上!」


息を切らして駆けてきたのは弟のデニス。

今回の緊急事態を前にして、さすがにデニスも学園には滞在していられなくなった。

三大派閥のうち、公爵派の嫡男が戦端を開いたのだ。

大戦争になる可能性も考慮し、デニスに対して帰還命令が出た。


「戻ったか。話は聞いているな?」


「は、はい。ペートルスが謀反を……何かの間違いではないでしょうか」


「事実から目を背けるな。皇族たるもの、今は民を守り、戦を平定することを第一に考えろ」


「すみません……そうですね」


どうしてもデニスにはペートルスが反乱を起こすとは思えなかった。

少なくとも無為な戦ではない。

何か明確な理由があって、大義があってのことのはずだ。

昨日の裁判で明らかになったという、ルートラ公爵の悪行が関与しているのだろうか。


「陛下に代わり、皇城の指揮は私が執る。お前は私に万が一のことがあったときに備え、身の安全に気をつけて待機していろ」


――何もするな。

つまるところ兄の言い分はこうである。


第一皇子派と第二王子派は対立している。

謀反が起きて慌ただしい時に、第二王子派の連中が水を差すなという警告だろう。

あるいは、第二王子派の諸侯が騒ぎだしたらお前が抑えろ……という忠告とも受け取れる。


(このままでは……大変なことになる。兄上に任せきりでもいい。だけど、それではきっと多くの人が犠牲になってしまう……)


デニスは瞳を伏した。

今、帝国の未来が決まろうとしている。


 ◇◇◇◇


「動きましたか」


教皇エウスタシオ7世はゆっくりと瞳を開いた。

燭台に揺れる聖火は騒乱を感じ取り、覚束なく揺れている。


公爵派において、公爵と公爵令息の内乱が勃発。

呼応するように皇帝派の面々も戦に備え動きだした。


戦端は開かれた、戦火は舞った。

だが――これは大火に見える種火に過ぎず。

深奥に潜む魔手には誰も気がつかない。


「ならば我らも動きましょう。神の御心です、天の采配です。焔をもって戦火を焼き払う。神はどうせ何をしようとお許しになりますからね。……巫女長」


教皇は聖鏡に歩み寄る。

すかさず鏡からエルメンヒルデの声が返ってきた。


『ここに』


「戦が始まります。なにゆえルートラ公爵令息が謀反を起こしたのか……私では理解が及びません。ゆえに、神を頼りなさい。死した我らの神ではなく、生ける時の神を。そのうえで……あとは任せます、最善を選びなさい」


『投げやりですね。仰せのままに』


用件のみを簡潔に伝え、教皇は鏡から離れる。

帝国の未来を乗せた秤はいまだ動かず。

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