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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第11章 裁判
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神明裁判

教皇の姿を見てラインホルトはすかさず立ち上がった。

相手は宗教派の長、皇帝に並び立つ権力を持つ者。

いくら裁判長を務めているからと言って、あいさつもなく上から見下ろしていることは許されない。


「教皇聖下。まさか貴方がおいでになるとは」


「殿下、そのまま裁判長としての責務を果たしてください。私はただ真実を知る人として、話をしにきただけですから。私を証人と認めてくださいますね、裁判長?」


「無論です。で、では……証言を」


遊び半分で傍聴に来ていた貴族たちも顔が真っ青になっていた。

この帝国最高裁判……あまりにも異例の事態が多すぎる。

邪法という謎の術、皇子の特権行使、式神という存在の出現、そして教皇の乱入。

間違いなく歴史的記録に残る裁判になるだろう。


教皇は証言台に立ち、相も変わらず柔和な態度で話し始めた。


「エウフェミアはシュログリ教の元巫女長。かつて式神を従えておりまして、私もそちらの式神とは面識があります。偽物でないということは、神の御名のもとに誓いましょう」


『ああ……その教皇とは顔見知りだ』


神など存在しないのに平然と神の名を振りかざす教皇。

真実を知るノーラは内心で苦笑いした。


「そして……先程語っていましたね。エレオノーラの右目が邪気によって形成されたもの、すなわち邪眼であると。これもまた事実です」


教皇は懐から一枚の形代を取り出した。

衆目が彼の指先に集まる。


「この形代は邪悪なるものに触れると、黒く燃え尽きます。古来よりシュログリ教では魔物や呪術の痕跡を発見するために用いられました。これをエレオノーラの右目に飛ばしてみましょう」


「え、ええっ!? それって大丈夫なんですか?」


「心配することはありません。出力は人が怯えないくらい、最小限に抑えて眼帯を外してもらってもよろしいですか?」


「は、はい……ええと、みなさん。私を見ると恐怖を感じますので、苦手な方は見ないようにお願いします。一応限界まで弱めますが」


注意喚起した上でノーラは眼帯を外した。

限界まで弱めているが、傍聴席がざわめく。

一部に悲鳴、うめき声。


ああ、またこれだ。

ノーラは辟易して息を漏らした。

眼帯のおかげで普通の人間に戻れたと勘違いしそうになっていたが、ひとつ脱げば自分は怪物なのだと。

視線を落としたとき。


「うるさいっ!」


すぐそばから怒号が飛んだ。

ヘルミーネが立ち上がり、怒気の籠った視線を傍聴席に向けている。


「叫ぶようなら見るなって、お姉様が事前に言ったでしょ!? 肝の小さい連中は黙って目を逸らしてなさい!」


奇異の目を向けていた傍聴者たちは、すごすごと身を引いていく。

まるで狂暴な虎に怯える小動物のようだ。


「ありがとね、ヘルミーネ。……聖下、お願いします」


「わかりました。それでは……」


教皇は手元から形代を飛ばす。

裁判官や傍聴人に見守られる中、ゆっくりと進む形代。

それはノーラの右目に迫り――黒く燃え尽きた。


教皇はその光景を見て瞳を細めた。


「おや……これは想像以上に強いですね。最大限に弱めてこの燃え方とは」


「たしかに見た。エレオノーラ・アイラリティルの右目が邪なるものであることは、間違いないようだな。式神の言葉の信憑性が増した」


ラインホルトは納得したようにうなずいた。

教皇自らが証言をしたとなれば、信憑性はこれ以上ないほどに高まる。


トマサの弁護人もこれ以上の擁護は苦しいのか、必死で考え込んでいるようだった。


「……では審理に入る。此度の審理はそこまで時間はかからないだろうな」


 ◇◇◇◇


ラインホルトが裁判官らを引き連れて審理に入ると、教皇がノーラの方へ歩いてきた。


「お久しぶり……というほどでもありませんね。お元気そうで何よりです、エレオノーラ」


「元気かって言われると……かなり気が滅入ってますけどね。いきなり裁判に放り込まれるし、嫌な記憶は蘇るし、すごく色んなことが裁判で起こってるし」


「それもまた神のお導きでしょう。きっと」


教皇の笑いに対し、ノーラは引きつった笑いで答えた。

後ろからドタドタと足音を立ててアスドルバルが走ってくる。


「エ、エレオノーラ! 教皇聖下とお知り合いだったのか?」


「多少の縁がありまして……」


「イアリズ伯爵は本当にお久しぶりですね。太りましたか?」


「は、ははは……お恥ずかしい限りです。いやしかし、聖下に再び拝謁賜り、幸甚の至りであります」


アスドルバルは教皇に対して厚く恩義を感じていた。

教皇はアスドルバルとエウフェミアとの駆け落ちを容認し、シュログリ教の権威が落ちても文句ひとつ言うことはなかった。

多大な迷惑をかけたことを水に流してくれる懐の深さは、深く尊敬に値する。


だからこそ――やるせない。

今の裁判でエウフェミアはトマサに殺されたことが判明した。


「申し訳ございません、聖下。よもやエウフェミアがあの女によって殺されていたなど……私は病死を疑いもしなかった。聖下から婚姻を祝福していただいた身だというのに、妻を守ることができぬとは……」


「罪ありきは人の悪意。あなたが悔いることは何もありませんよ」


話の流れで、ノーラは折に触れて気になっていたことを尋ねてみた。


「ですが……どうしてお母様の式神は、早く真実を伝えてくれなかったのでしょうか。お母様が殺された直後に式神が真実を語ってくれれば、すべて丸く収まったかもしれないのに」


ぬるりと。

どこか既視感のある現れ方をしたエウフェミアの式神。

彼はノーラの問いに淡々と答えた。


『それが主命であるゆえに。言ったであろう、トマサとかいう女の裏にある権力を恐れ、わが主は真実の宣告を先延ばしにしたと。今こうしてエレオノーラが成長し、数多の縁を紡ぎ、皇子が、教皇が悟っているからこそ……告白することができたのだ』


「……? その権力っていうのがさっきから気になるんすけど」


『おのずとわかるであろう。この裁判が終わるころには……な』


「おっしゃる通りですね。エウフェミアの決死の覚悟には感謝せねばなりません」


式神と教皇が顔を上げると、再びラインホルトたちが入廷してきた。

今、判決が下される。

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