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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第11章 裁判
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黒幕

「判決を言い渡す。主文、被告人を死刑に処す」


ラインホルトは粛々と判決を下した。

無情な判決に対し、膝から崩れ落ちるトマサ。

彼女は全身を震わせて項垂れる。


「判決理由について述べる。第一に……」


「嘘よッ!」


金切り声がラインホルトの声を遮る。

叫びを上げたトマサは立ち上がり、法壇へ縋るように泣きついた。


「お願いします、殿下! 私は無実なのです、信じてくださいませ!」


「…………」


ラインホルトはしばし瞑目する。

いまさら判決が覆ることなどあり得ないが……これは好機かもしれない。

ひとつ、明らかにすべきことがあるのだ。

この法廷に彼が乱入したのも明確な目的があってのこと。


「では、貴女が無実だとする根拠を述べよ。仮に……だが。共犯者などがいれば、告白した場合に貴女の罪が軽くなる可能性がある。これが最後の機会だ、告解はあるだろうか?」


「――」


いくばくかの静寂が場に満ちた。

トマサは瞳を見開き、呼気を乱して周囲をしきりに見渡している。

何かに怯えているであろうことは、誰の目に見ても明らかだった。

裁判所の者はみな彼女の言葉を待ち、ひたすらに口を閉ざす。


「もう一度だけ言おう。これが最後の機会だ」


トマサはやがて法壇の一角に目を止めた。

視線の先には、裁判長をラインホルトに代わったファブリシオの姿。

彼もまたトマサと同様に顔色が悪く、額に異様に汗をかいている。


トマサが口を開きかけた瞬間、ファブリシオは叫んだ。


「いけません!」


「……原告の主張を妨げるな、ファブリシオ裁判官。貴殿が被告人の邪法の行使を認めなかった理由……おおよその見当はついている。その胸につけた裁判官の徽章はお飾りか? 権力に傅いて何が『公平な裁判』だ、恥を知れ」


「っ……」


ラインホルトが指令を出すと、すぐに衛兵がファブリシオを取り囲む。

その様子を見てトマサは堪らず叫んだ。



「ル、ルートラ公爵! ルートラ公爵閣下の命です! エウフェミア・アイラリティルを殺したのも、暗殺の指令を出したのも、邪法を使ったのも……全部、あの人の命令ですわ! 私は脅されて仕方なく……逆らえば命はありませんでした!」


とうとう吐いた。

これまでの陰謀の手綱を握っていた黒幕を。

多くの者は驚愕し、また限られた者は険しい表情を浮かべた。


ノーラの胸中には複雑な感情が渦巻いている。

どこか腑に落ちる納得と、お世話になった家の主が……という戸惑い。


はたしてペートルスはこの事実を知っているのだろうか。

もしも知らないのだとしたら……いや、逆に知っているのだとすれば。

どんな顔をして彼と会えばいいのだろう。

だが、たとえどのような現実が目の前にあったとしても、自分がペートルスに接する態度は変わらないと思うのだ。


裁判所が動揺の渦に呑まれる中で。

トマサは唐突にうずくまり、うめき声を漏らした。


「っ……あ、あああぁぅ……!?」


「被告人、どうした? 具合が悪いのか?」


「あ、あああああぁっ……! ご、ごめんなさい! 申し訳ございません、違うんです、違います……!」


「っ、衛生兵!」


悶え、のたうち回る。

喉を掻きむしり、絶叫を上げ続けるトマサ。

そんな彼女を衛生兵が取り囲むが……治癒の魔法を施してもまるで収まる気配がない。


「あああっ! お前さえ、お前さえいなければ……!」


呪詛の籠もった視線がノーラに向けられる。

お前さえいなければ……なんて、むしろこちらが言いたいセリフだ。

だがノーラは言葉を返さず、ただ沈黙していた。


「あ……あああぁ……」


徐々にトマサの叫声は小さくなり、呼吸は衰えて。

陸に打ち上げられた魚のように喘いで……まったく動かなくなった。


一連の光景を見ていた式神はぼそりと呟く。


『呪殺だな。あの女の飼い主が裁判を覗き見ていたか』


「ルートラ公爵が……?」


トマサの様子を確認した衛生兵は顔を蒼白にして叫ぶ。


「し、心肺停止を確認! 死亡……しています……」


あまりにも唐突な死だ。

誰も彼もが異常な死を目の当たりにして畏怖するしかなかった。

ただ二人、派閥のトップを除いては。


「裁判は中止とする。これをもって閉廷、原告側には後ほど事情聴取の時間を設ける。本裁判について、皇城側から箝口令は敷かない(・・・・・・・・)。以上」


ラインホルトは淡々と閉廷を告示して立ち上がった。

箝口令は敷かない……これが意味するところは、熟練の貴族たちならばすぐに理解できた。

――皇帝派は確実に公爵派の権力を削ぐつもりだ。


最初からこれが狙いだったのかもしれない。

すでに皇帝派は一連の黒幕がルートラ公だと把握していて、裁判に割り込んできた可能性もある。

それはラインホルト自身が口を割らない限り、永遠に明らかにならない。


彼は壇を降りると、原告側の席に座る教皇に歩み寄った。


「よろしいのですか、殿下」


「ええ、今が好機でしょう。国の腫瘍……ルートラ公を切除するには、いま勝負を仕掛けるしかない。このまま野放しにしていれば、エレオノーラ嬢のような被害者を次々と生みかねませんから」


「そうですか……私も準備を始めましょう。何やら揺らぎを感じるのです。単なる派閥争いでは終わらない、きっと何かが起こってしまう。そんな予感を……いいえ、神のご意思を感じます。大きな火種になりますよ、これは」


「承知の上です。シュログリ教もまた、我々とともに道を歩めることを祈っております」


短く言葉を交わし、教皇は法廷を去っていく。

いつも微笑を湛えていた教皇の顔に、今ばかりは笑顔がなかった。


「大変なことになってしまったな……エレオノーラ、気は確かか?」


「はい。ルートラ公爵家にはお世話になりましたが、それはペートルス様からのご恩。わたしの因縁がルートラ公爵様にあると知っても、事実として受け止められます」


ノーラはペートルスを信じている。

彼が祖父の片棒を担ぐような真似をしているとは思えない。

だから心に傷はつかず、情緒を乱しもしない。


「しっかりと話をします。わたしはルートラ公爵様の陰謀に巻き込まれた被害者の一人。もっと深い真実を知るべきです」

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