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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第11章 裁判
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月下の哀切

閉廷の後、ひとまずノーラは実家へ帰ることにした。

明日は普通に授業があるが、こういうときばかりは休んでもいいだろう。


長年の因縁に終止符を打った。

……と同時、新たな闇が見えて。

これからの身の振り方を慎重に考えるべきだ。


アスドルバルの話によると、トマサの葬儀は行わず、相手方の伯爵家とも関係を断つという。

新たな妻を迎える気はなく、ヘルミーネはイアリズ伯爵家の娘としてこれまでと同様に扱う。

そして……妻の仇だと明らかになったルートラ公爵家は許さぬと、彼は涙ながらに語った。

もちろんノーラも同じ義憤を抱えている。

ルートラ公爵を許すことはできない……できないのだが。


ただの怒りだけで収まるほど、この騒動は浅くない。

すでにルートラ公爵が帝国の裏で暗躍し、非道を働いていたことは裁判にて明らかになった。

この噂は瞬く間に広まり、各地で派閥間の闘争が激化することは避けられない。


イアリズ伯爵家は間違いなく公爵派と敵対するだろう。

だから、ノーラもペートルスと敵対する道を歩む可能性がある。


「……まあでも、ペートルス様はそんなに馬鹿じゃねぇよな」


彼なら上手くやるはずだ、そうであってほしい。

期待と願望混じりの言葉を吐いて、ノーラはイアリズ伯爵家の正門を見上げた。

こうして大手を振って帰ってくるのはいつ以来だろう。

小さいころは見上げても視界に収まりきらなかった門。

今はしっかりと天辺まで見収められる。


「さあ、お帰りエレオノーラ。ああ……こうしてお前の帰りを迎えられることが、どれだけ嬉しいか」


父は感涙にむせび泣いている。

大げさだとは思うが、子を想う親の気持ちはノーラにはわからない。


「まあまあ、お父様。泣くのはそこまでにして笑いましょう。今日は大変なことばかりでしたけど、とりあえず乾杯を……って、もう遅いか」


一日中裁判に明け暮れ、帰宅したころには夜の帳が降りていた。

今から宴はできそうにない。


「お祝いは明日にしましょ! お姉様は疲れてるでしょうし、早く寝なさいよ」


「それ、わたしがヘルミーネに言いたいことなんだけど……」


ヘルミーネも母親を失ってつらいだろう。

いくら悪人といえども、血のつながった母親で、今まで甘えてきた相手だ。

ノーラはそれとなく彼女の隣にいるランドルフに目配せした。

彼は意図をすぐに察し、そっとヘルミーネの手を取る。


「……俺も明日は騎士学校を休み、イアリズ伯爵家の厄介になるとしよう。さあ、ヘルミーネ。もう夜も遅いし、寝る準備をしよう」


「はーい。じゃあお姉様、また明日ね。おやすみなさい」


「おやすみー」


ずいぶんと素直になったものだ。

邪法が解けた影響だろうか。


「……いや、違うよな」


ただ想いを伝えたから距離が縮まっただけ。

歪な姉妹の距離感が、正常な距離感に戻っただけ。

本当は二人ともそうしたくて、歪められていた道を直しただけだ。


ランドルフは相変わらずヘルミーネ馬鹿だし、彼に任せておけばケアは問題ないだろう。


「……じゃ、お父様。わたしも寝るんで。政治の話とか色々難しいのは、明日の課題にしときましょう」


「そうだな。さて、エレオノーラの部屋だが……お前が離れに越した後、トマサが私室にしてしまったのだ」


「あ、それそれ。まだお母様が使っていた部屋って残ってます?」


「エウフェミアの部屋はまだ残してある。トマサが潰したいとうるさかったが、あそこだけは私の一存で残してある」


「じゃあそこに泊まります。おやすみなさい」


「おやすみ。ゆっくり休むのだぞ」


ノーラは荷物を持って二階に上がる。

伯爵家の中は何もかもが懐かしい。

もちろん変わってしまったところもたくさんあるが、空気は変わっていない。


エウフェミアの部屋の扉を開ける。

月光に照らされ、埃が舞っていた。

十年前からそのまま。

ノーラが小さいころに母と眠っていた場所、そのままの眺め。


「けほっ……式神さーん。この埃って掃除できたりします?」


『……我は雑用ではないのだがな』


ノーラが担いでいた弦楽器から光が飛び出し、それが輪郭を成す。

現出した式神はぼやきながらも、部屋の埃を風で窓の外に流した。


ノーラが小さいころによく見ていた七色の光。

その正体がエウフェミアの式神であるなど、まったく予想できなかった。

母の死後にまったく見かけなくなったのは弦楽器に憑依していたから。


「それで、どうなんすか? 式神さんはもう役目を終えたので消える感じすか?」


『……我が主から受けた命は、エレオノーラを助けること。汝がもはや救いなど求めぬというのならば、我もまたエウフェミアの後を追おう』


「ふむふむ……あ、じゃあもう少しだけ。もしかしたら助けが必要になるかもしれないので、楽器に籠っていてくれませんか?」


『承知。……この部屋に来るのも久方ぶりよな』


式神もノーラと同じく懐古したのだろう。

言葉の端に哀切を滲ませて呟いた。

彼もまたエウフェミアに長く仕え続けた身であり、ノーラ以上に母を知る存在だ。


ノーラは窓辺に腰かけ、式神に手招きした。


「少し演奏します。お母様のことお話ししましょう。わたしが知らないお母様のこと……たくさん式神さんに教えてほしいんです」


『無論。夜更かししすぎないように気をつけるのだぞ』


まるで親みたいなことを言う式神に、ノーラはくすりと笑った。

小さいころからずっと自分を見守り続けてくれていたから、親みたいなものかもしれない。

言葉を交わしたのは今日が初めてだけど。


ノーラが弦を爪弾くと、軽やかな音色が夜闇に響いた。

ペートルスほど上手じゃない。

けれど音楽を奏でるのは、歌を歌うのは、いつだって楽しい。


いつしかノーラは母に教わった歌を口ずさみ、音色を奏でていた。

この音色を届けたい人を思い浮かべながら。

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